2011-12-17

光と影の対角線


 一瞬で心を奪われた。光と影を分かつ対角線が際立っている。階段の水平に目を凝らすと奥行きの感覚を失い、女性が宙に浮いているように見える。更に女性の影がギザギザを描いて強いアクセントとなっている。今わかった。これは死へ向かって生の階段を上る我々の姿なのだ。

La salita

螺鈿細工を施したようなカニ


 螺鈿(らでん)細工を施しているのかと思った。詳細不明。海中で豪華絢爛な鎧を身にまとう進化的な理由があったのだろう。「食べられるのか?」などと無粋なことは言わぬように。

Eriphia gonagra (Fabr.), one of the most common and strikingly coloured crabs on the Brazilian coast

リビアの弁護士がNATOプロパガンダ戦争を弾劾する


 カダフィ家の弁護士マルセル・セカルディ。2011年8月24日。

アメリカは1986年にリビアを爆撃 記念切手は語る

カダフィの真実を知ってほしい


カダフィ

星の瞬き


 太陽や月を撮影することはできる。だが星の瞬(またた)きを撮影することはできない。

カストロ暗殺未遂の大半はCIAによるもの


カストロ氏、暗殺企てられた回数世界一 ギネスが認定

修正し、改竄を施し、捏造を加え、書き換えられた歴史が「風化」してゆく/『一九八四年』ジョージ・オーウェル


 凄いニュースだ。

 野田佳彦首相は16日、政府の原子力災害対策本部の会合で、東京電力福島第一原発で原子炉を安定して冷却する「冷温停止状態」を達成し、事故収束に向けた工程表「ステップ2」が完了できたとして「事故そのものは収束に至った」と宣言した。

TOKYO Web 2011-12-17

 どうして誰も喜ばないのだろう? なぜ胸を撫で下ろす人がいないのだろう? それは「収束」が嘘であることを知っているからだ。ゴムひもじゃあるまいし、放射能がそう簡単に収束してたまるかってえんだ。

 福島原発の現場で働く人々の反応はどうか?

「冷温停止状態」を通り越し「事故収束」にまで踏み込んだ首相発言に、福島第一原発の現場で働く作業員たちからは、「言っている意味が理解できない」「ろくに建屋にも入れず、どう核燃料を取り出すかも分からないのに」などと、あきれと憤りの入り交じった声が上がった。
 作業を終え、首相会見をテレビで見た男性作業員は「俺は日本語の意味がわからなくなったのか。言っていることがわからない。毎日見ている原発の状態からみてあり得ない。これから何十年もかかるのに、何を焦って年内にこだわったのか」とあきれ返った。
 汚染水の浄化システムを担当してきた作業員は「本当かよ、と思った。収束のわけがない。今は大量の汚染水を生みだしながら、核燃料を冷やしているから温度が保たれているだけ。安定状態とは程遠い」と話した。
 ベテラン作業員も「どう理解していいのか分からない。収束作業はこれから。今も被ばくと闘いながら作業をしている」。
 原子炉が冷えたとはいえ、そのシステムは応急処置的なもの。このベテランは「また地震が起きたり、冷やせなくなったら終わり。核燃料が取り出せる状況でもない。大量のゴミはどうするのか。状況を軽く見ているとしか思えない」と憤った。
 別の作業員も「政府はウソばっかりだ。誰が核燃料を取り出しに行くのか。被害は甚大なのに、たいしたことないように言って。本当の状況をなぜ言わないのか」と話した。

TOKYO Web 2011-12-17

 やはり現場の声は重い。野田首相の言葉の軽さとは対照的だ。政府、東電、保安院は今まで散々嘘に嘘を重ねてきた。巨大な力を持つ連中は少々叩かれたところでビクともしない。「どうせ正確な情報を流したところで文句を言う奴はいるわけだから、これくらいは構わんだろう」という思惑があって当然だ。詐欺国家ニッポン。

 我が国が法治国家であるならば、政策ミスによる犯罪性を司法が裁くべきであると考えるがどうだろう? 鈴木傾城〈すずき・けいせい〉氏が「せめて、東京電力の責任者くらいは、しっかり死刑にすべき」と書いている。私は原子力行政に絡んで利権に預かってきた連中は、最低でも禁固刑にすべきだと思う。菅直人前首相は死罪に値すると考える。民主党内から切腹を求める声が上がってしかるべきであった。

 ジョージ・オーウェルが描いた『一九八四年』的世界が現実となりつつある。以下の記事を熟読されよ。

現在をコントロールするものは過去をコントロールする/『一九八四年』ジョージ・オーウェル

 ダブルシンク(二重思考)という概念(オーウェルの造語)が歴史の本質を炙(あぶ)り出す。歴史とは事実を意味しない。記録されたもののみが歴史なのだ。

 例えば原発労働者の声は歴史として残らない。大体、数百年後の日本史年表であれば「収束宣言」すら記録されない可能性が大きい。よほどのことがない限り、カッコの中や脚注に書かれることもないのだ。我々は当事者だから日々のニュースを極太ゴシック体で受け止めるが、100年前の事件は名称でしか認識していない。つまり100年後には「東日本大震災時における福島原発事故」で全部片づけられてしまうのだ。1000年立てば「日本昔ばなし」レベルだ。

 この恐ろしさが理解できるだろうか? 権力者が修正し、改竄(かいざん)を施し、捏造(ねつぞう)を加え、書き換えられた歴史が「風化」してゆくのだ。

 権力とは、暦(こよみ)、文字、度量衡(どりょうこう)を決定するものだ。そして歴史とは政治史を中心に綴られる(※岡田英弘を参照のこと)。

歴史とは何か/『世界史の誕生 モンゴルの発展と伝統』岡田英弘
歴史の本質と国民国家/『歴史とはなにか』岡田英弘

 彼は彼女に理解させようとした。「これはまずめったにないことなんだ。単に誰かが殺されるという問題じゃない。分かるだろう、昨日を起点としてはるか続く過去が現に抹消されているんだ。過去がどこかで生き延びるとしたら、それは何のことばもついていない数少ない確固たる物体のなかでしかない。例えば、そこにあるガラスの塊のようなもののなかとかね。すでにぼくたちは、革命について、そして革命前の時代にちて、文字通り何の手がかりもなくなっていると言っていい。記録は一つ残らず廃棄されたか捏造され、書物も全部書き換えられ、絵も全部描き直され、銅像も街も建物もすべて新しい名前を付けられ、日付まですっかり変えられてしまった。しかもその作業は毎日、分刻みで進行している。歴史は止まってしまったんだ。果てしなく続く現在の他には何も存在しない。そしてその現在のなかでは党が常に正しいんだ。もちろん分かっているさ、過去が捏造されているって。でもぼくがそれを証明するなんて、とうてい無理な話、たとえ自分がその捏造に直接関わっていてもね。作業が終われば証拠は何も残らないのだから。唯一の証拠はぼくの頭のなかにあるだけ。そしてぼくの記憶を共有してくれる人間がはたして他にいるもやら、とても自信がないね」

【『一九八四年』ジョージ・オーウェル:高橋和久訳(ハヤカワepi文庫、2009年/吉田健一・龍口直太郎訳、文藝春秋新社、1950年/『世界SF全集 10 ハックスリイ オーウェル』村松達雄・新庄哲夫訳、早川書房、1968年/新庄哲夫訳、ハヤカワ文庫、1972年)】

 そしてオーウェルの時代には判明していなかったことと思われるが、人間の記憶自体も日常的に書き換えられていることが科学的に証明されている。つまり人の数だけ事実があるってわけだよ。歴史修正主義は社会主義国家の専売特許に非ず。

 ウィンストン・スミスとジュリアは恋に陥る。恋愛そのものが自由であり反逆行為であった。しかし二人の自由は長く続かなかった。管理社会はありとあらゆるところに罠を張り巡らせていた。二人は逮捕される。

「しかし、いいかねウィンストン、現実は外部に存在しているのではない。現実は人間の精神のなかにだけ存在していて、それ以外の場所にはないのだよ」

 オブライエンの指摘が読む者の背筋を凍らせる。そして記憶と精神を改造すべく、一片の容赦もない拷問が加えられる。

「他人を支配する権力はどのように行使されるかね、ウィンストン?」
 ウィンストンは考えた。「相手を苦しめることによって、です」と答えた。
「その通りだ。苦しめることによってはじめて行使される。服従だけでは十分でない。相手が苦しんでいなければ、はたして本当に自分の意志ではなくこちらの意思に従っているのかどうか、はっきりと分からないだろう。権力は相手に苦痛と屈辱を与えることのうちにある。権力とは人間の精神をずたずたにし、その後で改めて、こちらの思うがままの形に作り直すことなのだ」

 原書の脱稿は1948年12月4日(1949年刊行)。下二桁の数字を入れ替えてタイトルにしたとされている。イスラエル建国と同年であることが不気味だ。

 スタンレー・ミルグラムがアイヒマン実験を通して服従心理のメカニズムを解明したのは1963年のことである。

服従の本質/『服従の心理』スタンレー・ミルグラム

 オーウェルはミルグラムより15年も先んじてディストピアを描いてみせたのだ。当初は『ヨーロッパ最後の人間』(The Last Man in Europe)と題されていた。単純なソビエト批判でないことは明らかだ。中世において人間はヨーロッパにしか存在しなかった。これが西洋史観である(※化物世界誌)。

コロンブスによる「人間」の発見/『聖書vs.世界史 キリスト教的歴史観とは何か』岡崎勝世

 すなわちオーウェルが描いた世界は、集団化が行き着く極北を示したものと考えられる。組織における人間は機能や役割に貶(おとし)められる。社員はいつだって交換可能な部品のようなものだ。そして大衆は会社や国家に依存せざるを得ない情況へと追い込まれる。

 国民国家が目指すのは「国家依存主義」であり「国家万能主義」であろう。ゆえに無謬性(むびゅうせい)が重んじられるのだ。

「つまづいたって いいじゃないか にんげんだもの」と、みつをは言った。人間はつまづくが国家はつまづくことがない。決して。

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)


物語る行為の意味/『物語の哲学』野家啓一

「私の宗教はジェダイ」と1万5000人が回答、チェコ国勢調査


 チェコ政府は15日、3月に実施した国勢調査で、自身が信じる宗教をSF映画『スター・ウォーズ(Star Wars)』シリーズに登場する「ジェダイ(Jedi)」と回答した人が1万5070人いたと発表した。

 首都プラハ(Prague)には人口の0.31%にあたる3977人の「ジェダイの騎士」がいた。チェコ統計局は、ジェダイの倫理的価値観に共感する人が多いためだとみている。ジェダイの熱烈な「信者」は、ニュージーランドやオーストラリア、カナダ、英国にも多いという。

 統計局の副責任者は、国勢調査用紙の宗教の選択肢に「ジェダイ」を含めることには厳しい議論もあったが、何が宗教で何が宗教でないかを決めるのは統計局の仕事ではないと述べ、「約1万5000人という数は小規模な都市の人口に相当し、無視できない社会現象だ」とコメントした。
 
 このほか、自身の宗教をカトリックと答えたチェコ人は108万3899人、神は信じるが特定の宗教はないとの回答は70万7649人で、500万人は宗教欄が空白のままだった。

 カルト的な人気を誇る『スター・ウォーズ』に登場するジェダイ騎士団は、銀河共和国の守護者で、特殊な剣「ライトセーバー」を持ち、触れずに物を動かしたり他人の心を操ったりできる能力「フォース」を備えている。

 ジェダイ騎士団が従う道徳的なおきてはスター・ウォーズファンの心をとらえ、熱烈なファンの中には自身もジェダイのおきてに準じた人生を歩もうとするものもいる。

AFP 2011-12-17

2011-12-16

リビア国民評議会「嘘の勝利報道効果あった」 偽トリポリ緑の広場


 アブデルジャリル、リビア暫定国民評議会代表はカタールハリウッド製「緑の広場」を用いた嘘の勝利報道を認めた。


Digital Deception/映像の欺瞞
CNNリビア偽装報道

リビア叛徒とイスラエルの関係~戦争をけしかける哲学者ベルナール=アンリ・レヴィ



サルトルの世紀危険な純粋さアメリカの眩暈―フランス人哲学者が歩いた合衆国の光と陰

ベルナール=アンリ・レヴィ

NATOリビア戦争は大衆操作・心理戦

古書はともかく買い続けなければいけない

鹿島茂さんには到底及ばないが、古書はともかく買い続けなければいけない。特に写本の一点ものは、見つけた時に買わねばもう二度と手に入らない。江戸の科学史研究を仕事とする以上、この宿命からは逃げられない。自分が買い続けることで、古本屋さんも心得ていて、新しい資料を発掘してきてくれる。
Dec 16 via Keitai WebFavoriteRetweetReply


鬼気にあらず、茶目っ気迫る古書蒐集(しゅうしゅう)癖/『子供より古書が大事と思いたい』鹿島茂

暴力と欲望に安住する世界/『既知からの自由』J・クリシュナムルティ


 東京の冬は苦手だ。もう人生の半分以上を過ごしているのに慣れることがない。道産子の多くがそうであろう。雪がないのに寒い、という事実が北国育ちの感覚を混乱させる。

 冬の月が好きだ。透明な光が静かに冷厳な宇宙を照らす。星々が応じるように揺らめく。人々が寝静まった時間帯に月を見上げると、宇宙に浮かぶ自分を感じることができる。

 そしてクリシュナムルティは私にとっての月光である。暗く冷たい世界を照らす智慧の光だ。

 これまでの時代を通じてずっと、人間は自分を超えるもの、物質的な幸福以上のもの――私たちが真理とか神、真実在(リアリティ)、不滅の状態と呼ぶもの――環境や思考、人間の腐敗によって妨害されることのないもの、を探し求めてきました。
 人はいつも自問してきました。全体どういうことなのか? 人生にそもそも意味などあるのだろうか? 彼は生のひどい混乱を、残虐さ、反抗、戦争を、いつ果てるともない宗教やイデオロギー、国籍による分裂〔不和〕を見て、深い、終わることのない欲求不満の感覚と共にこうたずねるのです。人はどうすればよいのか、私たちが生と呼ぶこのものは何なのか、何かそれを超えるものがあるだろうか、と。
 そして自分が探し求めてきた、無数の名をもつこの名づけ得ないものを見つけることができないので、彼は信仰――救世主または何らかの理想への信仰――を培(つちか)ってきのたですが、それは必然的に暴力を生み出すのです。
 私たちが生と呼ぶこのたえまない闘争の中で、共産主義社会であれ、いわゆる自由社会であれ、私たちは自分が育てられた社会に従って行動規範を作ろうとします。私たちは何らかの行動基準を受け入れますが、それはヒンズー教、イスラム教、キリスト教、あるいは何であれ自分がたまたまそこに生まれ合わせたものの伝統の一部をなすものです。私たちは誰かに頼って行動の善悪を、思想のよしあしを教えてもらおうとしますが、こうしたパターンに従ううちに、私たちの思考と行動は機械的になり、反応は自動的なものになります。このことは、自分自身を省みれば容易に理解されることです。

【『既知からの自由』J・クリシュナムルティ:大野龍一訳(コスモス・ライブラリー、2007年/『自己変革の方法 経験を生かして自由を得る法』クリシュナムーティ:十菱珠樹〈じゅうびし・たまき〉訳、霞ケ関書房、1970年の新訳版)以下同】

 今年も様々な出会いがあった。昨今は人や本もさることながら、インターネットを介して遭遇する場面が少なからずある。そして擦れ違うような出会いでも影響を受けることは珍しくない。中でも鈴木傾城〈すずき・けいせい〉氏のブログには衝撃を受けた。

Darkness

 このブログを読破すれば、クリシュナムルティが指摘する「暴力」の現実が理解できる。

 私が「暴力」に対して眼を開いたのはルワンダ大虐殺によってであった。

『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』レヴェリアン・ルラングァ

 大乗仏教が説く「因果の物語」が呆気(あっけ)なく吹き飛ばされた。虐殺された子供たちに「過去世の罪」があったなどとは到底考えられない。そんな論法は「暴力の正当化」にさえなり得る。

 そしてパレスチナを取り巻く情況を知り、アラブ文学と巡り会った。

自爆せざるを得ないパレスチナの情況/『アラブ、祈りとしての文学』岡真理
パレスチナ人の叫び声が轟き渡る/『ハイファに戻って/太陽の男たち』ガッサーン・カナファーニー
暴力が破壊するもの 1/「黒い警官」ユースフ・イドリース(『集英社ギャラリー〔世界の文学〕20 中国・アジア・アフリカ』所収)

 それまでに読んできた魔女狩り、奴隷、ナチスなどの知識が全部結びついた。そして脳科学や人類学で解明されつつあるネットワーク構造を知ると、暴力の根元が「集団」にあることがわかってきた。では集団性を支えるものは何か? これこそが宗教なのだ。(詳細は明年の書評で)

 残酷極まりない世界の現実を目の当たりにした時、我々の中で何が変化するのだろうか? 多分二つのタイプに分かれることだろう。無力感に打ちひしがれて暴力を回避しようとする人。もしくは自分の周囲に限りなく存在する暴力の芽を鋭く見抜いて戦う人だ。

 更に重要なのはニヒリズムから宗教否定に回る人と、既成宗教を超える宗教性を模索する人とに分かれることである。鈴木氏は前者で、私は後者である。

 理由を一言で述べよう。科学は知性の次元であって感情を揺さぶることがない。知性とは思考であり、その本質は言葉である。人類は後天的に言語機能を獲得した。すなわち人間を奥深いところで支えているのは感情(情動)なのだ。そして感情を支配しているのが実は宗教なのだ。

善悪とは

 人類には文化という背景がある。そして文化は宗教に基づいている。

 過去の宗教は「物語」であった。それゆえ「別の物語」とは戦わざるを得ない。アブラハムの宗教を巡る争いの理由もここにある。ま、コカコーラとペプシみたいなものだ(笑)。

 無神論が脆弱なのは、人々がバラバラになることで結果的に種の保存を危うくするためだ。だから「新しい共同」なんてものは、「新しい宗教性」なくして成立しない。

 例えば「飢餓」という名の暴力がある。西洋列強の植民地政策が今も尚、第三世界に暗い影を落としている。すなわち「経済」もまた形を変えた暴力なのだ。






ウガンダの飢餓
ケビン・カーター「ハゲワシと少女」

 最初の動画はソマリアの子供である。「人はどうすればよいのか、私たちが生と呼ぶこのものは何なのか、何かそれを超えるものがあるだろうか」?

 あなたと私はそれで、どんな外部の影響もなしに、どんな説得〔persuasion:「確信・信仰」の意味もある〕もなしに、どんな処罰の恐怖もなしに、自分自身の中にもたらすことができるでしょうか――私たちの存在のまさにその精髄の中に、全的な革命、心理的な突然変異を。そうしてもはや残虐冷酷でも、暴力的でも、競争的でも、不安でもなく、恐怖に満ちてもおらず、貪欲でも、嫉妬深くもなくなって、私たちが日々の生活を生きているこの腐った社会を築き上げた、私たちの性質の諸々の現れから自由になれるでしょうか?

 真の自由とは「何かからの自由」でもなければ、「マイナスからの自由」でもない。歴史における革命は常に閉塞した社会が自由を求めて起こされたものだが、常に新しい権力者を生んだだけであった。

 宗教(=教団)は恐怖というロープで信者を縛り上げる。ご丁寧なことにタブー(禁忌)という猿ぐつわをされ、迷える子羊は「安全」という名の椅子に腰掛けている。椅子を支える脚が「暴力」であるとも知らずに。

 上述したように暴力の根元はヒエラルキー構造の集団性にある。つまり上下関係自体が実は暴力なのだ。クリシュナムルティは「どんな説得〔persuasion:「確信・信仰」の意味もある〕もなしに、どんな処罰の恐怖もなしに」と一言でシンボリックに表現している。

 世界を変えるためには、まず自分を変えなければならない。

 それこそが真の問題です。精神に完全な革命をもたらすことは可能でしょうか?

 そのような質問に対するあなたの反応はどのようなものでしょう? あなたは言うかも知れません。「私は変わりたくない」そして大方の人はそうなのです。とりわけ社会的・経済的に安泰な人たち、ドグマ的な信念をもち、自分自身や事物の現状や、それをほんのわずか加工して満足している人たちの場合には。そのような人々に私たちは関わりません。あるいはあなたはもっと微妙なこういう言い方をするかも知れません。「まあ、それは少しばかり難しすぎるね。私には向かない」と。こういうケースでは、あなたはすでに自分自身をブロックしてしまっているのです。あなたは問うことをやめており、だからもうそれ以上進むことはないのです。

 痛烈な批判だ。我々は盲目的な信者を嘲りながら、自分たちが資本主義の奴隷となっている自覚を欠いている。安全、安定、現状維持こそ我々が望むものだ。餓死しつつある幼児が既に立つこともできず地面でクルクル回る姿を見ても、我々は生活を変えようとはしない。おわかりだろうか? 世界の残酷を支えているのはあなたと私なのだ。

 先に進む前に、人生におけるあなた方の根本的、永続的な関心は何なのか、おたずねしてみたいと思います。もって回った答はどけて、この問題にまっすぐ誠実に向き合うとすれば、あなたはどう考えますか? それが何かわかりますか?
 それはあなた自身ではありませんか? いずれにせよ、正直に答えるとすれば、それが私たちの大部分が言うだろうことです(ママ)。私は自分の進歩に、仕事に、家族に、私が暮している小さな片隅に、自分のためのもっとよい地位、もっと多くの特権、もっと大きな権力を得ることに、他者への支配力を強化すること等々に、関心があるのです。あなた自身に対してそれが自分の第一の関心事だということ――「私」が何より大事なのだということを認めるのは理にかなったことだと思うのですが、いかがでしょう。
 自分のことを第一に考えるのは間違ったことだと言う人もいるでしょう。しかし、私たちがきちんと正直に、それを認めることはめったにないということは別として、そのことのどこが悪いのでしょう? もし自分が何より大事だと認めるなら、私たちはそれをかなり恥ずかしく思うでしょう。それで、こういうことになります――人は基本的に自分自身に関心がある。そして様々なイデオロギー的、伝統的理由によって、人はそれを間違ったことだと考えるのだと。しかし人がどう【考える】かは重要ではありません。なぜ「それは間違っている」などという要素(ファクター)を持ち込むのですか? それは考え、観念です。【事実】は、人は根本的・永続的に自分自身に関心がある、ということです。
 あなたは言うかも知れません。自分自身のことを考えるより、他の人を助ける方が満たされた気分になると。違いは何ですか? それは依然として自己関心です。他の人たちを助けることがあなたにより大きな満足感を与えるとすれば、あなたは自分により大きな満足を与えてくれるものに関心をもっているのです。なぜそこにイデオロギー的な観念を持ち込むのですか? どうしてこの二重思考があるのでしょう? なぜこう言わないのですか? 「私が本当にほしいのは満足感だ。セックスでも、人助けでも、偉大な聖人、科学者、政治家になるのでも〔それが目当てなのだ〕」と。それは同じプロセスではないでしょうか? あらゆる種類の満足、微妙なものでもあからさまなものでも、それが私たちが欲しているものなのです。私たちが自由になりたいと言うとき、それは私たちが自由は素晴らしい満足感を与えてくれると考えるからです。そしてもちろん、究極の満足は、この自己実現 self-realisation という殊更(ことさら)な考えです。私たちが本当に追い求めているものは、そこにどんな不満もないような満足感なのです。

 幸福の意味は満足に転落した。我々は欲望の実現が幸福であると完全に錯覚している。宗教家は自分が満足するために世界平和を唱えているのだ。死にたい、死にたくないというのも欲望だ。賢くなりたい、悟りたいというのも欲望だ。

 一方の欲望から別の欲望へと移動したところで、何かが変わるはずもない。

「自己実現」とはマズローの欲求段階説に基づく考え方だ。心理学的な意味はあると思うが、こんなものは「神の国実現」の焼き直しであろう。最大の問題は、現在の自分を否定的な存在と見なしている点だ。宗教的視点からすれば、時間を要するものは「知識」や「技術」にすぎない。人生という時間の有限性を打破することが不可能だ。

 世界はエゴ化した。

自我と反応に関する覚え書き/『カミとヒトの解剖学』 養老孟司、『無責任の構造 モラル・ハザードへの知的戦略』 岡本浩一、他

 この暴力に覆われた世界と、欲望にまみれた自分を超脱するためには「諸法無我」しか道はない。クリシュナムルティは「あなたが世界だ」と突きつけた。ならば、私の内側に自由と平和を打ち立てるまで。

 クリシュナムルティについては書いても書いても書き足りない。

既知からの自由

すべての戦争に対する責任は、われわれ一人一人が負わなければならない/『自己変革の方法 経験を生かして自由を得る法』クリシュナムーティ
人間は人間を拷問にかけ、火あぶりに処し、殺害してきた
飢餓に苛まれる子供たち
なくならない飢餓/『面白いほどよくわかる「タブー」の世界地図 マフィア、原理主義から黒幕まで、世界を牛耳るタブー勢力の全貌(学校で教えない教科書)』世界情勢を読む会

カストロ氏、暗殺企てられた回数世界一 ギネスが認定


「暗殺を命じた国」としてアメリカもギネス認定すべきだろう。

 暗殺されそうになった回数が世界一として、キューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長が、ギネスブックに掲載されることになった。複数の同国メディアが伝えた。キューバ政府によると、米中央情報局(CIA)の文書に基づく記録で、暗殺の企ては2006年までに638回に上るという。

 暗殺方法は、狙撃、葉巻への毒の注入、野球のボールに仕込まれた爆薬など様々だが、いずれも政府が事前に情報をキャッチし、失敗に終わった。

 キューバの情報機関のトップを長年務めたファビアン・エスカランテ氏は昨年、前議長に対する暗殺の試みについての本を出版。最も深刻だったのは、61年にニューヨーク市内で企てられた爆弾計画だったと回想する。ミルクセーキに毒入りカプセルを入れられたこともあったが、幸運にものみ込まなかった。「フィデルは、待ち伏せを直感する能力がある」と話している。

asahi.com 2011-12-16

Fidel Castro

フィデル・カストロ――みずから語る革命家人生(上)フィデル・カストロ――みずから語る革命家人生(下)冒険者カストロ (集英社文庫)カリブ海のドン・キホーテ フィデル・カストロ伝

カストロ暗殺未遂の大半はCIAによるもの
若きカストロの熱弁

2011-12-15

関岡英之、別冊宝島


 2冊挫折。

別冊宝島 原発の深い闇』(宝島社、2011年)/見出しが過激に踊り、鼻白む。大衆迎合の臭いがプンプンしているよ。好評だったようで続刊も発売されている。『別冊宝島 原発の深い闇 2』。今まで不問に付してきた情況こそ問うべきであろう。

アメリカの日本改造計画 マスコミが書けない「日米論」』関岡英之+イーストプレス特別取材班編(イーストプレス、2006年)/関岡と佐藤優の対談は面白かった。大川周明、有末精三、陸軍中野学校について。あとは生臭くて手が出ない。

ユダヤ人と名誉毀損 反ユダヤ主義の実体


 ヨアブ・シャミール監督作品、2009年。












ディファメーション!:町山智浩

NATOメディアによる脅迫と検閲


 カナダ人ジャーナリスト、マディ・ナゼムロヤ。トリポリ、リクソスホテルからの報告。NATOメディアによる脅迫、検閲。CNN、アルジャジーラ報道の嘘。

カダフィへの陰謀 ロッカビーテロ事件


カダフィ

2011-12-14

光が照らし出すもの


 海の波と光の波とがせめぎ合っている。黒い影はたぶん人ではない。しかし人に見える。画像を拡大してみたが、結局わからなかった。きっと低い木だろう。大半を占めている断崖や波を斥(しりぞ)け、光が照らし出すものに視野は集中する。ここに自我という中心を巡る物語性を解く鍵がある。我々は決して全体を見ることがない。

Cliff

松沢直樹氏による生活保護ツイートのまとめ

生活に打つ手がなくなった、たった一人の人間を養えない弱い国家が、どうやってこれから強くなっていくと言うんだ? 
Dec 13 via webFavoriteRetweetReply


松沢直樹氏による生活保護ツイートのまとめ
生活保護

人を善に導く中国古典舞踊


 格好いいね。そして哲学がある。



中国古代の舞踏と伝説

NFTC(全国貿易協議会)


アメリカはイラクをあきらめ、日本を植民地化することにした
アメリカで「TPP」を推進して米政府を操る黒幕たちの正体
TPPを推進する団体NFTCとは
「TPP」を推進すべく裏で米政府を操る黒幕たちの正体

ミドリムシ:新たな食品として注目 温暖化防止にも貢献


 プランクトンの一種、ミドリムシが新たな食品として注目を集めている。理論上は「これと主食だけで人間が生きられる」というほど栄養豊富で、地球温暖化防止にも貢献できるとか。5億年前から存在する体長0.05ミリの微生物の将来性やいかに。

「ミドリムシは人間に必要な栄養をすべて持っている」。沖縄県の石垣島に、ミドリムシを大量培養するプラントを持つ「ユーグレナ」社の出雲充社長(31)は話す。05年の創業以来、6200兆匹が生まれたという。洗浄、濃縮し、粉末にすると食品の材料になる。

 栄養素はビタミンなど59種類。人が体内で作り出せない必須アミノ酸も9種類すべてを含む。粉末1グラム(ミドリムシ約10億匹)中の鉄分はホウレンソウ50グラム分、葉酸はサンマ50グラム分。DHA(ドコサヘキサエン酸)も生成する。青魚のDHAも食物連鎖の元をたどればミドリムシが製造元の一つという。

 東大との産学連携で起業し、ミドリムシの学名を社名にした「ユーグレナ」は07年からサプリメントを売り出した。だが――「喜んで買っていただけると思ったら、ほとんどの女性にイヤ!と言われた」(出雲社長)。チョウやガの幼虫のアオムシと誤解されたためだ。

 知名度が上がったのは09年、東京都江東区の日本科学未来館(毛利衛館長)と共同で「ミドリムシクッキー」を売り出してから。同館のお土産人気1位に躍り出て、今もベスト3に入る。共同開発の依頼が舞い込み、ラーメンにハンバーガー、インスタント雑炊、焼酎など、加工商品は25種類にも上る。

ミドリムシクッキー1, Euglena

ほんのり磯の香り

 ミドリムシ自体に味はほとんどなく、ほんのり磯の香りがするだけ。同社は痛風を悪化させるプリン体の吸収を抑えるミドリムシ食品も開発し、特許を取得した。現在は、栄養不足に悩む途上国支援のため、海外向けの食品開発に力を注ぐ。

 ミドリムシだけでネズミの飼育に成功したという中野長久(よしひさ)・大阪府立大名誉教授(栄養生理生化学)は「人口が増え続ける中、将来は人類の生命を維持する最終食料資源になり得る」と語る。

 中野名誉教授によると、ミドリムシは動物と植物の特性を兼ね備えた「ハイブリッド生物」。べん毛で動き回る一方、葉緑素を持ち光合成をする。「二酸化炭素やドライアイス(二酸化炭素の固体)が存在する火星にミドリムシの培養タンクを運べば、食料と酸素を自給でき、100年後には地球と同じ環境がつくれる。学生には、そんな夢を語っています」

 実際、米航空宇宙局(NASA)も1970年代からミドリムシに注目し、地球外で自給自足するための研究を続けてきた。宇宙航空研究開発機構(JAXA)も大阪府立大の研究に助成し、無重力空間で細胞分裂できることを確認している。

 環境保護の面でも期待されている。住友共同電力は昨年から、愛媛県内の火力発電所にミドリムシを入れたタンクを設置し、排出ガスをろ過する実験をしている。他の植物ではガス中の二酸化炭素が濃過ぎて死んでしまうが、ミドリムシは逆に、通常の大気より成長が促進された。そのミドリムシを家畜飼料やバイオ燃料に活用できれば、効率的なエコシステムになる。同社は「より大型の水槽で実験をし、早期に事業化したい」と話している。

毎日jp 2011-12-14

Euglena sp.

Euglena sp.

「魔術」を理由に女性の斬首刑を執行 サウジアラビア


 サウジアラビア内務省は、女性が魔術を行った罪に問われ、斬首刑を執行されたと発表した。これに対して国際人権団体のアムネスティ・インターナショナルは「深い衝撃」を受けたと述べ、同国の死刑執行中止を訴えている。

 内務省の発表によると、女性は魔術を行ったとして取り調べを受けて逮捕され、法に基づき有罪判決を言い渡された。死刑は12日に北部ジャウフ州で執行されたという。

 アムネスティによると、女性に対してかけられた罪の具体的な内容は不明だが、同国では言論や信教の自由を行使した人を罰する目的で、魔術の罪が用いられることがあるという。

 サウジアラビアは厳格なイスラム教国で、魔術や魔法を使ったり、アラーを冒涜(ぼうとく)したとみなされれば死刑を言い渡されることがある。

 英国を拠点とするサウジの新聞アルハヤトは同国の宗教警察関係者の話として、この女性の自宅を捜索したところ、魔術に関する書籍や魔法に使ったとみられる液体の入った瓶などが見つかったと伝えた。この関係者は、女性が呪文を唱えたりこの液体を売ったりして現金を受け取っていたと語ったとされる。

 アムネスティによれば、サウジでは9月にも魔術を行った罪に問われたスーダン人に対して斬首刑が執行された。同国で2011年に死刑を執行された人は女性5人を含む少なくとも79人に上り、前年の27人から3倍近くに増えているという。

CNN 2011-12-14

魔女は生木でゆっくりと焼かれた/『魔女狩り』森島恒雄

反体制とオカルトには結びつきがある

反体制とオカルトには結びつきがある。体制側からに認定においても、反体制側の自認においても。そして科学は因果論的な部分でオカルトと親和性があり、確率・統計的な思考においてオカルトと隔絶する。 http://t.co/ziE5VTJ3
Dec 14 via HatenaFavoriteRetweetReply

日本人の思考が停止してしまった理由

「あなたは義務感によって、思考と感情が破壊されている」と述べるインドの哲学者クリシュナムルティや、物理学者アインシュタインにも登場いただき、「義務教育の何がまずいのか?」など、日本人の思考が停止してしまった理由を考えました。 http://t.co/xOyPNkCR
Dec 12 via webFavoriteRetweetReply


クリシュナムルティはアインシュタインに匹敵する

ベルギー・リエージュで発生したバス停留所無差別襲撃事件

ベルギー・リエージュで発生したバス停留所無差別襲撃事件の一部始終を英メール紙が写真で特集。クリスマスの買い物途中で銃声に怯える人々、路上に転がる犯人の死体、傍らにライフルと大量の弾倉。 http://t.co/kSoiRk23 1歳半乳児、15歳少年、17歳少女含む5人が犠牲に。
Dec 14 via JanetterFavoriteRetweetReply

NATO大衆操作に情報戦で対抗せよ リビア コートジボワール


 ベルギー人ジャーナリスト、ミシェル・コロン。リビア戦争の真の理由、NATOの目的、メディアの嘘、情報検索・発信の義務。

トリポリ CIA偽装記者戦闘に参加 2011年8月22日 リビア


 外国記者団のホテルが戦場と化した。記者達はNATOのスパイだった。仏記者ティエリ・メサンの報告。2011年8月22日テレビロシア。

リビア戦争の実態 2011年8月10日 ティエリ・メサン

2011-12-13

ザ・グレイテスト・ゴスペル・ソングズ/The Greatest Gospel Songs of the 40s, 50s, and 60s


 これは堪(たま)らん。

安田喜憲


 1冊読了。

 70冊目『一神教の闇 アニミズムの復権』安田喜憲〈やすだ・よしのり〉(ちくま新書、2006年)/私がアニミズムの可能性に思い至ったのは今年の6月のことである。





善悪とは

 私が安田喜憲を知ったのは、『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』を読んでからのこと。本書タイトルは内容からすれば、明らかに主題と副題が逆転している。だが一神教の恐ろしさを知らない日本人に警鐘を鳴らすために敢えて「一神教の闇」としたのだろう。アニミズムはアメリカ先住民と鎌倉仏教にも通底している。安田は一神教文明の罪を指摘しながら、環太平洋を取り巻くアニミズム文明に流れ通う価値観を「慈悲と共生による循環型社会」と指摘。更に終盤では政策提言まで行っている。amazonで低い点をつけている連中は多分クリスチャンだろう(笑)。私が提唱するのはアニメアニミズム。アニメズムとでも命名しようかな(笑)。広く宗教、文明、環境問題に興味がある人は必読のこと。知的興奮がレッドゾーンに至る天才本といってよい。

神を討つメッセージ/『一神教の闇 アニミズムの復権』安田喜憲
アニミズムという物語性の復権/『ネイティヴ・アメリカンの教え』写真=エドワード・S・カーティス

CNNリビア偽装報道


Digital Deception/映像の欺瞞
リビア国民評議会「嘘の勝利報道効果あった」 偽トリポリ緑の広場

NATOトリポリ攻撃現地リポ-ト 2011年8月21日 リビア


 西側メディアが絶対に報じない事実。

CIAの秘密実験 暗殺


CIAの秘密実験 マインドコントロール/洗脳

山の端の月


 昨夜、少し欠けた月が信じ難いほどの光を発していた。深夜の月光浴。冬の月光は瞑想のように静かで透明だ。米国テキサス州サウスレイク市。

Lunar Eclipse

ギングリッチ候補「パレスチナ人は創作された人々」自説繰り返す


 アイオワ州デモイン(CNN) 来年の米大統領選に向けた共和党の指名争いが加熱するなか、10日夜に行われた討論会で、最近支持率を伸ばしてきているギングリッチ候補(元米下院議長)が「パレスチナ人は創作された人々」との自身の発言を擁護した。

 米ABCテレビ他が主催した討論会で、有力候補者の1人であるロムニー候補(前マサチューセッツ州知事)とともに壇上に立ったギングリッチ候補は、「パレスチナ人が主張する権利は歴史的に誤った認識に立脚したもの」と発言。ロムニー候補が「われわれは友人であるイスラエルの人々の立場を支持している」「しかし、火に油を注ぐようなことは言わない」と批判すると「真実を語る勇気のある米国大統領がいてもいい」とこの話題を締めくくった。

 ギングリッチ候補はこれに先立ち9日に放送されたユダヤ系ケーブルテレビのインタビューでは、「パレスチナという国はなく、オスマン帝国の一部だった」「パレスチナ人は創作された人々で、彼らはアラブ人だ」などと発言、内外から批判を受けていた。その後10日にギングリッチ陣営は「交渉による和平合意を支持する」との声明を発表したが謝罪は行っていない。

 ギングリッチ候補は、今年5月から6月にかけてアドバイザーなど選挙スタッフが相次いで辞職し、苦境を強いられたが、アイオワほか2州でCNNなどが実施した最新の世論調査では支持率トップを走っている。

CNN 2011-12-12

 呵々(笑)。たかだか200年前に生まれた米国民が歴史を語ってやがる。ユダヤ・ロビーから資金提供を受けているのだろう。アメリカ先住民を大量殺戮した挙げ句、「建国」を宣言する連中の末裔(まつえい)に見識を求める方が無理か。アメリカという国は歴史教育や歴史文化が手薄なことでも知られる。

魔女裁判の地で小屋発掘、壁の中にはミイラ化したネコ 英国


 17世紀の魔女裁判で知られるイングランド北西部ランカシャー州ペンドルヒルで当時のものとみられる小屋が発掘された。密閉された部屋の壁には、ミイラ化したネコの死骸(しがい)が塗り込められていた。魔女裁判で知られる同地だが、小屋は保存状態がよく、世紀の発見だと指摘する専門家もいる。

 ペンドルヒルは1600年代、女性10人、男性2人が魔女裁判にかけられたことで知られている。最近、森の保守管理をしていた作業員らが草地の下に埋まった小屋を発見し、考古学者に発掘を依頼した。小屋は保存状態が非常に良く、かつての様子が手に取るように分かるという。

 この地域の魔女について研究する専門家、サイモン・エントウィスル氏によると、この小屋は1612年の復活祭前の金曜日、魔女たちが集会を開いたとされる「マルキンの塔」だった可能性がある。同氏らによれば、ネコは小屋の住人が悪霊から身を守るまじないとして、生きたまま塗り込められたとも考えられる。

 エントウィスル氏は、同地域がまもなく魔女裁判からちょうど400年を迎えると指摘。小屋の発掘は、エジプトでツタンカーメン王の墓が見つかったことに匹敵する大発見だと、熱を込める。

 小屋の内外からは、19世紀の台所用のかまどやブリキの浴槽、ベッドの枠、食器類なども見つかっている。

CNN 2011-12-11

何が魔女狩りを終わらせたのか?

2011-12-12

CIAの秘密実験 マインドコントロール/洗脳



CIA洗脳実験室~父は人体実験の犠牲になった~タヴィストック洗脳研究所洗脳の世界―だまされないためにマインドコントロールを科学する洗脳護身術―日常からの覚醒、二十一世紀のサトリ修行と自己解放

CIAの秘密実験 暗殺
国会議員の4分の1が世襲議員/『洗脳護身術 日常からの覚醒、二十一世紀のサトリ修行と自己解放』苫米地英人

Digital Deception/映像の欺瞞


 あなたは映像を信じることができるか? テレビ報道に嘘はないか?


写真、映像、報道がただの妄想に。誰も見抜けぬ恐怖の未来
CNNリビア偽装報道
リビア国民評議会「嘘の勝利報道効果あった」 偽トリポリ緑の広場

「米金融寡頭権力 帝国の強さと脆さ」ティエリ・メサン


 2009年 仏ジャ-ナリスト、ティエリ・メサンの分析。アパルトヘイト、シオニズム、ユーロ、NATO誘拐作戦などについて。

東日本大震災の死者は1万5841人、行方不明者は3493人

震災と原発事故から9ヶ月が過ぎた。亡くなった方は1万5841人。9日現在で3493人の方が行方不明のままだ。そして33万2691人の方が全国で避難生活を続けている。僕は番組で「被災者」や「被災地」という表現を使わないことにしている。状況を一言でくくってしまう便利さが嫌いだから。
Dec 11 via webFavoriteRetweetReply

2011-12-11

高橋和夫


 1冊挫折。

なるほどそうだったのか!! パレスチナとイスラエル』高橋和夫(幻冬舎、2010年)/ナチス・ドイツによって600万人のユダヤ人が虐殺されたという記述があり(29ページ)、そこでやめた。殺されたのはユダヤ人だけではない。それをあたかもユダヤ人だけ殺されたように歴史を改竄(かいざん)してきたのだ。今後、私が高橋の著作を読むことはないだろう。

「ホロコースト=ユダヤ人大虐殺」という構図の嘘/『ホロコースト産業 同胞の苦しみを「売り物」にするユダヤ人エリートたち』ノーマン・G・フィンケルスタイン

アレバ核廃棄物処理の現実


 2005年12月。

グロ-バル化 IMF(国際通貨基金)が貧困を作るとき


 アフリカのガーナを例に自由貿易政策により貧しい国々が陥った厳しい状況を示すBBCのドキュメンタリー。



IMF(国際通貨基金) - 使命と誤算 (中公新書)グローバル経済を動かす愚かな人々世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正すエコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ

IMF(国際通貨基金)を戯画化するとこうなる

戦争ジャーナリズムの現実 リビアの例


戦争

自我と反応に関する覚え書き/『カミとヒトの解剖学』 養老孟司、『無責任の構造 モラル・ハザードへの知的戦略』 岡本浩一、他


『唯脳論』養老孟司

 ・霊界は「もちろんある」
 ・夢は脳による創作
 ・神は頭の中にいる
 ・宗教の役割は脳機能の統合
 ・アナロジーは死の象徴化から始まった
 ・ヒトは「代理」を創案する動物=シンボルの発生
 ・自我と反応に関する覚え書き

 文明の発達は、存在を情報に変換した。いや、ちょっと違うな。文字の発明が存在を「記録されるもの」に変えた。存在はヒトという種に始まり、性別、年代、地域へと深まりを見せた。そして遂に1637年、ルネ・デカルトが「私」を発明した。「我思う、ゆえに我あり」(『方法序説』)と。それまで「民衆は、歴史以前の民衆と同じことで、歴史の一部であるよりは、自然の一部だった」(『歴史とは何か』E・H・カー)。

 魔女狩りの嵐が吹き荒れ、ルターが宗教改革の火の手を上げ、ガリレオ・ガリレイが異端審問にかけられ、アメリカへ奴隷が輸入される中で、「私」は誕生した。4年後にはピューリタン革命が起こり、その後アイザック・ニュートンが科学を錬金術から学問へと引き上げた。120年後には産業革命が始まる。(世界史年表

 近代の扉を開いたのが「私」であったことは一目瞭然だ。そして世界はエゴ化へ向かって舵を切った。

 デカルトが至ったのは「我有り」であったと推察する。神学は二元論で貫かれている。「全ては偽である」と彼は懐疑し続けた。つまり偽に対して真を有する、という意味合いであろう。

 ここが仏教との根本的な違いである。仏法的な視座に立てば「我在り」となる。そしてブッダは「私」を解体した。「私」なんてものは、五感など様々な要素が絡み合っているだけで実体はないと斥(しりぞ)けた。またブッダのアプローチは「私」ではなく「苦」から始まった。目覚めた者(=ブッダ、覚者〈かくしゃ〉)の瞳に映ったのは「苦しんでいる生命」であった。

 貧病争はいつの時代もあったことだろう。苦しみや悲しみは「私」に基づいている。ブッダは苦悩を克服せよとは説かなかった。ただ「離れよ」と教えた。

 産業革命が資本主義を育てた。これ以降、「私」の経済化が進行する。一切が数値化され、幸不幸は所有で判断されるようになる。「私の人生」と言う時、人生は私の所有物と化す。だが、よく考えてみよう。生を所有することなどできるだろうか?

所有のパラドクス/『悲鳴をあげる身体』鷲田清一

 生の本質は反応(response)である。人間に自由意志が存在しない以上、選択という言葉に重みはない。

人間に自由意思はない/『脳はなにかと言い訳する 人は幸せになるようにできていた!?』池谷裕二
自由意志は解釈にすぎない

 人は自分の行為に色々な理由をつけるが、全て後解釈である。

 認知的不協和を低減する方法として、選択的情報接触というものもあげられている。
 たとえば、トヨタの車と日産の車を比較して、迷った後、かりにトヨタを買ったとする。買った後、「トヨタの車を買った」という認知と「日産のほうがよい選択肢だったかも知れない」という認知は、不協和となる。認知的不協和は不愉快な状態なので、人は、認知の調整によってその不協和を低減しようとする。この場合、「トヨタの車を買った」というほうはどうにもならないから、「日産のほうがよい選択肢だったかも知れない」という認知のほうを下げる工夫をすることになる。
 実際に、車を買った人の行動を調べてみたところ、車を買った後で、自分が買った車のパンフレットを見る時間が増えることがわかった。パンフレットは、通常、その車についてポジティブな情報が載せられている。したがって、自分の車のパンフレットを読むという行動は、自分の車が正しい選択肢で、買わなかったほうの車がまちがった選択肢であったという認知を自分に植え付ける行動だということになるわけである。認知的不協和理論の観点では、これは、行動後の認知的不協和低減のために、それに有利な情報を選択して接触する行動だと考えることができるわけである。このような行動を、選択的情報接触と言っている。

【『無責任の構造 モラル・ハザードへの知的戦略』岡本浩一〈おかもと・こういち〉(PHP新書、2001年)】

誤った信念は合理性の欠如から生まれる/『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるか』トーマス・ギロビッチ
情報の歪み=メディア・バイアス/『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』松永和紀
ギャンブラーは勝ち負けの記録を書き換える

 生命が反応に基づいている証拠をお見せしよう。

Hayaku: A Time Lapse Journey Through Japan from Brad Kremer on Vimeo.


 時間軸を変えただけの微速度撮影動画である。まるで川のようだ。果たして実際に川を流れる一滴一滴の水は悩んだり苦しんだりしているのだろうか? 多分してないわな(笑)。では人間と水との違いは何であろう? それは思考である。思考とは意味に取りつかれた病である。我々は人生の意味を思うあまり、生を疎(おろそ)かにしているのだ。そして「私の思考」が人々を分断してしまったのだ。

比較が分断を生む/『学校への手紙』J・クリシュナムルティ

 山本(七平)氏の書かれるように、鴨長明が傍観者のように見えるとすれば、そこには視覚の特徴が明瞭に出ているからである。「観」とは目、すなわち視覚系の機能であって、ここでは視覚が表面に出ているが、じつは長明の前提は「流れ」あるいは「運動」である。長明の文章は、私には、むしろ流れと視覚の関係を述べようとしたと読めるのである。
「人間が流れとともに流れているなら」、確かに、ともに流れている人間どうしは相対的には動かない。それなら、流れない意識は、長明のどこにあるのか。なにかが止まっていなければ、「流れ」はない。答えを言えば、それが長明の視覚であろう。『方丈記』の書き出しは、まさにそれを言っているのである。ここでは、運動と水という質料、それが絶えず動いてとどまらないことを言うとともに、それが示す「形」が動かないことを、一言にして提示する。形の背後には、視覚系がある。長明の文章は、われわれの脳の機能に対するみごとな説明であり、時を内在する聴覚-運動系と、時を瞬間と永遠とに分別し、時を内在することのない視覚との、「差分」によって、われわれの時の観念が脳内に成立することを明示する。これが、ひいては歴史観の基礎を表現しているではないか。

【『カミとヒトの解剖学』養老孟司〈ようろう・たけし〉(法蔵館、1992年/ちくま学芸文庫、2002年)】

「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し」(『方丈記』)。養老孟司恐るべし。養老こそはパンクだ。

 生は諸行無常の川を流れる。時代と社会を飲み込んでうねるように流れる。諸法無我は関係性と訳されることが多いが、これだと人間関係と混同してしまう。だからすっきりと相互性、関連性とすべきだろう。「相互依存的」という訳にも違和感を覚える。

 ブッダは「此があれば彼があり、此がなければ彼がない。此が生ずれば彼が生じ、此が滅すれば、彼が滅す」と説いた(『自説経』)。此(これ)に対して彼(あれ)と読むべきか。

クリシュナムルティの縁起論/『人生をどう生きますか?』J・クリシュナムルティ

 同じ川を流れながら我々は憎み合い、殴り合い、殺し合っているのだ。私の国家、私の領土、私の財産、私の所属を巡って。

 大衆消費社会において個々人はメディア化する。確かボードリヤールがそんなことを言っていたはずだ。

知の強迫神経症/『透きとおった悪』ジャン・ボードリヤール

 そしてボディすらデザインされる。

 ダイエット脅迫からくる摂食障害、そこにはあまりに多くの観念たちが群れ、折り重なり、錯綜している。たとえば、社会が押しつけてくる「女らしさ」というイメージの拒絶、言い換えると、「成熟した女」のイメージを削ぎ落とした少女のような脱-性的な像へとじぶんを同化しようとすること。ヴィタミン、カロリー、血糖値、中性脂肪、食物繊維などへの知識と、そこに潜む「健康」幻想の倫理的テロリズム。老いること、衰えることへの不安、つまり、ヒトであれモノであれ、なにかの価値を生むことができることがその存在の価値であるという、近代社会の生産主義的な考え方。他人の注目を浴びたいというファッションの意識、つまり皮下脂肪が少なく、エクササイズによって鍛えられ、引き締まった身体というあのパーフェクト・ボディの幻想。ボディだってデザインできる、からだだって着替えられるというかたちで、じぶんの存在がじぶんのものであることを確認するしかもはや手がないという、追いつめられた自己破壊と自己救済の意識。他人に認められたい、異性にとっての「そそる」対象でありたいという切ない願望……。
 そして、ひょっとしたら数字フェティシズムも。意識的な減量はたしかに達成感をともなうが、それにのめりこむうちに数字そのものに関心が移動していって、ひとは数字の奴隷になる。数字が減ることじたいが楽しみになるのだ。同様のことは、病院での血液検査(GPTだのコレステロール値だの中性脂肪値だのといった数値)、学校での偏差値、競技でのスピード記録、会社での販売成績、わが家の貯金額……についても言えるだろう。あるいはもっと別の原因もあるかもしれないが、こういうことがぜんぶ重なって、ダイエットという脅迫観念が人びとの意識をがんじがらめにしている。

【『悲鳴をあげる身体』鷲田清一〈わしだ・きよかず〉(PHP新書、1998年)】

 バラバラになった人類が一つの運動状態となるためには宗教的感情を呼び覚ますしかない。思想・哲学ではない。思想・哲学は言葉に支配されているからだ。脳の表層を薄く覆う新皮質ではなく、脳幹から延髄脊髄を直撃する宗教性が求められよう。それは特定の教団によって行われるものではない。あらゆる差異を超越して普遍の地平を拓く教えでなければならない。

 上手くまとまらないが、長くなってしまったので今日はここまで。

無責任の構造―モラル・ハザードへの知的戦略 (PHP新書 (141))カミとヒトの解剖学 (ちくま学芸文庫)方丈記 (岩波文庫)悲鳴をあげる身体 (PHP新書)

ネオ=ロゴスの妥当性について/『死と狂気 死者の発見』渡辺哲夫
人間の問題 2/『あなたは世界だ』J・クリシュナムルティ
暴力と欲望に安住する世界/『既知からの自由』J・クリシュナムルティ
縁起と人間関係についての考察/『子供たちとの対話 考えてごらん』 J・クリシュナムルティ

拘束される記者激増 中国はワースト3位


 アメリカに本部を置く「ジャーナリスト保護委員会」の統計によると、世界で拘束されている記者の数は15年ぶりに、ワースト記­録を更新。イランとエリトリア、中国がワースト3を占めています。

「ジャーナリスト保護委員会」は1996年から、拘束されている記者の統計を開始。今年の12月1日までで、世界では記者や編集者、カメラマンなど179人が不当な判決で­服役させられています。去年の同時期はわずか34人でした。一番多いのはイランの42人。次はエリトリアの28人。中国は27人と世界ワースト3位です。

 NYタイムズ元記者 趙岩さん:「一昨年 胡主席はメディア開放を表明しました。しかし現実は違います。今年 記者への締め付けは厳しくなり、特に「中東の春」以降締め付けは厳しさを増しています」

 ジャーナリスト保護委員会によると、大部分の記者は、国家への反逆罪で拘束されています。次に多いのが、検閲制度への違反だそうです。

 NYタイムズ元記者 趙岩さん:「相対的にネット市民記者の逮捕が年々増えています。最近よく聞くのは"省をまたいだ逮捕"どれも市民記者の逮捕です。この状況をとめなければ、共産党を誰が監­督するのでしょうか」

 中国で拘束されている27人のうち、半分はウィグル族かチベット族です。ただし、今年釈放されるはずのウィグル族の記者2人は含まれていません。2人は、「国家機密漏洩罪­」と「分裂主義」で有罪になり、いまだに消息不明です。

新唐人テレビ 2011-12-11


ジャーナリストの拘束数、昨年比20%増 NPOまとめ