2017-05-24

「感謝の心、忘れずに」=手記で彩花さん母-神戸連続児童殺傷事件


『淳』土師守
『彩花へ 「生きる力」をありがとう』山下京子
『彩花へ、ふたたび あなたがいてくれるから』山下京子
加害男性、山下さんへ5通目の手紙 神戸連続児童殺傷事件
神戸・小学生連続殺傷事件:彩花さんの母・山下京子さん手記全文「どんな困難に遭っても、心の財だけは絶対に壊されない」
元少年A(酒鬼薔薇聖斗)著『絶歌』を巡って

 ・「感謝の心、忘れずに」=手記で彩花さん母-神戸連続児童殺傷事件

 山下彩花さんの命日を前に、母京子さんは時事通信社に手記を寄せた。全文は以下の通り。(表記は原文のまま)

 彩花が10歳でこの世を去って20年。彩花が生きた時間の倍の歳月が流れました。どれほどの時間が流れようとも姿は見えなくとも彩花の存在が薄れることはなく、私たちの中にしっかりと根を下ろしています。
 当時は、悲しみと絶望感に押しつぶされそうな毎日で、明日のことさえ考えられませんでした。そんな私たちに寄り添い、励まし支えてくださったたくさんの真心のおかげで今日まで日々を重ねることができました。毎年、3月23日は感謝の思いを確認する日でもあります。
 神戸の事件以降、少年法が改正され犯罪被害者等支援条例が制定される自治体も増えてきました。また教育現場や地域でも子どもを守り育てるという意識が大きく変わったように思います。しかしながら、残虐で短絡的な殺人やいじめによる自殺、虐待など子どもを取り巻く事件は後を絶ちません。悲劇が繰り返されるたびに心が痛くなるのは私だけではないでしょう。
 このような日本社会になってしまった理由には、自分さえよければいいという利己主義とお金やモノを多く所有することが幸せと感じる物質至上主義があるように思います。そういった刹那(せつな)的な幸福感はゆがんだ嫉妬心や孤独感を生み出します。事件の火種は全てこの思想にあると言っても過言ではありません。では何が必要なのでしょうか。それは、物質とは対極にある目に見えないものに価値があると認識することと利他の精神だと強く感じています。
 それを子どもたちに教えるには、大人が自ら人のために心を尽くし、人の役に立てる喜びを言葉だけではなく姿を通して伝えるしかありません。どんな状況にあっても誰も皆その人にしかできないお役目が必ずあるのです。そして、自分が生かされている現実や、周りの人に「ありがとう。おかげさまで」と感謝する心を忘れないことです。遠回りのようですが、こういった小さな積み重ねが命を大切にする思いにつながっていくのではないでしょうか。
 私たち家族が20年をかけて学んだのは、「試練の中でこそ魂が磨かれ、人の幸せを願う深みのある優しさと、倒れても立ち上がろうとする真の強さが育まれる」ということです。家族の絆もさらに強くなりました。それらは決してお金で買うことができない宝物であり、彩花が命をかけて教えてくれたことに他なりません。これからも、体験し学んだことを丁寧に社会にお返ししていくことが、私たちの役目だと確信しています。

【時事通信 2017年3月23日】

狙われた弱者/『淳』土師守


 ・狙われた弱者

『彩花へ 「生きる力」をありがとう』山下京子
『彩花へ、ふたたび あなたがいてくれるから』山下京子
加害男性、山下さんへ5通目の手紙 神戸連続児童殺傷事件
神戸・小学生連続殺傷事件:彩花さんの母・山下京子さん手記全文「どんな困難に遭っても、心の財だけは絶対に壊されない」
元少年A(酒鬼薔薇聖斗)著『絶歌』を巡って
『心にナイフをしのばせて』奥野修司
大阪産業大学付属高校同級生殺害事件
「感謝の心、忘れずに」=手記で彩花さん母-神戸連続児童殺傷事件

 わが家にとっていつもと変わらぬ土曜日の午後でした。
「おじいちゃんのとこ、いってくるわ」
 ソファーのうしろの6畳間から淳の声が聞こえました。いつの間にか居間のうしろの部屋でジグソーパズルを始めていたようです。
「寒いから、ジャンパー着ていきなさい」
 この日は比較的肌寒い日で、妻はいつも淳が着ているウィンドブレーカーを着ていくよう、声をかけました。
 まもなくバタンとドアの閉まる音がして、淳は家を出ていきました。
 私たち家族は、この時、誰も淳の姿を見てはいませんでした。
 これが、私たち家族と淳との永遠の別れになってしまいました。

【『淳』土師守〈はせ・まもる〉(新潮社、1998年/新潮文庫、2002年)】

 著者は酒鬼薔薇事件(神戸連続児童殺傷事件/1997年)で殺害された土師淳〈はせ・じゅん〉君(享年11歳)の父親である。もう一人の犠牲者・山下彩花ちゃん(享年10歳)の母親京子さんが1997年12月に手記を発表している。子供を持つ全ての親御さんに読んでもらいたい。

 土師守さんは医師だ。その珍しい苗字で著書を刊行することにはプライバシーを犠牲にする覚悟が必要であった。努めて冷静に書かれた文章の行間に悲しみが立ち込めている。

「いったい、あのAさんという人は何んやのん? みんなが心配して淳を捜しにいっているというのに、その家の留守番をしながら、たまごっちをふたつも持ち込んでたんよ」
「それを一生懸命に面倒みて、その上、口を利けば自分のとこの子供の自慢話ばっかりして、何んていう人や。あんまり腹が立ったから、姉の私がきましたから、もう結構ですというて、すぐに帰ってもらったわ」
 と姉は怒っていました。

 淳君が行方不明となりPTAや近隣の人々が駆けつけ、皆で捜索する。土師宅の留守番も入れ替わりで行われた。その時のエピソードである。このAさんが実は酒鬼薔薇の母親であった。他にも何度か登場するが明らかに非常識で社会性を欠いた振る舞いが目立つ。加害者の親については山下さんもその不誠実ぶりに苦言を呈している。

 遺体が発見され土師夫妻は須磨警察署に向かった。

 間もなく五十がらみの刑事さんが入ってきて、静かに私たちの前に座りました。
「淳が見つかったんですか」
 私は、刑事さんが口を開く前に、尋ねました。
 その人は、黙ってうなずきました。私が、
「どんな状態だったんですか?」
 とさらに聞くと、刑事さんは、自分の首を指さしながら、
「首から上が見つかりました」
 と、ひとこといいました。
 首から上? 一瞬にして少なくとも、淳がまともな状態にないということが頭を駆けめぐりました。
「ひどい! 怖い!」
「こんなところイヤ!」
 私より妻が先に叫びました。号泣。
 それから、ただ、妻は号泣しました。
 私は、言葉を発することもできませんでした。

 しかも後に判明することだが淳君の生首は中学の正門に置かれ、口は耳まで切り裂かれていた。そして口の中には「酒鬼薔薇聖斗」なる名前で犯行声明文が挟まれていた。


 淳君には知的発達障碍があった。以前、少年Aからいじめを受けていた。Aは「殺したい欲望」を自分より弱い者に向けた。淳君の死因は絞殺であるがあっさりと死んだわけではなかった。

第三の事件

 少年法の一番の問題は「『罪を犯したらそれに相応する罰が加えられる』という応報概念が現行法には全く見られない」(少年法に関する基礎知識)点にある。法の目的は社会秩序の維持にある。チンパンジーの群れは20~100頭(チンパンジーについて)でルールを破った者はその場で殺される。人類は近代以降、魔女狩りなどを経て私刑を禁じた。数千万人から数億人単位の国家というコミュニティを形成したヒトは法律に則って暮らすこととなる。

 異常者は法律を軽々と超え、コミュニティを崩壊する。社会から隔離するのは当然であり、日本国民の80%以上は死刑もやむなしと考えている。これに対して左翼系弁護士は声高に人権を唱え、反対運動を展開してきた。古くは永山則夫連続射殺事件(1968年)が知られる。酒鬼薔薇事件でも彼らは少年Aを擁護した。

 私は少年Aに生きる資格はないと考える。もしも私が彼の親であれば迷うことなく自分の手で始末をつけるだろう。

 事件から20年が経過した。

【神戸連続児童殺傷20年】「生きている限り、償い…」加害男性の両親、連絡取っているが会ってない 書面で心境

 神戸市須磨区で平成9年に起きた連続児童殺傷事件で、小学6年だった土師(はせ)淳君=当時(11)=が殺害されてから24日で20年となるのを前に、加害男性(34)の両親が代理人の弁護士を通じ、報道各社に文書で現在の心境などを明らかにした。男性とは連絡を取り合っているが直接会ってはいないとみられ、「生活状況は分からない」という。遺族や被害者に対しては謝罪の言葉を繰り返し、将来的に男性から事件の真相を聞き取って遺族らに伝えたいとの希望も明かした。
 両親はこの20年を振り返り、「被害者遺族の方々には大変申し訳なく思っています。年月が流れるにつれ、怒り、悲しみ、憎悪は増していると思います」と改めて謝罪。「生きている限り、ご冥福を祈りながら償いをさせていただきたい」とした。
 男性とはたまに連絡を取り合っているが、生活状況については話してもらえないといい、「(男性が)心配をかけないようにしているのではないか」との見方を示した。会うことはできていないとみられ、「長い時間がかかると思いますが、少しずつ色々な話をしていきたい。本人自身が私たちに会いたいと思う気持ちになるまで待ち続けたい」とした。
 さらに、男性が平成27年6月に手記「絶歌」を出版したことについては「順序を間違えている」とする一方、「少年院を退院してからの様子など一部が分かった」と言及。「(男性から)まだ何も聞けていないという思いがある」と明かし、「何とか会って『絶歌』を出したことや事件の真相について聞きたい。それがかなえば、ご遺族にもお伝えしたいと考えております」とした。

【産経WEST 2017年5月23日】

 二人の児童を殺意満々で殺しても14歳というだけで死刑を免れるのが腑に落ちない。更生の可能性を考慮するのもおかしな話だ。飽くまでも犯した罪を見つめるのが筋ではないのか。

 脳が「なぜ?」という物語(因果)から自由になることはない。本当は幸福も不幸も幻想なのだろう。仏教では殺人といえばアングリマーラのエピソードが必ず引き合いに出されるが、サンガと国家を同列に論じることはできない。

 その後、佐世保小6女児同級生殺害事件(2004年)、佐世保女子高生殺害事件(2014年)などが起こっている。定期的に心理テストなどを行い、異常性を早期発見する手立てが必要ではないか。

淳 (新潮文庫)

2017-05-20

スマックボールの壁打ちに関する覚え書き


 ・バドミントン~自宅で壁打ちをする方法(スマックボール)
 ・スマックボールの壁打ちに関する覚え書き

 先日、初めて橋脚で壁打ちを行った。実際にシャトルを打ってみるとやはり勝手が違う。不規則なバウンドが多く、1時間ほど頑張ったのだが50回続けるのがやっとだった。スマックボールの欠点は何と言ってもインパクトの弱さにある。そしてガットが少しずつスマックボールを削ってゆく。意外と無視できないほどのゴミが生じる。

 あれこれと思案した結果、妙案が浮かんだ。素振り用のラケットカバーを着用するのだ。風の抵抗でインパクトの弱さをカバーできるしゴミも出ない。早速注文したのだが、やはり正解であった。カバーの風圧で恐ろしいほど変化する。100回くらい打っていると手首が疲れてくる。

 amazonは高いので楽天での購入を推奨する。

認知革命~虚構を語り信じる能力/『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ


物語の本質~青木勇気『「物語」とは何であるか』への応答
『ものぐさ精神分析』岸田秀
『続 ものぐさ精神分析』岸田秀
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ

 ・目次
 ・マクロ歴史学
 ・認知革命~虚構を語り信じる能力

『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル

世界史の教科書
必読書

 今からおよそ135億年前、いわゆる「ビッグバン」によって、物質、エネルギー、時間、空間が誕生した。私たちの宇宙の根本を成すこれらの要素の物語を「物理学」という。
 物質とエネルギーは、この世に現れてから30万年ほど後に融合し始め、原子と呼ばれる複雑な構造体を成し、やがてその原子が統合して分子ができた。原子と分子とそれらの相互作用の物語を「化学」という。
 およそ38億年前、地球と呼ばれる惑星の上で特定の分子が結合し、格別大きく入り組んだ構造体、すなわち有機体(生物)を形作った。有機体の物語を「生物学」という。
 そしておよそ7万年前、ホモ・サピエンスという種に属する生き物が、なおさら精巧な構造体、すなわち文化を形成し始めた。そうした人間文化のその後の発展を「歴史」という。
 歴史の道筋は、三つの重要な革命が決めた。約7万年前に歴史を始動させた認知革命、約1万2000年前に歴史の流れを加速させた農業革命、そしてわずか500年前に始まった科学革命だ。三つ目の科学革命は、歴史に終止符を打ち、何かまったく異なる展開を引き起こす可能性が十分ある。本書ではこれら三つの革命が、人類をはじめ、この地上の生きとし生けるものにどのような影響を与えてきたのかという物語を綴っていく。

【『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』(上下)ユヴァル・ノア・ハラリ:柴田裕之〈しばた・やすし〉訳(河出書房新社、2016年)以下同】

 高い視点が抽象度を上げる(『心の操縦術 真実のリーダーとマインドオペレーション』苫米地英人)。しゃがんだ位置から見える世界と高層ビルから見下ろす世界は異なる。宇宙空間から俯瞰すれば全くの別世界が開ける。


 約7万年前から約3万年前にかけて、人類は舟やランプ、弓矢、針(暖かい服を縫うのに不可欠)を発明した。芸術と呼んで差し支えない最初の品々も、この時期にさかのぼるし、宗教や交易、社会的階層化の最初の明白な証拠にしても同じだ。
 ほとんどの研究者は、こられの前例のない偉業は、サピエンスの認知的能力に起こった革命の産物だと考えている。(中略)
 このように7万年前から3万年前にかけて見られた、新しい思考と意思疎通の方法の登場のことを「認知革命」という。


 歴史の痕跡が人類における革命を物語っている。認知革命とは言葉の獲得によって虚構(フィクション)を想像し、虚構を共有することで集団の協力が可能となったことを意味する。言語-社会化という図式は誰もが何となく気づくことだが、実は言語そのものが虚構である。

 共同が協働に結びつき、その過程で表現する力が養われたのだろう。「見てくれる人」がいなければ表現という欲求は生まれない。そして新たな表現が言葉をより豊かに発展させ神話や宗教が生まれる。

 伝説や神話、神々、宗教は、認知革命に伴って初めて現れた。それまでも、「気をつけろ! ライオンだ!」と言える動物や人類種は多くいた。だがホモ・サピエンスは認知革命のおかげで、「ライオンはわが部族の守護霊だ」と言う能力を獲得した。虚構、すなわち架空の事物について語るこの能力こそが、サピエンスの言語の特徴として異彩を放っている。
 現実には存在しないものについて語り、『鏡の国のアリス』ではないけれど、ありえないことを朝食前に六つも信じられるのはホモ・サピエンスだけであるという点には、比較的容易に同意してもらえるだろう。(中略)
 だが虚構のおかげで、私たちはたんに物事を想像するだけではなく、【集団】でそうできるようになった。聖書の天地創造の物語や、オーストラリア先住民の「夢の時代(天地創造の時代)」の神話、近代国家の国民主義の神話のような、共通の神話を私たちは紡ぎ出すことができる。そのような神話は、大勢で柔軟に協力するという空前の能力をサピエンスに与える。アリやミツバチも大勢でいっしょに働けるが、彼らのやり方は融通が利かず、近親者としかうまくいかない。オオカミやチンパンジーはアリよりもはるかに柔軟な形で力を合わせるが、少数のごく親密な個体とでなければ駄目だ。ところがサピエンスは、無数の赤の他人と著しく柔軟な形で協力できる。だからこそサピエンスが世界を支配し、アリは私たちの残り物を食べ、チンパンジーは動物園や研究室に閉じ込められているのだ。

 たぶん宗教は天候不良や災害の説明から始まったのだろう。雷を「天(神)の怒り」と想像するのはそれほど難しいことではない。日本では稲妻(元は稲夫〈いなづま〉)が受精して米という実りをもたらすと考えられてきた。

 岸田秀が語った「共同幻想」をユヴァル・ノア・ハラリはより学術的に精緻な検証を試みる。信仰や政治、そして恋愛や戦争もフィクションなのだろうか? そうだとすれば我々が感じる幸不幸は妄想である可能性が高い。

 我々は何となく言葉の虚構性に気づいている。だからこそスポーツに熱狂し、歌詞のない音楽の虜(とりこ)となり、性行為に溺れるのだろう。本来であれば言葉はコミュニケーションの道具に過ぎないのだが、言葉以外のコミュニケーションを失ってしまった。

「理解というものは、私たち、つまり私とあなたが、同時に、同じレベルで出会うときに生まれてきます」(『自我の終焉 絶対自由への道』J・クリシュナムーティ)。人間と人間の出会いを言葉が妨げている。知識はあっても知性を欠き、語られる愛情は欲望に基づいている。

 虚構は国家という大きさにまで拡張した。更に大きな虚構を人類は手にすることができるのだろうか? それとも虚構を捨て去って全く新しい生き方に目覚めるのだろうか?

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

2017-05-19

侠気と詭弁/『仮面を剥ぐ 文闘への招待』竹中労


『折伏 創価学会の思想と行動』鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし

 ・侠気と詭弁

「自由な言論」はゆきつくところ、もの書く場を失っていく。

【『仮面を剥ぐ 文闘への招待』竹中労〈たけなか・ろう〉(幸洋出版、1983年)】

 コアなファンが多い竹中労だが元新左翼であることが見逃せない。左翼は元々暴力革命を標榜しているが、その既成左翼を批判し急進的な革命を目指すのが新左翼である。21世紀であれば立派なテロリストとして認定できる。その竹中が創価学会にエールを送る。創価学会が言論出版妨害事件(1960年代末-1970年代)や宮本顕治宅盗聴事件(1970年)を起こし、日蓮正宗宗門との紛争によって池田大作が会長辞任(1979年)に追い込まれた後のこと。創共協定(1974年)が事実上頓挫しこととも関係があるのかもしれない。

 竹中はその後『聞書・庶民烈伝 牧口常三郎とその時代』(全4冊、潮出版社、1983〜1987年)を月刊誌『潮』で連載するが、編集部の方針と相容れず中途半端な形で終わってしまった。

 読んでから10年近く経過しているためテキストを見ても文脈が思い出せない。どんどん紹介してしまおう。

 一方的な敵意をエスカレートさせるのみで、問題の本質に迫る論争が不在であるこのような力関係で、“勝敗”をきめるのは結局、物量の差でしかあるまい。
 ――「言論の自由」は、多数派工作で獲得される。それが、民主主義である。世論によって人々は判断し、善と悪とを弁別する。だが、その世論をつくるのはマス・コミュニケーション、大衆操作の力学である。圧殺されるマイノリティ、「自由な言論」は、ついに抵抗の手段を持たないのだ。

 更にこう続ける。

 中立公正を守ろうとすれば、そうした客観主義にジャーナリズムは純化していく。【そこに陥穽がある】。言論・思想の統制は、強権によるものとは限らない。言論と言論・思想と思想とが火花を散らして闘い、黒白を争うことを“表現の自由”というのだ。事実に是(これ)を求めて(実事求是)、主張を読者大衆に問うのが、ジャーナリズムの仕事(使命などとあえて言うまい)である。論理を失った感情のせめぎあい、根拠を持たぬ醜聞の氾【乱】と等しく、死灰のような自主規制は報道の頽廃である。

 旧ブログ(はてなダイアリー)に抜き書きをアップしていたのだが、『折伏 創価学会の思想と行動』との関連を考慮してこちらに移動した次第である。

 今読むともっともらしい詭弁に思える。また当時はインターネットがなかったことを考慮する必要があるだろう。1980年代には週刊誌が執拗に創価学会バッシングを繰り返していた。竹中の侠気(おとこぎ)は称賛に値するが、政党を有する750万世帯のマンモス教団を「マイノリティ」と同列に扱うのは無理がある。

 1980年代から90年代にかけての創価学会を巡る言論については以下のページが詳しい。

創価学会のこと(「創価学会批判」論序章)1

 時折、ジャーナリストが自虐的に売文業と自称することがある。新聞といえども商業ジャーナリズムであり、テキストは広告や金銭と交換される商品となったのが現実である。ゆえにジャーナリストは「書きたいこと」と「売れる商品」の間で揺れ、自分なりの折り合いをつけるしかない。

 ま、「ジャーナリズムは既に死んだ」と言っても差し支えないだろう。小さな範囲で取材をして、でかい顔をするのが連中の生態だ。