2012-02-24

ニール・ジョンソン

1冊読了。

 12冊目『複雑で単純な世界 不確実なできごとを複雑系で予測する』ニール・ジョンソン:阪本芳久訳(インターシフト、2011年)/面白かった。複雑系といえば道路の渋滞や金融市場の崩壊が必ず取り上げられるが、最新の研究では戦争の動向まで予測可能だという。モデルという概念がよくわかった。記述が正確で私の勘違いが随分と訂正された。阪本の訳は読みやすい。

リビア戦争 「カダフィの傭兵」とアフリカ分割



ベルギーのエノー州 パレスチナの地方自治を支援



イスラエル植民地建設とデクシア





 2010年、シル・ヘヴェル。

無名の勇者たちは「イタリア万歳」と叫んで死んだ/『イタリア抵抗運動の遺書 1943.9.8-1945.4.25』P・マルヴェッツィ、G・ピレッリ編


若きパルチザンからの鮮烈なメッセージ
・無名の勇者たちは「イタリア万歳」と叫んで死んだ
パルチザンが受けた拷問

 ここで断っておくが、収集の過程で出会った何百もの人びとのうち、拷問に(あまりの拷問に!)抗しきれずに口を割り、同志の名前を明かしてしまった者は、わずか3名しかいなかった。それにひきかえ、抗しきれずに口を割ることを恐れ、みずから命を絶った者は、少なくなかった。ただひとりだけ、少年が、命の助かる可能性を前にして、敵の隊列に加わることを求めた。それにひきかえ、恩赦をもちかけられながら、それが妥協や裏切りにつながらないにもかかわらず、それをはねつけ、進んで同志たちの運命にならい、最後まで不屈の抵抗を貫いた者の数は、少なくなかった。最後の瞬間の模様が正確に知られている多くの人びとのなかで、男女を問わず、ひるんだり、気を失ったり、嘆願をした者などは、ただのひとりもいなかった。ある者はみずからの死刑執行人たちを嘲(あざけ)り、ある者は彼我の悲劇的な争いの虚しさを超えて同じ人間としての連帯を呼びかけた。なかにはまた、みずから「撃て」と号令をかける者、あるいは銃殺班に向かって「この胸を撃て」と叫ぶ者、さらには最初の一斉射撃が的をはずすと、すかさず「しっかり撃て」と叫ぶ者もいた。そして多くの者が、大多数の者が、「イタリア万歳」と叫んで死んだ。(「編者ノート」ピエーロ・マルヴェッツィ、ジョヴァンニ・ピレッリ)

【『イタリア抵抗運動の遺書 1943.9.8-1945.4.25』P・マルヴェッツィ、G・ピレッリ編:河島英昭、他訳(冨山房百科文庫、1983年)】

 パルチザンの一人ひとりがチェ・ゲバラであった。

チェ・ゲバラの最後
真のゲリラは死ぬまで革命家であり続けた/『チェ・ゲバラ伝』三好徹

 はっきりと書いておこう。人間の記憶は書き換えられる。よき思い出は美化され、苦い経験は黒く染められる。連合国が打ち負かした瞬間に枢軸国の価値観は引っくり返った。マイナスとプラスが反転したのだ。その時の昂揚を思えば、この記述に美化がないとは言い切れないだろう。

個人の記憶は無意識のうちに書き換えられていく、「社会への同調」で生まれる「ニセの記憶」

 またこうも考えられる。これが事実であったとすれば、恐るべき執念でパルチザンの最期を検証したこととなり、それは生き残った者たちが再び死者を「裁いた」ことを意味する。

 悔恨は憎悪に結びつきやすい。イタリアといえばカトリックの総本山である。聖性を強調した文章を読んでいると、殉教を煽られているような感覚に陥る。

 だが、いずれにせよ、彼らの勇気を疑う者は一人もあるまい。理想を胸に抱き、その胸を銃弾の前にさらし、彼らの血潮はイタリアの大地に染み渡った。

 彼らが叫んだ「イタリア」とは何か? それは特定のイデオロギーや特定の国家体制ではなかったはずだ。ホール・ケインが描いた『永遠の都』を彼らは夢見たに違いない。

「もし、“人間共和”がいつ実を結ぶのかと聞かれたら、われわれはこう答えればよいのです。たとえば、まずあそこにひとつ、ここにひとつ、あるいはあそこの国、ここの国といったように、世界が“人間共和”をつくりあげるような下地が出てくれば、従来の世界を支配してきた権力は、こんどは“人間共和”によって支配されるようになるだろう、と」

【『永遠の都』ホール・ケイン:新庄哲夫訳(潮文学ライブラリー、2000年/白木茂訳、潮出版社、1968年)原書は1901年作】

 パルチザンの下地は教会権力と闘ってきたイタリアの伝統にあったのだろう。単純な共和制ということではない。神の僕(しもべ)という位置からの脱却であり、世界観の中心軸を神から人間の側に取り戻すことを意味したのだ。

 我々はその意味での「日本」を持ち合わせているだろうか?

イタリア抵抗運動の遺書―1943・9・8‐1945・4・25 冨山房百科文庫 (36)永遠の都〈上〉 (潮文学ライブラリー)永遠の都〈中〉 (潮文学ライブラリー)永遠の都〈下〉 (潮文学ライブラリー)

2012-02-23

“民主主義者”ワタラと武器商人の関係 コートジボワール


 2012年1月10日。「ヌーヴォークリエ」紙編集長テオフィル・クアムオ。

メディアが政治を支配する





 フランスのテレビ・ラジオ司会者ミシェル・ドリュケール。

イラン大統領ベネズエラ訪問 チャベス演説







 2012年1月9日。

システムは腐る

個々の人が腐っていなくても、システムとしては腐りうるのが、制度や組織、集団の怖いところ。「悪意」がなくても、「ひどいこと」は起こりうる。だからまともな組織や制度は、常にどこかにカウンター的な存在を必要とする。
Nov 05 11 via web Favorite Retweet Reply

2012-02-22

パスカル・ボイヤー


 1冊読了。

 11冊目『神はなぜいるのか?』パスカル・ボイヤー:鈴木光太郎、中村潔訳(NTT出版、2008年)/ハアー、読み終えてしまった。428ページ上下二段。今年の1位はこれで決まりだ。パスカル・ボイヤーは恐るべき寝技師である。認知科学と進化心理学を武器に、読者の関節をギシギシ締め上げる。私は全く身動きができなくなった。抑えつけられたというよりは金縛りに近かったのかもしれない。宗教の始原にアプローチした経典本だ。ステップとしては「宗教とは何か?」で紹介した通り、リチャード・ドーキンスから順番で読むのが望ましい。宗教という宗教が文学の立場に甘んじ、科学的検証を怠ってきたことがよくわかる。宗教はクラシック音楽みたいなものだ。進化することがない。本書を読むとニーチェの「神は死んだ」という言葉も捨て台詞に思えてくる。パスカル・ボイヤーは神が生まれた地点を明らかにしつつある。私が思いついた「宗教OS論」が心的システムとして完璧なまでに考え尽くされている。それにしてもNTT出版の「叢書コムニス」は紙質が悪く、せっかくの企画が台無しとなっている。ボリュームからすれば4000円は決して高いとは思わないが、この紙はねーだろーよ。

【追記】原書は2001年に刊行されており、リチャード・ドーキンス(2006年)やダニエル・C・デネット(2006年)に先んじている。嚆矢(こうし)といってよい。

ケン・ローチ 私たち一人ひとりがパレスチナ人に連帯しよう





◎ケン・ローチ

フランスの反イスラム政策 イスラム教番組製作者の証言

フランス2の番組「イスラム教を知る」の製作者アブデラ・ワービー。



「人類よ立ち上がれ!」





◎『究極の大陰謀 9.11テロの最終審判』デーヴィッド・アイク
◎デイビッド・アイク

2012-02-21

角田忠信

1冊挫折。

日本人の脳 脳の働きと東西の文化』角田忠信〈つのだ・ただのぶ〉(大修館書店、1978年)/如何せん古い。日本人は虫の泣き声を左脳で処理しているそうだ。だから何なんだ? ってな話だわな。日本人は珍しい、特殊だ、だから凄いという論法になりかねない。私の周囲を見渡しただけでも、種々雑多な日本人がいるよ。こんな批判を見つけた→http://blog.ohtan.net/archives/51282596.html

資本主義経済は弱者の犠牲を求める







 涙を流すことしかできないとすれば、私の人生に大した意味はない。

民主主義の正体


暴言吐く被災者は警察へ通報 東松島市長

 宮城県東松島市の阿部秀保市長は20日、被災者から理不尽とも言える苦情が相次いでいるとした上で、震災1年を機に威圧的な言動については警察に通報するとの方針を明らかにした。

 同市によると、一部の被災者が電話で長時間不満を述べ、酒に酔って市役所を訪れて「はたく(たたく)ぞ」などと職員に暴言を吐く人もいるという。

 東松島市は警察に対応を相談する一方、威圧的な言動や不当要求行為があれば警察に通報することを決めた。会話の内容を録音することも検討している。

 阿部市長は「職員は長時間の電話にも我慢して対応していた」と説明している。

共同通信 2012-02-20

 これが民主主義の正体ではないのか? アメリカは中東やアフリカ諸国に民主化を押し付けている。ある人曰く、「民主主義は植民地主義に代わる新しい侵略哲学だ」と。つまり正義が民の名を借りた暴徒を生むわけだ。ソシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)は怒りと憎悪を社会へ広げる装置と化す。

「『死刑』を語る」森達也×宮崎哲弥




死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う

モリのアサガオ―新人刑務官と或る死刑囚の物語 (1) (ACTION COMICS) モリのアサガオ―新人刑務官と或る死刑囚の物語 (2) (ACTION COMICS) モリのアサガオ―新人刑務官と或る死刑囚の物語 (3) (ACTION COMICS) モリのアサガオ―新人刑務官と或る死刑囚の物語 (4) (ACTION COMICS)

モリのアサガオ―新人刑務官と或る死刑囚の物語 (5) (ACTION COMICS) モリのアサガオ―新人刑務官と或る死刑囚の物語 (6) (ACTION COMICS) モリのアサガオ 7―新人刑務官と或る死刑囚の物語 (アクションコミックス) モリのアサガオ番外編 (アクションコミックス)


 森達也という人物は論者である。彼は論じることが目的となっているような節(ふし)がある。タイプは異なるが太田光と似ていて、論じるために論じている。言葉という言葉に響きがない。リベラルの最悪の形と思えてならない。

◎死刑廃止についてのリレーエントリーと、フランスのロベール・バダンテール法務大臣による死刑廃止時の演説
◎バダンテールの死刑廃止演説
◎ロベール・バダンテール 死刑廃止演説 (1) (1981年9月17日、フランス国民議会)
◎ロベール・バダンテール 死刑廃止演説 (2) (1981年9月17日、フランス国民議会)
◎森達也インタビュー

本村洋さん会見ノーカット 最高裁判決で 2012年2月20日



























 一人の男の怒りが国をも動かした。その事実に胸を打たれる。本村洋は勝ったのだ。

◎その男、本村洋/『裁判官が見た光市母子殺害事件 天網恢恢 疎にして逃さず』井上薫
◎世に倦む日日


罪と罰

2012-02-20

円と線


Unconnected


 濃淡のある円と線にもかかわらず、我々は女性の顔と認識する。視覚情報を通して脳が行っていることはパターンに対する意味の付与であることがわかる。道路に転がっているボロ雑巾を猫の死体と見間違えるのも同じだ。脳は意味に取りつかれている。我々は因果という物語性、社会という関係性に支配されている。人間とは文脈の中で生きる存在なのだろう。

◎騙される快感/『錯視芸術の巨匠たち 世界のだまし絵作家20人の傑作集』アル・セッケル

ウガンダの子供たちを襲う謎の奇病「うなずき病」、原因も治療法も不明


 アフリカ中部ウガンダの小村トゥマング(Tumangu)でパトリックくん(14)は、真昼のうだるような暑さのなか裸の体を丸めて横たわり、自宅前で遊ぶ弟や妹たちを見上げようとして、できずにいた。1分ほどかけてようやく顔を上げた、そのとたん、パトリックくんの頭は前方へと崩れ落ちるように倒れ、やせ細った体はひきつけを起こした。

 ウガンダ北部で今、3000人以上の子供たちが謎の奇病、通称「うなずき病」に苦しんでいる。トゥマングでは、ほぼ全家庭にうなずき病の患者がいる。

衰弱していく子供たち、なすすべなく諦める人々

 地元の人々によればこの数年で数百人の子供がうなずき病で死んだ。だが、病気の原因も、治療法もまだ見つかっていない。分かっているのは、発症するのは子供のみで、繰り返す発作、発育不良、手足の衰え、精神障害、飢えなどによってひどく衰弱していく病気だということだけだ。

 パトリックくんも2年前に兄弟の1人をうなずき病で失っている。母親のルジーナさんは、もう1人のわが子の命が失われていくのを見守ることしかできない。「看病のため、必ず誰かが家にいなければなりません。あの子は病気のせいで、1人では食べることも水を飲むこともできないのです。恐ろしい病気です」

 首都カンパラ(Kampala)から450キロ北にあるトゥマングで医療活動に取り組むボランティアのジョー・オットー(Joe Otto)さん(54)によると、人口約780人のこの村で現在、うなずき病を患っているのは97人。数キロ離れた保健センターに医薬品が届いたと聞けば、オットーさんは自転車をこいで受け取りにいく。だが、そうして入手した薬も効果は一時的でしかない。「カルバマゼピンなどの抗てんかん薬を処方していますが、この病気はてんかんではありません」

 村人たちはもはや恐れを通り越し、諦めの境地に至っているという。「今では、亡くなった人は治ったのと同じだ、ついに病の苦痛から解放され安らかな眠りについたのだから、と話しています」とオットーさんは教えてくれた。

全力の原因究明、いまだ効果なく

 伝染病学者や環境問題の専門家、神経学者、毒物学者、精神科医――幅広い分野の専門家たちが2010年以降、うなずき病の治療法を求めてさまざまな試験に取り組んでいる。原因についても、河川盲目症を引き起こす寄生虫や栄養不良から、数十年に及んだ内戦の後遺症まで、関連し得るあらゆる可能性が調査されている。

 しかし「残念ながら、これという寄与因子もリスク要因も、まだ特定できていません」と、カンパラで疾病予防対策に取り組む世界保健機関(WHO)のMiriam Nanyunjaさんは話す。研究を進めれば進めるほど、答えに近づくどころか、むしろ謎が深まるばかりだという。

 隣接する南スーダンやタンザニアでも類似の病気が流行しているが、ウガンダのうなずき病と関連があるのかは分からない。うなずき病がまだ拡大していくのか、それとも既にピークを迎えたのか、また、なぜ特定のコミュニティー内だけで発生するのか、いずれも定かではない。

 地元議員らの要請を受けて、ウガンダ政府も動き出した。保健省は前月、うなずき病の原因特定と拡大阻止に向けた緊急時対応計画を策定した。

 だが、原因や治療法が見つかるまでは、医師にできることは症状を緩和することだけだ。そしてパトリックくんには、どのような対策も手遅れかもしれない。それでも母親のルジーナさんは言う。「お医者さんたちが、治療法を見つけてくれると願っています。病気にかかってしまった子供たちの多くに、もう未来はありません。それでも、より幼い子供たちを救ってほしいです」

AFP 2012-02-20