2012-05-05

映画『ZEITGEIST : ADDENDUM 』(ツァイトガイスト・アデンダム)2008年


映画『ZEITGEIST(ツァイトガイスト) 時代精神』2007年


 冒頭でクリシュナムルティが登場する。

映画『ZEITGEIST : MOVING FORWARD』2011年

The Smiths "Meat is Murder" 1985



Meat Is Murder

 我々はこのような現実に目をつぶりながら、動物の肉に舌鼓を打つ。

マクドナルドを食べてはいけない理由 最新版


 ファストフードチェーン大手の米マクドナルドとディスカウントストアの大手の米ターゲットは、取引先の鶏卵業者によるニワトリ虐待が発覚したとして、この業者との取引を中­止したことを明らかにした。

 この業者をめぐっては動物愛護団体が、コロラド州など米国内3カ所の農場で5月から8月にかけて撮影されたとする映像を公開していた。映像にはニワトリが狭いケージの中に­押し込められ、従業員がふざけてくちばしに火を付けたり、ヒヨコの首を折ったりする様子が映っている。

 マクドナルドはこの映像について「見るに耐えず、容認できない。マクドナルドは仕入先に対して動物愛護の姿勢を求めていることをお客様に保証したい」と述べ、業者との取引­中止を発表。ターゲットも同様の理由で取引を中止したことを明らかにした。

 取引を中止されたのは、米国で第5位の鶏卵生産流通業者スパーボー・ファームズ。ニワトリ虐待について告発されたことはABCテレビのニュースで初めて知り、社内調査に乗­り出したと話している。問題の映像は身元を偽って同社に採用された動物愛護活動家が撮影したものだという。

 同社はこれまでの調査の結果、家禽の取り扱いを定めた従業員規則違反があったと判断、従業員4人を解雇し、管理職を処分したことを明らかにした。アイオワ州立大学の専門家­による第三者調査も実施中だとしている。

 同社に対しては米食品医薬品局(FDA)も施設5カ所に立ち入り検査を実施し、サルモネラ菌感染防止対策について定めた書面がないなどの問題を指摘していた。同社はFDAの指摘についても改善措置を取ると表明している。

末木文美士、水野弘元

2冊挫折。

思想としての仏教入門』末木文美士〈すえき・ふみひこ〉(トランスビュー、2006年)/試みはよいと思うが、古い枠組みから脱却できていない。がっかりするほどダメだ。こんなレベルでパスカル・ボイヤーなどに太刀打ちできるわけがない。

原始仏教入門 釈尊の生涯と思想から』水野弘元〈みずの・こうげん〉(佼成出版社、2009年/同社、1993年『釈尊の思想と生涯』新装改題版)/良書。特筆すべきは著者によるパーリ語仏典訳が多数挿入されていること。ただし、ティク・ナット・ハンの『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』の後では読む必要がない。

湯殿川を眺める


 天気がよかったので湯殿川(ゆどのがわ)を見にゆく。川岸のコンクリートで結跏趺坐(けっかふざ)を組み、全身を耳と化す。

 右手の下流からせせらぎが聴こえる。金色の風が静かにたなびく。生え放題の雑草を風が撫でているが音はしない。ただ気配だけが動いている。耳を澄ますと左側の上流からもせせらぎの低い音がする。遠くで雀が鳴き、どこかのベランダで何かがカタンと音を立てた。二つ向こうにある橋から自動車の騒音がかすかに流れてくる。

 あらん限りの注意を払う。しかしパレスチナ人の叫び声は聞こえない。「なぜだろう?」といつも思う。

 昨日の土砂降りのせいか、豊かな水量が澱(よど)みなく流れる。水はまさに来たり、間髪を入れずに去りゆく。

 仏の別名を如来(にょらい/タターガタ)という。真如(=真理)より来たりし者との意である。これに対して如去(にょこ)あるいは好去(こうこ)という呼称(スガタ)もある。十号の善逝(ぜんぜい)がこの意であろう。「善く逝く」とは輪廻(りんね)からの解脱(げだつ)を表す。

 因(ちな)みにティク・ナット・ハンが仏典に基づいて描いた傑作『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』では「タターガタ」を両方の意味で使っている。

「来る」という語は何となく来迎(らいごう)を思わせる。Wikipediaに「如去は向上自利であり、如来は向下利他である」とあるが、如来にはやはり大乗的な臭みがある。

 川を真横から見る。我々は未来を知る術(すべ)をもたない。川上に向かって立てば水は如来と感じるかもしれないが、実際に確認できるのは流れた後だけである。つまり水は流れ去り、時もまた流れ去るものとして知覚される。諸行無常という変化相を思えば、やはり「滅び去る」という実感が湧く。

 涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)とは煩悩(ぼんのう)を吹き消した状態である。すなわち煩悩から離れ去るのだ。私という自我から離れる行為でもある。

 ふと疑問が起こった。川はなぜ一定の水量で流れているのだろうか? 雨で多少の変化はあっても、目の前の流れは常に一定だ。「不思議だ、不思議だ」と目を丸くしながら私は川に見入った。

 少したってから気づいた。水量は一定ではないことに。一定に見えるのは1日を24時間と感じる私の感覚で捉えているからだ。例えば1000年という単位で見れば、川は次々と変化しているはずだ。

 私という存在も一定に見えて一定ではないはずだ。我々は一生という単位時間に支配されている。そして可能な限り生にしがみつき、朝露の如き存在となることを極端に恐れる。挙げ句の果てには墓石に名を刻んで、自我を末永くこの世に留(とど)め置こうとする。

 去ることは死ぬことだ。どう抗(あらが)ったところで死ぬことだけは避けようがない。生は流れ、過去も流れている。過去を死なせ、自我を滅した時、諸法無我が現れる。

川はどこにあるのか?
阿呆陀羅經さん 死後に関する無記のタターガタは衆生 2004,6,13,

小説ブッダ―いにしえの道、白い雲

2012-05-04

2012-05-02

自然の音色












 寝たきりの病人や意識障害の人に聴かせてあげるとよい。

◎海の音、火の音、森の音を楽しむ

海の音、火の音、森の音を楽しむ






 都市部の喧騒は人工的で神経がささくれ立つ。大自然の心地よい音に耳を預けよ。不思議な落ち着きに包まれる。

自然の音色

杉良太郎の思い


◎小林幸子の騒動呼び掛けにマツコが一喝!杉良太郎「原発の中に入りたかった」

2012-05-01

映画『ZEITGEIST(ツァイトガイスト) 時代精神』2007年


 ・映画『ZEITGEIST(ツァイトガイスト) 時代精神』2007年

映画『ZEITGEIST : ADDENDUM 』(ツァイトガイスト・アデンダム)2008年
映画『ZEITGEIST : MOVING FORWARD』2011年


 キリスト教の起源、9.11テロの真実、金融システムの欺瞞を探ったドキュメンタリー作品。オープニンぐのスピーチはジョーダン・マクスウェル

サンタ=サタン そしてどのように全てが異教徒化されたのか

世界の構造は一人の男によって変わった/『「私たちの世界」がキリスト教になったとき コンスタンティヌスという男』ポール・ヴェーヌ
イエス・キリストの言葉は存在しない
聖書はオリジナルも複製も存在しない
『仏教とキリスト教 イエスは釈迦である』堀堅士

為末大

1冊読了。

 26冊目『インベストメントハードラー』為末大〈ためすえ・だい〉(講談社、2006年)/先週読了。投資入門の好著。為末はtwitterでも秀逸なメッセージを発信している。おとなしい語り口からは窺い知ることのできない炎が燃えている。修羅といっていいだろう。マネーと人生を考える上で格好のヒントを与えてくれる。考えてみればハードルそのものがリスクである。リスクとは避けるものではなくコントロールすべきものだ。為末は陸上以外の世界でも頭角を現すことだろう。

英雄的人物の共通点/『生き残る判断 生き残れない行動 大災害・テロの生存者たちの証言で判明』アマンダ・リプリー


 ・災害に直面すると人々の動きは緩慢になる
 ・避難を拒む人々
 ・9.11テロ以降、アメリカ人は飛行機事故を恐れて自動車事故で死んだ
 ・英雄的人物の共通点

『集合知の力、衆愚の罠 人と組織にとって最もすばらしいことは何か』 アラン・ブリスキン、シェリル・エリクソン、ジョン・オット、トム・キャラナン
『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム

 人は極限状況に置かれると生理的な現象が変化する。

「時間と空間が完全に支離滅裂になった」と、彼は後に書いている。「わたしのまわりの動きが、最初はスピードを上げているように思えたのに、今度はスローモーションになった。現場はグロテスクな動きをする、混乱した悪夢さながらの幻影のようだった。目にするものはすべて歪んでいるように思えた。どの人も、どの物も、違って見えた」(ディエゴ・アセンシオ、米国大使)

【『生き残る判断 生き残れない行動 大災害・テロの生存者たちの証言で判明』アマンダ・リプリー:岡真知子訳(光文社、2009年)以下同】

 脳神経が超並列で機能することで認知機能がフル回転するのだろう。生命が危険に及んだ時、過去の映像が走馬灯のように駆け巡ったというエピソードは多い。ただし、この後で紹介されているが実験では確認できなかったようだ。

 生死にかかわる状況においては、人は何らかの能力を得る代わりにほかの能力を失う。アセンシオは突然、非常にはっきりと目が見えるようになったことに気づいた(実際、テロリストたちに包囲されたあとの数ヵ月間は、視力がそれまでよりよくなったままで、一時的にメガネの度数を下げてもらうことになった)。一方、多くの調査によると、大多数は視野狭窄(きょうさく)になっている。視野が70パーセントほど狭くなるので、場合によっては、鍵穴から覗いているように思えることもあり、周囲で起こっていることを見失ってしまう。たいていの人はまた一種の聴覚狭窄に陥る。不思議なことにある音が消え、ほかの音が実際よりも大きくなるのだ。
 ストレス・ホルモンは、幻覚誘発薬に似ている。

 これは何に対してストレス(≒緊張)を感じるかで変わってくる次元の話であろう。ストレス耐性の低い人は「逃避」のメカニズムが働く。そうすることが本人にとっては進化的に優位であるからだ。グッピーの実験でも明らかな通り、リスクの高い環境で勇気を示せば死ぬ羽目となる。

「準備をすればするほど、制御できるという気持ちが強くなり、恐怖を覚えることが少なくなる」(『破壊的な力の衝突』アートウォール、ローレン・W・クリステンセン)

 確かに「慣れて」いれば対処の仕様がある。恐怖が判断力を奪う。それゆえいかなる状況であろうとも判断できる余地を残しておくことが次の行動につながる。

 彼(ブルース・シッドル、セントルイスの警察学校指導教官)は、心拍数が毎分115回から145回のあいだに、人は最高の動きをすることを発見した(休んでいるときの心拍数はふつう約75回である)。【それ以上になると機能は低下する】

 人間は適度なストレスがある時に最大の能力を発揮する。スポーツをしている人なら実感できよう。才能は練習よりも試合で開花することが多い。

 もっとも意外な戦術の一つは呼吸である。(中略)どうすれば恐怖に打ち勝つことができるのかを戦闘トレーナーに尋ねると、繰り返し彼らが語ってくれたのが呼吸法だった。(中略)警察官に教える一つの型は次のようになっている。四つ数える間に息を吸い込み、四つ数える間息を止め、四つ数える間にそれを吐き出し、四つ数える間息を止める。また最初から始める。それだけだ。

 人体の内部は自律神経によって制御されているが、自律神経系の中で唯一、意識的にコントロールできるのが呼吸である。

歩く瞑想/『君あり、故に我あり 依存の宣言』サティシュ・クマール

 緊張すると呼吸は浅くなり、スピードを増す。その動作がフィードバックされて脳を恐怖で支配する。ヘビに睨(にら)まれたカエルも同然だ。

 黙想をしている人たちは、黙想をしているときに使われる前頭葉前部の皮質の一部で、脳組織が5パーセント分厚くなっていたのである。そこは、そのどれもがストレスの制御を助ける、感情の統制や注意や作動記憶をつかさどる部位である。

 なぜ瞑想ではなく黙想と翻訳したのかは不明だ。原語は「meditation」ではなかったのだろうか? いずれにせよ、瞑想が脳を鍛えているという指摘が興味深い。欲望から離れ、本能から離れる行為が全く新しい刺激を生んでいるのだろう。脳のインナーマッスルみたいなものか。

 ここから本書の白眉となる。大きな事故や災害で英雄的な行動をした人々の共通点を探る。

 オリナー(社会学者サミュエル・オリナーと妻パール・オリナー。400人以上の英雄にインタビュー調査)が発見したことは、いわく言いがたいものだった。「なぜ人々が英雄的行為をするのかについて説明することはできません。遺伝的なものでも文化的なものでも絶対にないのです」。だがまず、何が問題に【ならなかった】かについて考えてみよう。信仰は違いをもたらしていないように見えた。

 まずこのような英雄・勇者を私は「人格者」と定義付けておきたい。人格とは「人間の格」を意味する。また、「格」には段階の他に「法則」「流儀」の意味もある。人格は言動と行動によって発揮される。口先だけの人格者は存在しない。

 仏教における「菩薩」、キリスト教における「善きサマリア人」が人格者を象徴している。彼らは困っている人を見て放置することができない。反射的に寄り添い、自動的に手を差し伸べる。

 では話を戻そう。英雄的人物=人格者の要素は遺伝的なものでも、文化的なものでも、宗教的なものでもなかった。何が凄いかって、ここに挙げられたものは全て「差別の要素」として機能しているものだ。つまり人格が差別的要素と無縁であるならば、人格こそは人間に共通する要素と言い切ってよい。そして差別主義者どもは当然ここから抜け落ちるわけだ。

「善なるものは私どもの専売特許です」――宗教者は皆、そういう顔つきをしている。奴等は自分たちの善を強要し、押し売りする。自分たちだけが真人間で、他の連中は人間もどきだと言わんばかりだ。そんな彼らにとっては深刻な実験結果だ。信仰と人格を関連付ける確証がないのだから。

 政治も行動を予測する要素にはならない、ということがオリナーの研究でわかった。救助者も被救助者もそれほど政治に関心を持っているわけではなかった。しかしながら、救助者たちは概して民主的で多元的なイデオロギーを支持する傾向があった。

 次に熱烈な政党支持者も脱落する(笑)。「民主的で多元的なイデオロギーを支持する傾向」とは「他人の意見を傾聴する者」と考えてよかろう。特定のドグマに染まった人物は「耳」を持たない。彼らは「党の決定に従う」存在である。スターリンの支配下にあってソ連では“「何が正しい文化や思想であるかは共産党が決める」という体制”になっていた。

中国-大躍進政策の失敗と文化大革命/『そうだったのか! 現代史』池上彰

 そして英雄的人物の共通点が浮かび上がる。

 しかし両者の間には重要な違いがあった。救助者のほうが両親との関係がより健全で密接である傾向があり、そしてまたさまざまな宗教や階級の友人を持っている傾向も強かった。救助者のもっとも重要な特質は共感であるように思われた。どこから共感が生じるのかを言うのはむずかしいが、救助者は両親から平等主義や正義を学んだとオリナーは考えている。

他者の苦痛に対するラットの情動的反応/『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール
チンパンジーの利益分配/『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール

 結局、人格を陶冶する最大の要因は親子関係にあったのだ。驚天動地の指摘である。意外な気もするが、よく考えると腑に落ちる。

 認知機能はバイアス(歪み)を回避することができないが、人格者には「文化」や「宗教」に基づく差別的なバイアスが少ないのだろう。そもそも我々は最初の価値観を親から学んでいるのだ。その価値観を根拠にしてあらゆる事柄を判断するのだから、親子関係から築いた価値観は人生のバックボーン(背骨)と化す。より具体的には親というよりも、「よき大人」というモデルが重要なのだろう。更にこのデータは教育の限界をも示している。

 英雄的行為をとる人々は、日常生活においても「助ける人」であることが非常に多い。

 自分の周囲を見渡せば一目瞭然だ。英雄的素養のある人物は直ぐわかる。

 一方、傍観者は、制御できない力にもてあそばれているように感じがちである。

 主体性の喪失が人生を他罰的な色彩に染めてゆく。これまた親子関係が基調になっているのだろう。人は自分が大切にされることで、他人を大切にする行為を学んでゆくのだ。

 英雄たちは幾度となく自分がとった行動を「もしそうしなかったら、自分自身に我慢できなかったでしょう」という言い方で説明している。

 英雄は「内なる良心の声」に従って行動する。神仏のお告げではない。他人の視線も関係ない。ただ、「自分がどうあるべきか」という一点で瞬時に判断を下す。「それでいいのか?」という問いかけが鞭のように振るわれ、英雄はサラブレッドのように走り出すのだ。

 ここで終わっていれば、めでたしめでたしなのだが、著者はヘビに足を描くような真似をしている。

「利他主義も一皮むけば、快楽主義者なのだ」とギャラップは言う。

 別に異論はない。我々利他主義者は利他的行為に快感を覚えているのだから。たとえ自分が犠牲になったとしても、人の役に立てれば本望だ。

 九仞(きゅうじん)の功を一簣(いっき)に虧(か)くとはこのことだ。せっかくの著作を台無しにしたところに、アマンダ・リプリーのパーソナリティ障害傾向が見て取れる。彼女は何の悪意も抱いていないことだろう。そこに問題がある。

 同様の不満を覚えた人は、『集合知の力、衆愚の罠 人と組織にとって最もすばらしいことは何か』アラン・ブリスキン、シェリル・エリクソン、ジョン・オット、トム・キャラナン:上原裕美子訳(英治出版、2010年)を参照せよ。

生き残る判断 生き残れない行動集合知の力、衆愚の罠――人と組織にとって最もすばらしいことは何か

「リーダーは作られるものではなく生まれつくもの」、トゲウオ研究
脳神経科学本の傑作/『確信する脳 「知っている」とはどういうことか』ロバート・A・バートン
REAL LIFE HEROES

2012-04-30

2012-04-29

クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ、ジョン・ガイガー、J・クリシュナムルティ


 2冊挫折、1冊読了。

錯覚の科学』クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ:木村博江訳(文藝春秋、2011年)/二人の著者は「見えないゴリラ」の実験を考案した心理学者だ。認知科学入門といっていいだろう。値段も良心的だ。文章の構成が悪く、もったいぶった論調となっているのが難点。成毛眞〈なるけ・まこと〉の解説も余計だ。各所に後味の悪さを覚えた。

奇跡の生還へ導く人 極限状況の「サードマン現象」』ジョン・ガイガー:伊豆原弓〈いずはら・ゆみ〉訳(新潮社、2010年)/絶体絶命の極限状況で正体不明の味方が現れ、困難を打開する力を与えてくれる現象があるという。これが「サードマン現象」だ。あまり興味が湧かなかった。いてもいいし、いなくてもよい。ただ、「いる」と信じた場合、サードマンを求める気持ちが生じるところに問題があると思う。幼い頃から守護天使を刷り込まれた影響もあるに違いない。とてもじゃないがクリシュナムルティと併読でき得ず。

 25冊目『真理の種子 クリシュナムルティ対話集』J・クリシュナムルティ:五十嵐美克〈いがらし・よしかつ〉、武田威一郎〈たけだ・いいちろう〉、大野純一訳(めるくまーる、1984年)/原題は「Truth and Actuality」。デヴィッド・ボームとの対談、講話、質疑応答の三部構成。『自我の終焉』か『恐怖なしに生きる』あたりと内容が重複しているような気がした。調べてはいないが。読みやすく、しかもわかりやすい内容であった。大野純一による40ページ近い「あとがき」は読む必要なし。クリシュナムルティ本はこれで51冊読了。

フランスのサルコジ大統領がリビアのカダフィ大統領から政治資金5千万ユーロ〔約53億円〕を受け取っていた



◎サルコジ