2015-01-02

鏡餅は正月の花/『季語百話 花をひろう』高橋睦郎


 花に飾りの意味があるとすれば、正月の花の代表は鏡餅ではあるまいか。玄関の間、または屋内の最も大切な場所に、裏白(うらじろ)、楪(ゆずりは)を敷き、葉付蜜柑(はつきみかん)を戴(いただ)いて鎮座まします。一説に鏡餅のモチは望月のモチともいう。そして色は雪白(ゆきしろ)。ということは、一つに月・雪・花を兼ねていることになる。これを花の中の花といわず、何といおう。

【『季語百話 花をひろう』高橋睦郎〈たかはし・むつお〉(中公新書、2011年)以下同】

 上古は餅鏡(もちいかがみ)と呼んだらしい。鏡は銅製神鏡を擬したものと高橋は推測する。


 世界は瞳に映っている。そこに欠けた己(おのれ)の姿を浮かべるのが鏡である。ひょっとすると神仏に供(そな)える水にも鏡の役割があったのかもしれない。

 鏡は太陽を映すことから神体とされた。いにしえの人々がそこに神の視線を感じたことは決しておかしなことではない。視覚世界を構成するのは可視光線の反射であるからだ。光があるから世界は「見えるもの」として現前する。

 鏡餅に神を映し、自分を映し、改まった気持ちで元旦を迎える。改(あらた)が新(あらた)に通じる。





計篇/『新訂 孫子』金谷治訳注

 そんな鏡餅を「花」と見立てたところに興趣が香る。穏やかな気候に恵まれた日本は自然を生活に取り込み、共生してきた。その日本人が惜しげもなく自然を破壊していることに著者は警鐘を鳴らす。

 季語は私たちが日本人であること、いや人間であること、生物の一員であることの、最後の砦(とりで)であるかもしれない。

 都会だと四季の変化も乏しい。花は売り物だし、落ち葉はゴミとして扱われる。スーパーへ行けば季節外れの野菜や果物も売られている。そして風が匂わない。自然から学んできた智慧が失われれば、不自然な生き方しかできなくなる。

 高橋に倣(なら)えば季節の風習の最後の砦は正月とお盆だろう。クリマスなんぞは一過性のイベントにすぎない。一月睦月(むつき)の由来は親族一同が集って宴をする「睦(むつ)び月」とされる。仲睦(むつ)まじく楽しみ合う場所から社会は成り立つのだろう。

 そういう意味から申せばインターネットは修羅場に近い。仲のよい人々同士が集う場に棲み分けするのが望ましい。というわけで、本年も宜しくお願い申し上げます。

季語百話―花をひろう (中公新書)

2014-12-31

反日教育のきっかけとなった天安門事件/『日本を貶めた戦後重大事件の裏側』菅沼光弘


『日本はテロと戦えるか』アルベルト・フジモリ、菅沼光弘:2003年
『この国を支配/管理する者たち 諜報から見た闇の権力』中丸薫、菅沼光弘:2006年
『菅沼レポート・増補版 守るべき日本の国益』菅沼光弘:2009年
『この国のために今二人が絶対伝えたい本当のこと 闇の世界権力との最終バトル【北朝鮮編】』中丸薫、菅沼光弘:2010年
『日本最後のスパイからの遺言』菅沼光弘、須田慎一郎:2010年
『この国の権力中枢を握る者は誰か』菅沼光弘:2011年
『この国の不都合な真実 日本はなぜここまで劣化したのか?』菅沼光弘:2012年
『日本人が知らないではすまない 金王朝の機密情報』菅沼光弘:2012年
『国家非常事態緊急会議』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄:2012年
『この国はいつから米中の奴隷国家になったのか』菅沼光弘:2012年
『誰も教えないこの国の歴史の真実』菅沼光弘:2012年
『この世界でいま本当に起きていること』中丸薫、菅沼光弘:2013年
『神国日本VS.ワンワールド支配者』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄

 ・反日教育のきっかけとなった天安門事件
 ・60年安保闘争~樺美智子と右翼とヤクザ

 かつて(1989年)天安門事件というのがありました。そのときに、天安門を占拠した若い学生のなかから「中国共産党打倒」のスローガンが出たのですね。これに、その当時の、鄧小平〈トウ・ショウヘイ〉を中心とする古い指導者たちは物凄くショックを受けたわけですね。そこで、鄧小平たちが考えたのは、「これでは駄目だ。若者に愛国教育ややらんといかん」ということでした。愛国教育とは、「中華人民共和国をつくるについて、中国共産党が日本軍国主義の侵略を排除するためにどれだけ苦労したか」ということを教えるということです。
 つまり彼らの言う愛国教育というのはイコール反日教育です。これを江沢民体制の10年ずっとやってきた。そして、今も続けています。その成果が今日の激しい反日運動の背景にあるわけです。中国共産党がなぜ今も独裁的に中国を支配しているのか、それを正当化する理由が二つあるわけです。一つは要するに、日本軍国主義の中国侵略からこの国を解放して中華人民共和国をつくったのは共産党だということです。もう一つは、中国共産党が存在しなければ、今日の経済発展はあり得ないということです。経済発展をするためには中国共産党独裁が必要である。こういうことでこれまでやって来たわけで、それらの信念が揺らいでくると反日というマグマが噴出する。小泉純一郎首相のときには靖国が大きな問題だったけれども、靖国の問題が収まれば、今度は尖閣の問題ということになってくる。これは尖閣でも靖国でもどちらでもよいのであって、たまたま今は尖閣を問題にしただけなのです。
 したがって、その中国共産党の権威が揺らげば揺らぐほど、国内が荒れれば荒れるほど、必ずまた出てきます。今だって、年間20万件とか30万件の暴動が起きているのです。あるいは環境汚染、汚職、こんなものが絶えることなく続いている。あの国は常に何かがあるわけです。もちろん浮き沈みはあります。今は、中国の形勢が国際的に不利になってきたこともあって、ちょっと収まってきているのです。しかし、中国共産党の政権が存在する限り、こういうことはこれからも何度でもあります。
 もっとも、これが日中戦争にまで発展することは、今のところ考えられません。現状では中国がもし戦争に踏み切れば、共産党政権は崩壊するでしょう。

【『日本を貶めた戦後重大事件の裏側』菅沼光弘(ベストセラーズ、2013年)】

 本年最後の書評も菅沼光弘で締め括る。

 中国における反日教育は「物語の上書き更新」を意味する。つまり鄧小平の読みは当たったわけだ。恐ろしい事実ではあるが、大衆の再教育(≒洗脳)が可能であることを示している。

 一方、我が日本はどうか。戦後になって東京裁判史観を引き摺ったまま何ひとつ変わっていない。アメリカが施したマインドコントロールが半世紀以上にわたって続いている。

 人間は幻想に生きる動物だ。宗教・歴史・文化・芸術など全てが幻想である。その幻想を支えるアルゴリズムが価値観であるわけだが、我々は価値観を選択することができない。まず言語の縛りがある。次に親や教員に教えられることを子供は疑うことが難しい。そもそも比較する材料がない。感情的な反発は覚えても、深い懐疑に至ることはないだろう。

 日本国の再生を思えば、やはり歴史から始めるしかないというのが私の考えだ。欧米キリスト教に対抗し得るのは、天皇陛下を中心とした一千数百年にわたる独自の文明である。中国(シナ)は日本よりも古い歴史を持つが、王朝国家の興亡が連続しているため一つの国家と見なすことはできない。

 イギリス王室はウィリアム1世から始まる。1066年のことである。ヨーロッパで日本に対抗できる歴史を有するのはローマ、ギリシャくらいだろう。

 200数十年の歴史しか持たないアメリカを筆頭に、白人は天皇陛下が目障りでしようがない。聖書に記述がないというのも重要な要素である。菅沼は皇室を貶(おとし)める記事は彼らが書かせていると指摘する。もし本物の右翼がいるなら週刊誌の発行元で街宣活動を行うべきだろう。

 アメリカは歴史の浅い国であるゆえに歴史学が弱い。だからこそ日本から発信することに意味があるのだ。西洋キリスト教に対して宗教的に対抗すれば感情的な反発を避けることが難しい上、戦争になりかねない。歴史も宗教も物語であるのは一緒だが、歴史は史実に基づいているため宗教よりは科学的だ。

「現状では中国がもし戦争に踏み切れば、共産党政権は崩壊する」――実はここにこそ日中戦争の目的があるのではないか? 青写真を描くのはもちろんアメリカだ。日本と中国はキャストにすぎない。

 アメリカのシナリオを想像してみよう。中国が尖閣諸島を武力支配-日本の軍事化および核武装化-在日米軍撤収-国際紛争に日本軍が参加、とこんな感じだろう。アメリカの国防予算削減分を日本にカバーさせようという魂胆だ。

 来年が潮目となる。円安が天井を打った時点から上記シナリオは現実味を帯びることだろう。

 それでは皆さん、よいお年を。一年間ありがとうございました。

日本を貶めた戦後重大事件の裏側

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 今年は菅沼光弘との出会いが衝撃であった。菅沼は正真正銘の国士であると思う。小野田寛郎〈おのだ・ひろお〉と同じ精神の輝きを放っている。こういう人物を知ると何となく佐藤優の正体が透けて見える。本物が偽物を炙(あぶ)り出すのだ。菅沼本はあと2冊を残すのみ。ただ、語り下ろしが多いため著作の完成度はやや低く、既に紹介中ということもありランキングからは除外した。

 再読のため『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリーも除いた。二度目の方が面白いという傑作だ。

 印象に残ったものをアトランダムに紹介しよう。

 まずは山岳ものから。

』沢木耕太郎
垂直の記憶』山野井泰史

 私が山男に憧れるのは彼らを「現代の僧侶」と考えているためである。酸素が薄い酷寒の高所を登攀(とうはん)するストイシズムは大衆消費社会と全くの別世界である。沢木本は山野井夫妻を描いたノンフィクション。著名な作家が一隅を照らす人物に光を当ててくれた。よくぞ! と感嘆せずにはいられない。山野井の童顔は雰囲気がジョージ・マロリーとよく似ている。

 次にマネー本から。

国債は買ってはいけない!』武田邦彦
2015年の食料危機 ヘッジファンドマネージャーが説く次なる大難』齋藤利男

 武田本は粗雑ではあるものの、税と国債の矛盾を指摘したところが卓越している。齋藤本は食料安全保障への警鐘を鳴らした内容で、素人にもわかりやすい。

 続いて漢字本を。

三国志読本』宮城谷昌光
回思九十年』白川静

 白川と宮城谷の対談が重複している。このあたりと以下の小林本は若い人に読んで欲しい。

小林秀雄対話集 直観を磨くもの』小林秀雄
学生との対話』小林秀雄

 私は小林秀雄を感情スピリチュアリズムと考えており嫌いなのだが、この2冊は凄い。特に後者は私も待望していた作品だ。

苦海浄土  池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集 III-04』石牟礼道子

 迷いに迷った挙げ句、「必読書」に入れなかった本である。入れても構わないのだが、ノンフィクションと謳いながら、後年になって創作があったことを石牟礼は述べている。その政治性に嫌悪感を抱いてしまう。最初から「被害者の呪い」を描いた文学作品とすればよかったのだ。当時の公害に違法性がなかった事実を忘れてはなるまい。

「食べない」健康法 』石原結實

 実践中。実用書は読者の行動を変えるかどうかが勝負の分け目。わたしゃ、直ぐ実践したよ。ただし合理性には疑問が残る。

 続いて小室直樹による近代史の講義。

封印の昭和史 [戦後50年]自虐の終焉』小室直樹、渡部昇一
日本国民に告ぐ 誇りなき国家は、滅亡する』小室直樹

 小室は合理主義者であり、学問における原理主義者であるといってよい。政治性やイデオロギーとは無縁の人物だ。その小室を通して渡部昇一が「日本近代史を正しく伝える」先駆者であることを知った。1990年代、渡部や谷沢永一は右翼の片棒を担いでいると思われていた。私もその一人だ。今になってわかるが、彼ら以外は時流に阿(おもね)る学者でしかなかった。東京裁判史観を粉砕することなくして日本の独立はない。

 以上は甲乙つけがたいがゆえにランキングから外したがどれも面白い。続いてベスト15を。今年も我が選球眼が衰えることはなかった。ヨガナンダとローリング・サンダーは密教研究の重要なテキストであると考える。

 15位『円高円安でわかる世界のお金の大原則』岩本沙弓
 14位『資本主義の終焉と歴史の危機』水野和夫
 13位『標的(ターゲット)は11人 モサド暗殺チームの記録』ジョージ・ジョナス
 12位『ブッダの教え 一日一話』アルボムッレ・スマナサーラ
 11位『アルゴリズムが世界を支配する』クリストファー・スタイナー
 10位『サバイバル宗教論』佐藤優
 9位『増補 日本美術を見る眼 東と西の出会い』高階秀爾
 8位『アメリカの国家犯罪全書』ウィリアム・ブルム
 7位『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』ナオミ・クライン
 6位『悩む力 べてるの家の人びと』斉藤道雄&『治りませんように べてるの家のいま』斉藤道雄
 5位『あるヨギの自叙伝』パラマハンサ・ヨガナンダ
 4位『ローリング・サンダー メディスン・パワーの探究』ダグ・ボイド
 3位『生きる技法』安冨歩
 2位『驕れる白人と闘うための日本近代史』松原久子
 1位『生物にとって時間とは何か』池田清彦

2014-12-30

渡部昇一、谷沢永一、小室直樹、菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄


 2冊読了。

 99冊目『新世紀への英知 われわれは、何を考え何をなすべきか』渡部昇一〈わたなべ・しょういち〉、谷沢永一〈たにざわ・えいいち〉、小室直樹(祥伝社、2001年)/BS放送(BOOK TV)の鼎談を編んだもの。やや散漫なのは致し方あるまい。博覧強記で知られる3人であるゆえ、近代史の細部を語ってあますところがない。私が谷沢の『紙つぶて(全)』を読んだのは30年以上前になる。1990年代から谷沢は右傾化する。当時はそんな風に思っていた。私の世代だと圧倒的に本多勝一を読む者の方が多かった。再び谷沢の著書を手に取るまでに20年を経過している。これ自体が東京裁判史観に毒されていた証拠といえよう。渡部や谷沢は先駆者であった。ここにミスター合理主義の小室が加わっているのだから、単純なイデオロギーに基づく議論でないことは明らかだ。晩年の谷沢はうつ病に苦しんだが、私の知る編集者によく電話をかけていた。ふとそんなことが記憶から蘇る。

 100冊目『なぜ不死鳥のごとく蘇るのか 神国日本VS.ワンワールド支配者 バビロニア式独裁か日本式共生か 攻防正念場!』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄〈あすか・あきお〉(ヒカルランド、2013年)/今まで読んできた菅沼本で最低の内容。しかも前著とかなり内容が被っている。ヒカルランドという出版社の底の浅さが露呈。個人的にはベンジャミン・フルフォードや中丸薫の言説は全く信用していない。彼らが何のために言論活動を行っているのかも理解できない。一種のエンターテイメントなのだろう。よほどの菅沼ファンでない限り、読む必要なし。

ダイマクション・カーとウィリアム・フォーブス=センピル卿


2014-12-29

米中国交回復のためにアメリカは沖縄を返還した/『この世界でいま本当に起きていること』中丸薫、菅沼光弘


『日本はテロと戦えるか』アルベルト・フジモリ、菅沼光弘:2003年
『この国を支配/管理する者たち 諜報から見た闇の権力』中丸薫、菅沼光弘:2006年
『菅沼レポート・増補版 守るべき日本の国益』菅沼光弘:2009年
『この国のために今二人が絶対伝えたい本当のこと 闇の世界権力との最終バトル【北朝鮮編】』中丸薫、菅沼光弘:2010年
『日本最後のスパイからの遺言』菅沼光弘、須田慎一郎:2010年
『この国の権力中枢を握る者は誰か』菅沼光弘:2011年
『この国の不都合な真実 日本はなぜここまで劣化したのか?』菅沼光弘:2012年
『日本人が知らないではすまない 金王朝の機密情報』菅沼光弘:2012年
『国家非常事態緊急会議』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄:2012年
『この国はいつから米中の奴隷国家になったのか』菅沼光弘:2012年
『誰も教えないこの国の歴史の真実』菅沼光弘:2012年

 ・米中国交回復のためにアメリカは沖縄を返還した

『神国日本VS.ワンワールド支配者』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄
『日本を貶めた戦後重大事件の裏側』菅沼光弘:2013年

 ところが、ここには隠されている問題があるのです。尖閣諸島に関しての論争は、実は沖縄全体の問題でもあるのです。キッシンジャー元国務長官は、沖縄が変換になった1972年の前から、中国へ密かに行って、米中関係を構築しようとしていたのです。当時、国際社会で何が大きな問題だったか。アメリカは当時、ベトナム戦争を戦っており、米ソの関係が悪化していたことが問題でした。ソ連と中国の関係も芳しくありませんでした。中ソで国境紛争が起こっていたのです。1969年3月にアムール川の支流、ウスリー川の中洲で、その領有権を巡って大規模な軍事衝突が発生したのです。また同じ年、新疆ウイグル自治区で軍事衝突が起こって、中ソの全面戦争や核戦争にエスカレートしそうだったのです。
 同じ共産党独裁政権で、かつては仲のよかった中ソが対立するようになった。時代を変える事件が起こったわけです。ベトナム戦争も泥沼化。そういう状況のなかで、キッシンジャーは何とかして中国と手を結び、ソ連に対抗しようとしたのです。要するに米ソ代理戦争となっていたベトナム戦争を解決しようとしたというわけです。
 そのときは国家安全保障担当補佐官だったはずですが、当時のキッシンジャーの相手は中国の周恩来です。彼は名うての戦略家です。そして毛沢東がいる。彼らは簡単に交渉をまとめられるような相手ではありません。キッシンジャー氏と、ニクソン大統領も加わって、いろいろな形で交渉します。当時そのときに中国に対して、交渉をまとめるためのお土産、外交カードを持っていくわけですが、それが実は沖縄だったのです。
 沖縄の米軍基地は、かねてから中国に対するアメリカの抑止力でした。地理的にももちろんそうですが、ソ連というよりは中国に対する軍事力なのです。当然ながら、中国にとっては沖縄の米軍基地は大変な脅威です。外交カードは「その脅威を削減します」というものだったのです。その前提として、我々アメリカは日本に沖縄を返しましょう、というお土産だったのです。
 そして、米軍は徐々に撤退していきましょうということを言ったのです。このときに残したのが尖閣の問題でした。

【『この世界でいま本当に起きていること』中丸薫、菅沼光弘(徳間書店、2013年)以下同】

この国を支配/管理する者たち 諜報から見た闇の権力』(中丸薫、菅沼光弘)で菅沼は周恩来のことを「スパイマスター」とも表現している。最高の賛辞といっていいだろう。

 ヘンリー・キッシンジャーは元々ハーバード大学の政治学教授で、ニクソン政権誕生とともに国家安全保障問題担当大統領補佐官として政権中枢に入り、国務長官・国防長官も務めた。ただし学者だからと侮ってはならない。1970年代において中ソにはデタント政策(対話中心で和平を探る)で臨みながらも、チリではCIA主導のクーデターでサルバドール・アジェンダ政権を転覆させてピノチェト政権が誕生した。またカンボジアでは米軍の爆撃によって大量殺戮を行ない、更にバングラデシュでも大量虐殺に手を染めている。いずれもキッシンジャーが関与しているとされる。ま、「20世紀の巨悪」ともいうべき人物だ。

 それ以前、アメリカは中国と秘密会議でどのようなやり取りをしていたのか。日本軍国主義脅威論をネタにしていたのです。かねてから、「日本の軍国主義はけしからん、日米安保条約はけしからん」と周恩来は言っていた。その周恩来が手の平を返すように、日本と国交正常化します。周恩来とキッシンジャーでは器が全然違っていました。周恩来首相の方が二枚も三枚も上手だったのです。本当のところを言えば、キッシンジャーは周恩来にしてやられたということです。アメリカと交渉しながら、実は日本と組むことでアメリカを牽制する構図を固めたのです。アメリカにとっては、日中国交正常化によって、アジアに新しい形の脅威が立ちはだかるということになったわけです。
 ちなみに、キッシンジャーは中国に対して沖縄を外交カードにする際、沖縄を日本に返還すること、基地の規模を縮小していくことのほかに、沖縄の米軍基地は日本が軍国化しないように嵌めた「ビンのふた」でもあるのですよ、などと言っています。実際、アメリカ自身が日本による報復を恐れていますから、本音でもあるわけです。
 そして、紛争の種を残すのです。日本に尖閣を含む沖縄の施政権は返還したけれども、資源があることなどをほのめかして、領有権についてはどうぞ日本と紛争してくださいと言っているようなものなのです。日本はいま、資源の問題だけで中国が領有権の主張を始めたと言っていますが、それは表面的なことで、その裏にはアメリカがアジアに紛争の種を残したという事実があることを認識しておかなければならないのです。もっと言えば、アメリカは自分のために、日本が本来持つ利益を中国に差し出す形で紛争の種を残し、中国もまた中国で、しばらくは日本からなるべく多くの援助を引き出したいと考えていましたから、尖閣の領土問題には言及しなかったのです。鄧小平〈トウ・ショウヘイ〉も、尖閣諸島に絡む論争は延ばしましょうと言いました。日中関係が領有権問題で混乱することは避け、その解決を次の世代ではなく、三代先まで延ばすとしたのです。いまはこの鄧小平の発言は非難されています。
 考えてもみれば、元々日本の領土なのに、「領土問題」となって紛争の種と化していること自体がおかしいのです。台湾の領土になったことすら一度もないのですから。先駆諸島は南西諸島と同じで、澎湖列島ではありません。ちなみに日本はサンフランシスコ講和条約で台湾と澎湖列島は放棄しています。

 キッシンジャーと周恩来の器が違うのは当然である。周恩来は文化大革命を生き延びた人物だ。その渦中で毛沢東夫人の江青に養女・孫維世〈ソン・イセイ〉を殺されている。しかも、「江青が刑事犯たちに孫維世の衣服を剥ぎ取らせて輪姦させ、輪姦に参加した受刑者は減刑を受けたと言う。また、遺体の頭頂部には一本の長い釘が打ち込まれていたのが見つかった」(Wikipedia)という凄惨極まるものだった。稀有(けう)な政治的才覚がなければ凌(しの)ぐことは難しかったはずだ。私みたいに単純な男であったならば、直ちに報復行動に出て殺されていたことだろう。

 キッシンジャーという一人のアメリカ人に沖縄を自由に扱うことができる権力が与えられている事実に驚愕する。国家のパワーバランスは人間を無視したところで成り立っているのだろう。あのユダヤ人なら「殺されないだけマシだろう」くらいのことを言いかねない。

 そろそろ「ビンのふた」を外してもいい時期ではないだろうか? 日本を他国に売るような国に安全保障を委ねるのは泥棒に警備を頼むような真似だ。ただし安倍首相ではちょっと心許ない。もっと肚(はら)の据わった大物役者が必要だ。

この世界でいま本当に起きていること

映画『ミュンヘン』を見て/『標的(ターゲット)は11人 モサド暗殺チームの記録』ジョージ・ジョナス


 ・読後の覚え書き
 ・映画『ミュンヘン』を見て

『暗殺者』ロバート・ラドラム

 スティーヴン・スピルバーグ監督に関しては特に思い入れもなければ、さしたる偏見もない。映画そのものの出来は悪くないと思う。確か封切りを観たはずなのだが、殆ど憶えていなかった。ただしジョージ・ジョナスの原作を100点とすれば、映画は65点程度と言わざるを得ない。つまり及第点以下だ。

 致命的なのは「父と子の物語」が欠落している点である。アフナー(映画ではアブナー)の父親もまたモサド・エージェントであった。かつては英雄と称賛されながらも、不遇な晩年を過ごし、廃人同然になってゆく。

 映画では冒頭にミッション(特命)を伝えるシーンがあり、ゴルダ・メイア首相役のリン・コーエンが本物そのままの雰囲気を漂わせていて、鬼気迫るものがあった。それだけにこれ以降、どうしても原作との違いに目が向いてしまう。

 次にアフナーも父親も自分の仕事の内容を家族には教えていない。後は推して知るべしである。観客に「わかりやすく」伝える手法が仇となり、原作の香気が失われている。

 とはいうものの私が2回以上見る映画作品は極めて数が限られているので、それなりに評価すべき作品なのだろう。

 原作は細部が際立っており、その辺に転がっているスパイスリラーが逆立ちしてもかなわないほどの臨場感に溢れている。アフナーがジェイソン・ボーン(『暗殺者』ロバート・ラドラム)と化せば完璧だった。

標的(ターゲット)は11人―モサド暗殺チームの記録 (新潮文庫)