2017-08-18

値引き販売による機会損失/『「値引きして売れるなら捨てるよりマシ」は本当か? 将来どちらのほうが儲かるかで考える損得学』古谷文太


「コンビニエンスストア最大手のセブン-イレブン・ジャパンに、消費期限の迫った食品や飲料などの値引き(見切り販売)を制限され、商品の廃棄を余儀なくされ損害を受けたとして、北海道、大阪、兵庫の3道府県の加盟店オーナー4人が同社に計約1億3980万円の損害賠償を求めた訴訟に対する判決が8月30日、東京高等裁判所で出された」(セブン-イレブン、見切り品値下げ販売裁判敗訴で失ったもの〜異なる同業他社の方針)。



 さてここで、オーナーたちはどんな損得計算をしたのでしょうか?
 捨ててしまえば「入ってくるお金」は0円、「出ていくお金」としては、おそらく廃棄費用がかかるはずです(仕入代金はすでに発生しているので該当しません)。
 一方、値引き販売するのであれば、「入ってくるお金」としては値引き後の販売代金。「出ていくお金」は廃棄費用がかからなくなるので0円のはずです。……こうやって見ていくと、値引き販売をしたほうが得なように見えます。
 では、10円でも20円でも、とにかく売れれば捨てるよりはマシなのでしょうか? この点については、もう一度よく考え直してみる必要があります。
 コンビニ客は、売れ残った弁当を値引き販売しているからといって、ワーッと集まってきたり弁当を余計に買ったりはしないものです。あくまでも、お腹がすいたから必要な分を買おうと店に入り、そこにある選択肢の中から選んで買う……つまり、値引き販売をしたからといって客数や販売数が増えるわけではないということです。値引き商品を棚に並べれば、単に【通常価格で売れたはずの分が値引き販売分に置き換わってしまう】のです。
 この、値引き販売によって売れなくなる通常販売の部分を「機会損失」といいます。

【『「値引きして売れるなら捨てるよりマシ」は本当か? 将来どちらのほうが儲かるかで考える損得学』古谷文太(ダイヤモンド社、2010年)】

 廃棄した場合と値引き販売した場合を比較した図表が掲載されており、仕入れ価格50円、通常販売価格120円のおにぎりを廃棄するのに10円の費用がかかるとすると、60円以上の価格にしなければ利益が出ない。

「セブンイレブン商法が特徴的なのは、売れ残った商品の廃棄で生じる損失(廃棄ロス)よりも、商品の発注が少なすぎて売上げを逃すロス(機会ロス)を避けることを重視している点だ」(加盟店に弁当を廃棄させて儲けるセブン-イレブンのえげつない経営術)。

「コンビニの場合はある程度の売れ残りは仕方がないものとして扱い、多めに発注を行っているチェーンが多いです。売れ残りのロスチャージを増やすためではなく、ある程度多めに発注をした方が売上が増えることが多いことが経験から分かっているからです」(セブンイレブンのロスチャージ問題とコンビニの値下げ販売)。

 フランチャイズオーナーというシステムは出店リスクをオーナーに付け替える制度である。儲かるとわかっていればオーナーに出資させる必要はない。セブン-イレブンはドミナント戦略で成功を収めてきた。特定の地域に集中して出店すれば、いくつかの店が失敗するのは当然だ。つまり損をする店舗があったとしても全体で収益が上がればセブン-イレブンとしては構わないわけだ。

 機会損失を通して見えてくるのは、合理的な経営が地球環境を破壊し尽くす未来像だ。利益のためなら何でもするのが企業の使命である。フランチャイズ店を潰し、従業員を馘首(かくしゅ)し、売れ残った商品を廃棄しながら、本社は我が世の春を謳歌する。

サイクリックモデル/『サイクリック宇宙論 ビッグバン・モデルを超える究極の理論』ポール・J・スタインハート、ニール・トゥロック


『ホーキング、宇宙を語る ビッグバンからブラックホールまで』スティーヴン・ホーキング
『エレガントな宇宙 超ひも理論がすべてを解明する』ブライアン・グリーン
『ブラックホール戦争 スティーヴン・ホーキングとの20年越しの闘い』レオナルド・サスキンド
『物質のすべては光 現代物理学が明かす、力と質量の起源』フランク・ウィルチェック

 ・サイクリックモデル

 本書では、サイクリックモデルと呼ばれる、そのもっと大胆な説について説明する。この描像によれば、ビッグバンは時間と空間の始まりでなく、原理的には物理法則を使って完全に記述できる。しかもビッグバンは一度きりではない。宇宙は進化のサイクルを繰り返す。その各サイクルにおいて、ビッグバンが高温の物質と放射を生み出し、それが膨張冷却して今日見られる銀河や恒星が形成される。その後、宇宙の膨張が加速して物質は散り散りになり、空間はほぼ完全な真空へと近づく。そして1兆年ほど経った頃、新たなビッグバンが起こって再びサイクルが始まる。宇宙の大規模構造を作り出した出来事は、一つ前のサイクル、つまり一番最近のビッグバン以前に起こったことになる。
 このサイクリックモデルは、WMAPの結果をはじめ最近のあらゆる天文学的観測結果をインフレーションモデルと同じくらい正確に説明するが、その意味合いは大きく異る。サイクリックの描像によれば、WMAPの画像はクラークのモノリスと同じくらい奇妙だ。われわれを文字通り次元を超えた旅路へと連れていき、ビッグバン以前から遠い未来までにわたる数々の出来事を見せてくれるのだ。

【『サイクリック宇宙論 ビッグバン・モデルを超える究極の理論』ポール・J・スタインハート、ニール・トゥロック:水谷淳〈みずたに・じゅん〉訳(早川書房、2010年)】

 WMAPはNASAの宇宙探査機で宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の温度を測定している。WMAPの画像は衝撃的だった。手っ取り早く言えばビッグバンから40万年後の状態がそのまま膨張した姿で写っているのだ。


 ゆらぎからビッグバンが生じ、ビッグバンから宇宙のゆらぎが生じたことを思えば「ゆらぎ第二章」と名付けてよさそうだ。WMAPの調査によって宇宙の年齢(137億年)や、大きさ(780億光年以上)、組成(4%が通常の物質、23%が正体不明のダークマター、73%がダークエネルギー)などが導き出された。

 サイクリック宇宙論多元宇宙論の一つで、宇宙は無限に連続する自立的な循環を行うという理論である。

 宇宙の大規模構造は泡構造とも呼ばれるが、宇宙それ自体も泡を形成している可能性がある。


 しかも宇宙は動いている。脳には物事を止まった状態で考える癖がある。初めて太陽系の運行を知った時は度肝を抜かれた。


 まるで卵子を目指して進む精子のようだ。DNAも宇宙も螺旋状態があるべき姿なのだろう。時空は螺旋状に進む。

仏教的時間観は円環ではなく螺旋型の回帰/『仏教と精神分析』三枝充悳、岸田秀

 仏教やヒンドゥー教を始めとするアジアの時間論もサイクリックモデルである。我々にとっては親和性が高い。ひょっとすると一つひとつの宇宙に人間原理が働いているのかもしれない。

サイクリック宇宙論―ビッグバン・モデルを超える究極の理論
ポール J.スタインハート ニール・トゥロック
早川書房
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2017-08-17

ジドゥ・クリシュナムルティ(Jiddu Krishnamurti)著作リスト 3


ジドゥ・クリシュナムルティ(Jiddu Krishnamurti)著作リスト 1
ジドゥ・クリシュナムルティ(Jiddu Krishnamurti)著作リスト 2
・ジドゥ・クリシュナムルティ(Jiddu Krishnamurti)著作リスト 3

・『境界を超える英知 人間であることの核心 クリシュナムルティ・トーク・セレクション 1』J・クリシュナムルティ:吉田利子、正田大観訳(コスモス・ライブラリー、2017年)
・『生の書物』J・クリシュナムルティ:藤仲孝司、内藤晃訳(UNIO、2016年)
・『ブッダとクリシュナムルティ 人間は変われるか?』J.・クリシュナムルティ:正田大観・吉田利子訳、大野純一監訳(コスモス・ライブラリー、2016年)
・『知られざるクリシュナムルティ』G・ナラヤン:高岡光解説・監修、チャンドラモウリ・ナルシプル編集、高岡光・玉井辰也訳(太陽出版、2015年)
・『最初で最後の自由』J・クリシュナムルティ:飯尾順生訳(ナチュラルスピリット、2015年)
 ・『わかっちゃった人たち 悟りについて普通の7人が語ったこと』サリー・ボンジャース:古閑博丈訳(ブイツーソリューション、2014年)
・『静けさの発見 二元性の葛藤を越えて クリシュナムルティ著述集 第4巻』J・クリシュナムルティ:横山信英、藤仲孝司、内藤晃訳(UNIO、2013年)
 ・『創造性について 新しい知覚術を求めて』デヴィッド・ボーム:大槻葉子、大野純一監訳、渡辺充監修(コスモス・ライブラリー、2013年)
・『愛について、孤独について』J・クリシュナムルティ:中川正生(麗澤大学出版会、2013年)
・『クリシュナムルティ その対話的精神のダイナミズム』稲瀬吉雄(星雲社、2013年)
・『スタンフォードの人生観が変わる特別講義 あなたのなかに、全世界がある』J・クリシュナムルティ:中川吉晴訳(PHP研究所、2013年)
・『伝統と革命 J・クリシュナムルティとの対話』J・クリシュナムルティ:大野純一(コスモス・ライブラリー、2013年)
・『思考は生(いのち)を知らない クリシュナムルティと共に考える』森本武(JDC出版、2012年)
・『静かな精神の祝福 クリシュナムルティの連続講話』J・クリシュナムルティ:大野純一(コスモス・ライブラリー、2012年)
・『神話と伝統を超えて 2 DVDで見るクリシュナムルティの教え』ジッドゥ・クリシュナムルティ:白川霞監修、大野純一訳(彩雲出版、2011年)
・『真の革命 クリシュナムルティの講話と対話』J・クリシュナムルティ:柳川晃緒訳、大野純一監訳(コスモス・ライブラリー、2011年)
・『四季の瞑想 クリシュナムルティの一日一話』J・クリシュナムルティ:こまいひさよ(コスモス・ライブラリー、2011年)
・『神話と伝統を超えて 1 DVDで見るクリシュナムルティの教え』ジッドゥ・クリシュナムルティ:白川霞監修、大野純一訳(彩雲出版、2011年)
 ・『悟り系で行こう 「私」が終わる時、「世界」が現れる』那智タケシ(明窓出版、2011年)
・『時間の終焉 J.クリシュナムルティ&デヴィッド・ボーム対話集』 J・クリシュナムルティ:渡辺充(コスモス・ライブラリー、2011年)

ジドゥ・クリシュナムルティ(Jiddu Krishnamurti)著作リスト 2


ジドゥ・クリシュナムルティ(Jiddu Krishnamurti)著作リスト 1
・ジドゥ・クリシュナムルティ(Jiddu Krishnamurti)著作リスト 2
ジドゥ・クリシュナムルティ(Jiddu Krishnamurti)著作リスト 3

 ・『ルポ 現代のスピリチュアリズム』織田淳太郎(宝島社新書、2010年)
・『アートとしての教育 クリシュナムルティ書簡集』J・クリシュナムルティ:小林真行訳(コスモス・ライブラリー、2010年)
 ・『仏教と西洋の出会い』フレデリック・ルノワール:今枝由郎、富樫瓔子(トランスビュー、2010年)
・『明日が変わるとき クリシュナムルティ最後の講話』ジドゥ・クリシュナムルティ:小早川詔、藤仲孝司訳(UNIO、2010年)
・『英知へのターニングポイント 思考のネットワークを超えて』J・クリシュナムルティ:神咲禮監修、大野純一監訳、渡辺充訳(彩雲出版、2010年)
・『回想のクリシュナムルティ 第2部 最後の一歩…』イーブリン・ブロー:大野純一訳(コスモス・ライブラリー、2010年)
・『クリシュナムルティ・ノート』J・クリシュナムルティ:中野多一郎訳(たま出版、2010年)
 ・『わらの犬 地球に君臨する人間』ジョン・グレイ:池央耿訳(みすず書房、2009年)
 ・『精神の自由ということ 神なき時代の哲学』アンドレ・コント=スポンヴィル:小須田健、C・カンタン訳(紀伊國屋書店、2009年)
・『回想のクリシュナムルティ 第1部 最初の一歩…』イーブリン・ブロー:大野純一訳(コスモス・ライブラリー、2009年)
 ・『ストレスのない子育てとシンプルライフ インドから学ぶゆとりのある暮らし- (創成社新書)』金田卓也・サラソティー(創成社新書、2008年)
 ・『世界の「聖人」「魔人」がよくわかる本』一条真也監修、クリエイティブ・スイート著・編集(PHP文庫、2008年)
・『新しい精神世界を求めて ドペシュワルカールの「クリシュナムルティ論」を読む』稲瀬吉雄(コスモス・ライブラリー、2008年)
・『英和対訳 変化への挑戦 クリシュナムルティの生涯と教え』J・クリシュナムルティ:柳川晃緒訳(コスモス・ライブラリー、2008年)
 ・『仏教のまなざし 仏教から見た生死の問題』モーリス・オコンネル・ウォルシュ:大野龍一訳(コスモス・ライブラリー、2008年)
 ・『初代大使が見たカザフスタン』松井啓(めるくまーる、2007年)
・『智恵からの創造 条件付けの教育を超えて クリシュナムルティ著述集 第8巻』J・クリシュナムルティ:藤仲孝司、横山信英、三木治子訳(UNIO、2007年)
・『既知からの自由』J・クリシュナムルティ:大野龍一訳(コスモス・ライブラリー、2007年)
・『いかにして神と出会うか』J・クリシュナムルティ:中川正生訳(めるくまーる、2007年)
・『クリシュナムルティの教育原論 心の砂漠化を防ぐために』J・クリシュナムルティ:大野純一訳(コスモス・ライブラリー、2007年)
・『生と出会う 社会から退却せずに、あなたの道を見つけるための教え』J・クリシュナムルティ:大野龍一訳(コスモス・ライブラリー、2006年)
 ・『人間理解の基礎としての神智学』神尾学(コスモス・ライブラリー、2006年)
 ・『「古(いにしえ)の武術」に学ぶ 身体は工夫次第で生まれ変わる』甲野善紀(PHP研究所、2005年)
・『しなやかに生きるために 若い女性への手紙』J・クリシュナムルティ:大野純一訳(コスモス・ライブラリー、2005年)
 ・『未来を開く教育者たち シュタイナー・クリシュナムルティ・モンテッソーリ…』神尾学編著、今井重孝、岩間浩、金田卓也(コスモス・ライブラリー、2005年)
・『花のように生きる 生の完全性 クリシュナムルティ著述集 第1巻』J・クリシュナムルティ:横山信英、藤仲孝司訳(UNIO、2005年)
・『人生をどう生きますか?』J・クリシュナムルティ:大野龍一訳(コスモス・ライブラリー、2005年)
・『クリシュナムルティとは誰だったのか その内面のミステリー』アリエル・サナト:大野純一、大野龍一訳(コスモス・ライブラリー、2005年)
 ・『君あり、故に我あり 依存の宣言』サティシュ・クマール:尾関修、尾関沢人訳(講談社学術文庫、2005年)
 ・『セブン・マスターズ 「瞑想」へのいざない』ジョン・セルビー:矢鋪紀子訳(サンマーク出版、2004年)
・『片隅からの自由 クリシュナムルティに学ぶ』大野純一著編訳(コスモス・ライブラリー、2004年)
・『自由と反逆 クリシュナムルティ・トーク集』J・クリシュナムルティ:大野龍一訳(コスモス・ライブラリー、2004年)
・『知恵のめざめ 悲しみが花開いて終わるとき』J・クリシュナムルティ:小早川詔、藤仲孝司訳(UNIO、2003年)
・『リシバレーの日々 葛藤を超えた生活を求めて』菅野恭子(文芸社、2003年)
・『白い炎 クリシュナムルティ初期トーク集』クリシュナムルティ:大野純一訳(コスモス・ライブラリー、2003年)
・『クリシュナムルティ・スクールの民族誌的研究』武井敦史(多賀出版、2003年)
  ・『あしどり クリシュナムルティを糧とする友へ』高橋重敏(いしずえ、2002年)
 ・『カミング・ホーム 文化横断“悟り”論』レックス・ヒクソン:高瀬千尋訳、高瀬千図監訳(コスモス・ライブラリー、2001年)

ジドゥ・クリシュナムルティ(Jiddu Krishnamurti)著作リスト 1


・ジドゥ・クリシュナムルティ(Jiddu Krishnamurti)著作リスト 1
ジドゥ・クリシュナムルティ(Jiddu Krishnamurti)著作リスト 2
ジドゥ・クリシュナムルティ(Jiddu Krishnamurti)著作リスト 3

・『クリシュナムルティの教育・人生論 心理的アウトサイダーとしての新しい人間の可能性』大野純一(コスモス・ライブラリー、2000年)
 ・『グルジェフとクリシュナムルティ エソテリック心理学入門』ハリー・ベンジャミン:大野純一訳(コスモス・ライブラリー、2000年)
・『自己の変容 クリシュナムルティ対話集』クリシュナムルティ:松本恵一訳(めるくまーる、2000年)
 ・『神秘主義への扉 現代オカルティズムはどこから来たか』ピーター ワシントン:白幡節子、門田俊夫訳(中央公論新社、1999年)
・『キッチン日記 J.クリシュナムルティとの1001回のランチ』マイケル・クローネン:高橋重敏訳(コスモス・ライブラリー、1999年)
・『クリシュナムルティ・水晶の革命家』高岡光(創栄出版、1998年)
・『あなたは世界だ』J・クリシュナムルティ:竹渕智子訳(UNIO、1998年)
・『学校への手紙』J・クリシュナムルティ:古庄高訳(UNIO、1997年)
・『クリシュナムルティの世界』大野純一編訳(コスモス・ライブラリー、1997年)
・『恐怖なしに生きる』J・クリシュナムルティ:有為エンジェル訳(平河出版社、1997年)
 ・『仏教を貫くもの』玉城康四郎(大蔵出版、1997年)
 ・『死海文書と義の教師』石川道子(シェア・ジャパン出版、1996年)
 ・『やすらぎの瞑想さがし そこはか不安症候群とオウム』大沢悠(第三書館、1996年)
 ・『情念がまばゆく白い砂となる時』金子淳人(新風舎、1996年)
・『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J・クリシュナムルティ:大野純一訳(コスモス・ライブラリー、1996年)
・『瞑想』J・クリシュナムルティ:中川吉晴訳(UNIO、1995年)
 ・『生のアート』津田広志(れんが書房新社、1994年)
・『自由とは何か』J・クリシュナムルティ:大野純一訳(春秋社、1994年)
・『ザーネンのクリシュナムルティ』J・クリシュナムルティ:ギーブル恭子訳(平河出版社、1994年)
・『人類の未来 クリシュナムルティVSデビッド・ボーム対話集』J・クリシュナムルティ、デビッド・ボーム:渡部充訳(JCA出版、1993年)
・『瞑想と自然』J・クリシュナムルティ:大野純一訳(春秋社、1993年)
・『生の全変容』J・クリシュナムルティ、アラン・W・アンダーソン:大野純一訳(春秋社、1993年)
・『気づきの探究 クリシュナムルティとともに考える』ススナガ・ウェーラペルマ:大野純一訳(めるくまーる、1993年)
・『クリシュナムルティ 人と教え』クリシュナムルティ・センター(クリシュナムルティ・センター、1993年)
・『最後の日記』J・クリシュナムルティ:高橋重敏訳(平河出版社、1992年)
・『子供たちとの対話 考えてごらん』J・クリシュナムルティ:藤仲孝司訳(平河出版社、1992年)
・『自己の変容 クリシュナムルティ対話録』クリシュナムルティ:松本恵一訳(めるくまーる、1992年)
・『真理を求めて』J.Krishnamurti:山口圭三郎、根木宏編注(篠崎書林、1992年)
・『学びと英知の始まり』ジッドウ・クリシュナムルティ:大野純一訳(春秋社、1991年)
・『クリシュナムルティ・開いた扉』メアリー・ルティエンス:高橋重敏訳(めるくまーる、1990年)
 ・『存在光 ティンクトゥーラ』(阿含宗総本山出版局、1989年)
・『未来の生』ジッドゥ・クリシュナムルティ:大野純一訳(春秋社、1989年)
・『クリシュナムルティ・懐疑の炎』ルネ・フェレ:大野純一訳(瞑想社、1989年)
・『クリシュナムルティ・実践の時代』メアリー・ルティエンス:高橋重敏訳(めるくまーる、1988年)
・『クリシュナムルティ・目覚めの時代』メアリー・ルティエンス:高橋重敏訳(めるくまーる、1988年)
 ・『非常の知 カプラ対話篇』フリッチョフ・カプラ:吉福伸逸、星川淳、田中三彦、上野圭一訳(工作舎、1988年)
・『英知の教育』J・クリシュナムルティ:大野純一訳(春秋社、1988年)
 ・『マイトレーヤと覚者方の再臨』ベンジャミン・クレーム:石川道子訳(エイト社、1987年)
 ・『東洋における人間観 インド思想と仏教を中心として』前田専学編(東京大学出版会、1987年)
 ・『グローバル・トレンド―ポスト産業化社会を実践する人間・科学・文化のガイド・ブック』C+Fコミュニケーションズ(TBSブリタニカ、1986年)
・『生の全体性』J・クリシュナムルティ、デヴィッド・ボーム、デヴィッド・シャインバーグ:大野純一、聖真一郎訳(平河出版社、1986年)
・『クリシュナムルティの神秘体験』J・クリシュナムルティ:おおえまさのり監訳、中田周作訳(めるくまーる、1985年)
・『生と覚醒(めざめ)のコメンタリー クリシュナムルティの手帖より 4』J・クリシュナムルティ:大野純一訳(春秋社、1984年)
・『生と覚醒(めざめ)のコメンタリー クリシュナムルティの手帖より 3』J・クリシュナムルティ:大野純一訳(春秋社、1984年)
・『生と覚醒(めざめ)のコメンタリー クリシュナムルティの手帖より 2』J・クリシュナムルティ:大野純一訳(春秋社、1984年)
・『生と覚醒(めざめ)のコメンタリー クリシュナムルティの手帖より 1』J・クリシュナムルティ:大野純一訳(春秋社、1984年)
・『真理の種子 クリシュナムルティ対話集』J・クリシュナムルティ:大野純一訳(めるくまーる、1984年)
  ・『クリシュナムルティの日記』J・クリシュナムルティ:宮内勝典訳(めるくまーる、1983年)
人は自分自身の光りとなるべきだ ・『クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔』J・クリシュナムルティ:大野純一訳(平河出版社、1982年)
・『暴力からの解放』J・クリシュナムーティー:勝又俊明訳(たま出版、1982年)
・『自我の終焉 絶対自由への道』J・クリシュナムルティ:根木宏、山口圭三郎訳(篠崎書林、1980年)
・『英知の探求 人生問題の根元的知覚』J・クリシュナムルティ:勝又俊明訳(たま出版、1980年)
・『道徳教育を超えて』クリシュナムーティ:菊川忠夫、杉山秋雄訳(霞ケ関書房、1977年)
・『大師のみ足のもとに/道の光』J・クリシュナムルティ、メイベル・コリンズ:田中恵美子編・訳(竜王文庫、1974年)
・『自由への道 空かける鳳のように』クリシュナムーティ:菊川忠夫訳(霞ケ関書房、1974年)
・『自己変革の方法 経験を生かして自由を得る法』クリシュナムーティ著、メリー・ルーチェンス編:菱珠樹訳(霞ケ関書房、1970年)
・『ヘンリー・ミラー全集 11 わが読書』ヘンリー・ミラー:田中西二郎訳(新潮社、1966年)
・『阿羅漢道』クリシナムルテ:今武平訳(文党社、1925年) ※後に田中恵美子が新訳で発行『大師のみ足のもとに』

2017-08-16

嘘つき左翼の真っ赤な真実/『打ちのめされるようなすごい本』米原万里


『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』米原万里

 ・嘘つき左翼の真っ赤な真実

・『「知的野蛮人」になるための本棚』佐藤優
・『ジェノサイド』高野和明

 生物とは何か、という命題を、自然界と意識と表現における同一性と時間の関係から見つめ直そうとする池田清彦著『生命の形式―同一性と時間』(哲学書院)を読みながらのこと。「普通の人は、それぞれ少しずつ異なるイヌを見て、それらをみなイヌと同定することができる。ということはイヌをイヌたらしめる何らかの同一性を知っているわけだ」というくだりで、おあつらえ向きのニュースが聞こえてきた。

【『打ちのめされるようなすごい本』米原万里〈よねはら・まり〉(文藝春秋、2006年/文春文庫、2009年)以下同】

 文章が巧みだ。ページを開くと直ぐに引き込まれる。本書を手掛かりに数冊の本を読んだが、「これは!」と目を瞠(みは)ったのは池田清彦一冊のみであった(後に文庫化『生物にとって時間とは何か』〈角川ソフィア文庫、2013年〉)。

 米原の父親は日本共産党の幹部で衆議院議員を務めた米原昶〈よねはら・いたる〉で、姉のユリは井上ひさしの後妻である。ま、筋金入りの左翼と見ていいだろう。そして見逃せないのは米原万里と井上ひさしが佐藤優の背中を押して作家デビューさせたことだ。『国家の罠』が刊行されると米原は「外務省は、途轍(とてつ)もなく優秀な情報分析官を失った。おかげで読書界は類(たぐ)い希(まれ)なる作家を得た。退官した外交官がよく出すノー天気な自画自賛本が100冊かかっても敵(かな)わない密度の濃さと面白さ」(読売新聞 2005年4月18日)と絶賛した。既に名エッセイストとして名を馳せていた米原の影響力は大きかった。

 ってなわけで私は最初から眉に唾をつけて読み始めた。説明能力の高さと人格は必ずしも一致しない。世間では説明能力が高い嘘つきを詐欺師と呼ぶ。

 遅ればせながら、ついに買ってしまった。「新しい歴史教科書をつくる会」の中学校用歴史教科書、西尾幹二著『新しい歴史教科書―市販本』(扶桑社)。
 実は、ちょっと期待していた。中学2年の時に帰国し、近くの公立中学に編入した私は、歴史のみならず、あらゆる教科書の絶望的退屈さ加減にショックを受けた経験がある。

 一旦持ち上げてから落としているのだろうか? 違うね。落とすためにわざわざ持ち上げているのだ。しかもこのあと引用する大江健三郎の批判を引っ張り出すところに本当の狙いが隠されている。実に巧妙だ。

 
お笑い創価学会 信じる者は救われない』(知恵の森文庫)は、辛口な皮肉屋のテリー伊藤との対談形式で創価学会に関する論文やルポなどを紹介していく、意外に真面目な本だ。

 佐高信〈さたか・まこと〉という人物は他人の悪口で飯を食っている左翼である。こんな本を肯定的に評価するのも過去に共産党を裏切った創価学会(創共協定)を貶めるところに本意があるのだろう。

 すなわち本書は「左方向へ緩やかに誘(いざな)う書評本」というべき書物で、私に言わせれば「嘘つき左翼の真っ赤な真実」ということになる。同工異曲に佐藤優著『「知的野蛮人」になるための本棚』がある。左翼の策謀を知るためには格好の入門書といってよい。

打ちのめされるようなすごい本 (文春文庫)
米原 万里
文藝春秋
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2017-08-15

動燃の裏工作/『原子力ムラの陰謀 機密ファイルが暴く闇』今西憲之+週刊朝日取材班


『東京電力 暗黒の帝国』恩田勝亘

 ・動燃の裏工作

『原発危機と「東大話法」 傍観者の論理・欺瞞の言語』安冨歩

 取材班が手に入れた資料の山の中に、ピンク色の表紙に太いサインペンで大きく「K」と記された、謎めいたファイルがあった。厚さは3センチほどもあり、ずしりと重い。茶色に変色した書類は時系列順に丁寧にファイリングされ、あちこちに蛍光ペンで線が引いてある。西村氏が、かかわらざるを得なかった「秘密業務」の一端だ。
 そこには、思わず目を疑うようなこんな記述が連なっていた。
〈K機関で所掌しているタレントとの会食を通じて洗脳〉
〈広義な話題を提供し、問題を希釈させる〉
〈中小信用公庫等財界ラインの利用 笹川系ドン「○○氏(原文は実名、以下同)」を動かす〉
〈3月中に本社作戦、津山拠点の確保を終了 3月末から4月上旬に県南戦火 津山圏は水面下でゲリラ戦とする〉
「K機関」「洗脳」「財界のドン」「ゲリラ戦」……もはやわれわれの理解を超えた、スパイ小説のようなフレーズが飛び交っているではないか。

【『原子力ムラの陰謀 機密ファイルが暴く闇』今西憲之+週刊朝日取材班(朝日新聞出版、2013年)】

 西村成生〈にしむら・しげお〉は動燃(動力炉・核燃料開発事業団=現・日本原子力研究開発機構〈JAEA〉)の総務部次長を務めた人物で、高速増殖炉もんじゅのナトリウム漏れ事故の内部調査を行う渦中で自殺をした。尚、警察は自殺と断定したが遺族は謀殺を疑っている。今西らは「西村ファイル」を独占入手し原子力産業の舞台裏を暴いた。

 上記テキストは、人形峠のウラン濃縮施設(岡山県と鳥取県の県境)にまつわる動燃の裏工作の一端である。これほど具体性の高い戦術を考えつくのは、やはりその道のプロがいるのだろう。例えば陸軍中野学校、日本共産党、あるいは電通や外資系のマーケティング・コンサルタントなど。オペレーションズ・リサーチも駆使していることだろう。

「アクションプログラム骨子」の中で見過ごせないのは、〈新聞の活用〉の項目にこんな記述があったことだ。
〈意見広告(山陽43万部、津山朝日2万部)――継続〉
〈津山朝日記事掲載 原稿は事業団作成……掲載は記者の取材方式――準備中〉
〈新聞折りこみ 津山朝日のみ実施(山陽新聞系は拒絶)――準備中〉
 そして、驚くべきは次の記述である。
〈投書 朝日……「論壇」 山陽……一般投書(500字)――準備中〉
 なんと、地元紙などに一般市民を装って「やらせ投書」せよ、という指令なのだ。それを裏付けるのが92年3月13日に作成された〈投書原稿作成のポイント〉と題された、社内への指示文書だ。
〈1.立場 (1)一般市民の立場で (2)人形峠事業所に働く者として (3)原子力の開発に携わる者として〉
〈2.内容 (1)身近な出来事について (2)エネルギー問題に関して (3)その他〉
 などと、詳細な「投稿マニュアル」まである。さらに、投書は各部署に「ノルマ」が課せられていたようだ。
〈3.手順 (1)各課3通作成 (2)3月18日までに総務課(○○)まで〉
 そして、この通達から10日後の3月23日、本社から各課長に送られたファックスでは、
〈山陽新聞「ちまた〉欄への投書 依頼の各課3通が出ていないところがありますので、総務課○○まで提出願います
 と督促までしていた。

 メディア・コントロール(『メディア・コントロール 正義なき民主主義と国際社会』ノーム・チョムスキー)は世論を誘導する目的で行われる。ただし、この程度のことは資金の豊富な日本共産党や創価学会などが日常的に行う手口でさほど目新しいものではない。

 民主政が機能するためには情報公開が前提となる。情報を操作・誘導する者がいれば集合知(『集合知の力、衆愚の罠 人と組織にとって最もすばらしいことは何か』 アラン・ブリスキン、シェリル・エリクソン、ジョン・オット、トム・キャラナン)が働くことはない。

 いみじくもタイトルに「原子力ムラ」とあるが、我々がムラを作るのは集団に進化的優位性があるためだ。既得権益が強固なのも同じ理由による。どの集団にも公開された理想と隠された謀(はかりごと)が存在することだろう。「ここだけの話」は耳に心地がよく、集団エリートの結束を強める。

 あの手この手を尽くして嘘を流すのは「彼らの都合」であり何らかの政治目的が透けて見える。原子力産業には多大な税も投入されている。原子力発電は段階的になくすことが望ましい。人類はまだ核分裂の力を制御できる技術を手に入れていないからだ。安全保障という側面から原発を保有する欺瞞はそろそろやめて、核保有を正面から議論すべきではないか。

原子力ムラの陰謀: 機密ファイルが暴く闇
今西憲之+週刊朝日編集部
朝日新聞出版 (2013-08-20)
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2017-08-14

観照が創造とむすびつく/『カミの人類学 不思議の場所をめぐって』岩田慶治


『一神教の闇 アニミズムの復権』安田喜憲

 ・観照が創造とむすびつく

『カミとヒトの解剖学』養老孟司
『死と狂気 死者の発見』渡辺哲夫
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ

 そこに不思議の場所がある。
 眼を閉じておのれの内部を凝視すると、そこに淡い灰色の空間がひろがっているのを感ずるが、その空間の背後に、不思議な場所があるように思われるのである。不用意にそこに近づいてそれを見ようとすると、その場所は急ぎ足に遠ざかってしまう。しかし、おのれを忘れ、その場所の存在をも忘れていると、それが意外に近いところにやってきて何事かを告げる。そういう不思議の場所が、すべてのひとの魂の内部から、身体の境をこえて外部に、どこまでもひろがっているように思われるのである。
 その場所、その未知の領域をさぐってみたい。

【『カミの人類学 不思議の場所をめぐって』岩田慶治〈いわた・けいじ〉(講談社、1979年/講談社文庫、1985年)以下同】

 真の学問は独創に向かう。それは何らかの領域に一人踏み込んでゆく時の必然的なスタイルなのだろう。岩田慶治の場合、独創が文体にまで及んでいる。文化人類学という水脈を掘り下げ、真理という鉱脈を探る営みに圧倒される。

 アニミズム(精霊信仰)は「不思議の場所」から生まれたのだろう。自然の営為に神の意志を読み取ることでヒトは共生してきた。天神地祇(てんじんちぎ)を信ずればこそ人々は地鎮祭を行い、力士は土俵で塩をまくのだ。太陽をお天道様と呼び、その眼差しを感じれば、悪行にブレーキがかかる。

 その場所にたどり着いてみると、この世界が違って見える。おのれ自身が違って見える。そういう予感がしたのである。そこでは、木々の緑がより濃く、より鮮やかにみえるのではないか。生きものたちがより生き生きと活動し、おのれの生を超えたやすらぎをえているのではないか。われわれの尊敬してやまない古人の言葉が、単に観念として知的に理解されるだけではなく、現実に、ありありと、たしかな存在感をともなって聞こえてくるのではないか。その意味で、そこはわれわれにとってもっとも根源的な創造の場なのではないか。
 そこでは見ることが形づくることであり、観照が創造とむすびついている。

「観照が創造とむすびつく」との指摘がクリシュナムルティと重なる。岩田には『木が人になり、人が木になる。 アニミズムと今日』(人文書館、2005年)という著作もある。「私たちはけっして木を見つめない」(『瞑想と自然』J・クリシュナムルティ)。

 この文章を読んではたと気づくのは、人類の原始的な宗教感情が言葉以前に生まれた可能性である。それはフィクションの原形といっていいだろう。

カミの人類学―不思議の場所をめぐって (1979年)
岩田 慶治
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2017-08-13

無投票の権利/『イン・ヒズ・オウン・サイト ネット巌窟王の電脳日記ワールド』小田嶋隆


『我が心はICにあらず』小田嶋隆
『安全太郎の夜』小田嶋隆
『パソコンゲーマーは眠らない』小田嶋隆
『山手線膝栗毛』小田嶋隆
『仏の顔もサンドバッグ』小田嶋隆
『コンピュータ妄語録』小田嶋隆
『「ふへ」の国から ことばの解体新書』小田嶋隆
『無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ』小田嶋隆
『罵詈罵詈 11人の説教強盗へ』小田嶋隆
『かくかく私価時価 無資本主義商品論 1997-2003』小田嶋隆

 ・愛国心への疑問
 ・ギネス認定はインチキ
 ・個性は伸ばすものではなく、勝手に伸びるものだ
 ・無投票の権利

『テレビ標本箱』小田嶋隆
『テレビ救急箱』小田嶋隆

 何かをする権利は、その裏に何かをしない権利を含んでいる。そうでなければ十全な権利とは言えない。信教の自由は、宗教を信じない自由を含んでいるし、集会の自由は、ひきこもりの自由を包摂している。また、表現の自由は沈黙の権利を保障しているはずだし、職業選択の自由は同時にプー太郎たることの自由でもある。であるからして、投票権は自動的に無投票権を含んでいなければならず、そうである以上、無投票という選択にも、投票行動と同等な重みが持たされねばならない。で、提案がある。議員の定数を投票率に連動させるというのはどうだろう。たとえば投票率が50%なら、議会の議席そのものが半減するわけだ。どうだ? 良さそうじゃないか。
 首長選の場合は、人気を投票率に反映させても良い。得票数をそのまま給与に換算するのも面白いかもしれない。いずれにしても、こういうことになればオレの無投票にも若干の意味が出てくる。

【『イン・ヒズ・オウン・サイト ネット巌窟王の電脳日記ワールド』小田嶋隆(朝日新聞社、2005年)以下同】

 小田嶋がラジオ番組で「生まれて初めて投票に行った」と語った時、私の心を風が吹き抜けた。ちょっとした衝撃を受けたものだ。また「新聞には編集作業があるがネット情報にはそれがない」との主張にも驚かされた。まるで「普通の大人」が言いそうなことではないか。

 本書はアル中が極まった頃の作品であるにもかかわらず決して魅力が色褪せていない。転落しながらも社会に向かって唾を吐く小田嶋の矜持(きょうじ)があるように思う。

 無投票については諸手を挙げて賛成する。既に何度も書いてきた通り私は民主政(『民主主義という錯覚 日本人の誤解を正そう』薬師院仁志)を支持していない。ワイドショー情報を鵜呑みにするオバサンの1票と私の1票を同列に扱われるのは大いに困る。国民全員が投票を棄権し、オレの1票で国政が決まればこんな嬉しいことはないのだが(笑)。

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人が人材になる過程は木が木材になる過程と似ている/『我が心はICにあらず』小田嶋隆


 ・洗練された妄想
 ・土地の価格で東京に等高線を描いてみる
 ・真実
 ・「お年寄り」という言葉の欺瞞
 ・ファミリーレストラン
 ・町は駅前を中心にして同心円状に発展していく
 ・人が人材になる過程は木が木材になる過程と似ている

『安全太郎の夜』小田嶋隆
『パソコンゲーマーは眠らない』小田嶋隆
『山手線膝栗毛』小田嶋隆
『仏の顔もサンドバッグ』小田嶋隆
『コンピュータ妄語録』小田嶋隆
『「ふへ」の国から ことばの解体新書』小田嶋隆
『無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ』小田嶋隆
『罵詈罵詈 11人の説教強盗へ』小田嶋隆
『かくかく私価時価 無資本主義商品論 1997-2003』小田嶋隆
『イン・ヒズ・オウン・サイト ネット巌窟王の電脳日記ワールド』小田嶋隆
『テレビ標本箱』小田嶋隆
『テレビ救急箱』小田嶋隆

 人が人材になる過程は、木が木材になる過程とよく似ている。よけいな枝を落とし、虫の食った部分を捨てて、要するに規格化するわけなのだ(生きている木を切り倒して、乾燥させて、丸裸にし、材木にして、切って、削って、風呂場のすのこにするのだ)。そして、言うまでもないことだが、ハッカーという人々は余計な枝が多かったり、幹が曲がっていたり、加工しにくかったりして、人材としては不良品である場合が多い。

【『我が心はICにあらず』小田嶋隆(BNN、1988年/光文社文庫、1989年)】

 ラジオ番組にレギュラー出演するようになった頃から小田嶋は明らかに変わった。その淵源を探ると「日経ビジネスオンラインの連載」(小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」~世間に転がる意味不明/2008年)と『人はなぜ学歴にこだわるのか。』(メディアワークス、2000年/知恵の森文庫、2005年)にあると思われる。

「ア・ピース・オブ・警句」は戦後教育で教え込まれた歴史認識を鵜呑みにしていて馬脚を露(あら)わした感がある。『学歴』の方は読んでいないのだが内田樹〈うちだ・たつる〉が解説を書いていることからも左翼傾向が読み取れる。その後、内田や彼の盟友である平川克美らと『9条どうでしょう』(毎日新聞社、2006年/ちくま文庫、2012年)を刊行する。私が初めて小田嶋の声を耳にしたのも平川のインターネット放送だった。傍(はた)から見れば巧く担がれたようにしか思えない。

 小田嶋はなぜ職歴ではなく学歴を語ったのだろう? やはり小石川高校~早稲田大学という学歴に自信があったためか。


 上には上がいる。元エリート官僚からすれば早稲田・慶応も低学歴になるようだ。小田嶋は学生団体SEALDsを中心とするデモを見学にゆき、挙げ句の果てには生まれて初めての投票にまで及んだ。もはや引きこもり系・オタク系コラムニストを脱して文化人となりつつある。

 ってなわけで初期の小田嶋作品を懐かしむ気持ちがそこはかとなく湧いてきた。明晰な文体、端々に盛られた毒、エッジの効いた皮肉、社会を斜めに見下ろすユーモア――それが小田嶋の魅力であった。

 尚、ハッカーとはハッキングをする人物のことで、犯罪姓の高いハッカーをクラッカーと呼ぶ。

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2017-08-11

ソフトパワーとしてのマインド・コントロール/『マインド・コントロール』岡田尊司


『カルト村で生まれました。』高田かや
『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』米本和広
『カルトの子 心を盗まれた家族』米本和広
『ドアの向こうのカルト 九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』佐藤典雅
『杉田』杉田かおる
『小説 聖教新聞 内部告発実録ノベル』グループS

 ・ソフトパワーとしてのマインド・コントロール

『服従の心理』スタンレー・ミルグラム

 テロリストたちは、一部の人が考えていたように、催眠状態のような意識が狭窄した状態で、あやつられてそうした行動をしたわけではなかった。彼らは、自らの覚悟と決心のもとで、そうした行動をとっていた。
 ただ、それは彼らがマインド・コントロールを受けていたことを、何ら否定する根拠にはならない。マインド・コントロールを受けたものは、自らが主体的に決意して自己責任で行動したと思うことが、むしろ普通だからだ。マインド・コントロールが上質なものであればあるほど、コントロールを受けた者(ママ)は、自分が望んでそうすることにしたのだと感じる。
 安っぽいマインド・コントロールの場合には、コントロールする側の作為が正体を現し、欺瞞の痕跡を残してしまう。そうした場合、いつか不信が芽生えた時、それが破れ目にもつながり、マインド・コントロールが解けてしまうことにもなる。
 だが、完璧な形でマインド・コントロールが行われた場合には、すべては必然性をもったことであり、それに出会う幸運をもったのだと感じ、喜び勇んでその行動を「主体的に」選択する。

【『マインド・コントロール』岡田尊司〈おかだ・たかし〉(文藝春秋、2012年/文春新書増補改訂版、2016年) 】

 一般的には閉ざされた環境で身体的抑圧(睡眠不足や暴力など)がある場合を洗脳、それ以外の心理操作および誘導をマインド・コントロールと考えればいいだろう。朝鮮戦争(1950-53年)で捕虜とされた米兵が共産主義を信奉するようになっていた。中国共産党が行ったこの思想改造が洗脳の嚆矢(こうし)である。

 マインド・コントロールという言葉が広く知られるようになったのは統一教会(世界基督教統一神霊協会→世界平和統一家庭連合)の霊感商法が社会問題化した頃だったと記憶する。有名な歌手や女性タレントまでが信者となったことでセンセーショナルな報道が繰り返された。もしも当局が厳格な対応をしていればオウム事件は防げた可能性がある。だが統一教会は勝共連合という下部組織を通じて保守層にがっちりと喰い込んでいた。

 岡田の指摘は重要だ。ソフトパワーとしてのマインド・コントロールが自主的・自発的な行動を導くというのだ。こうしてテロという犯罪が大義に置き換えられる。「必然性」とは完全な物語を意味する。自爆は使命にまで高められる。

 マインド・コントロールは何も特別のことではない。大衆消費社会における全ての広告は消費・購買への誘引で様々なテクニックが応用されている。購入価格を操作することも簡単だ(『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー)。

 群れをなす動物は同調する。逆に言えば同調性を欠いた動物が群れをなすことはできない。つまり集団や社会そのものが形成するマインド・コントロールが存在する。一番わかりやすいのは教育だ。学校であれ家庭であれ教育は強制と矯正の2本柱で行われる。子供を家族や社会という鋳型(いがた)にはめ込み、大人の言いなりにするのが教育の目的である。かつて自由な環境(『子供たちとの対話 考えてごらん』J・クリシュナムルティ)で行われた教育はない。枝打ちされて材木になるか、針金でぐるぐる巻きにされた盆栽になるかの違いがあるだけだ。我々は社会適応養成ギブスを着用した星飛雄馬なのだ。

 平均的な人間は自分が見た事実にも目をつぶって周囲の意見に合わせる(アッシュの同調実験)。日本社会でいえば「空気を読む」のが同調で、「KYだ」と認定されるのが同調圧力である。メガデス(大量虐殺)を可能にするのも同調性だ。

 我々を取り巻く様々な集団ごとにそれぞれの同調性が働く。国家を超えても尚、条約やグローバル・スタンダード(世界標準)という同調性が存在する。日本が慰安婦捏造問題を真っ向から否定することができないのも、アングロサクソンやキリスト教といった世界の主流に異を唱える羽目になるからだ。

 高度情報化社会ではあらゆる情報がプロパガンダと化しマインド・コントロールを試みる。人々を騙(だま)せば自分が得をする。高度な知性は「騙す」行為を通して最大限に発揮される。騙すためには相手に偽りの情報を信じさせる必要がある。つまり自分と相手が異なる信念の持ち主であることを理解する必要があるのだ(心の理論)。

 そして我々は騙されることを好む。だから手品を楽しむのだ。また映画・ドラマ・芝居・漫画・小説などのフィクションを楽しむのも同じ理由だ。騙したいエリートと騙されたい大衆で織り成す世界に我々は生きている。

マインド・コントロール 増補改訂版 (文春新書)
岡田 尊司
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2017-08-10

小倉に投下予定だった原爆


『夕凪の街 桜の国』こうの史代
『トランクの中の日本 米従軍カメラマンの非公式記録』ジョー・オダネル
『チェ・ゲバラ伝』三好徹
『洗脳支配 日本人に富を貢がせるマインドコントロールのすべて』苫米地英人
『日本最後のスパイからの遺言』菅沼光弘、須田慎一郎

 ・小倉に投下予定だった原爆

 これは知らなかった。ツイッター情報は本当に侮れない。


小倉原爆スクープ!:一条真也の新ハートフル・ブログ

エホバの証人による折檻死事件/『カルトの子 心を盗まれた家族』米本和広


『カルト村で生まれました。』高田かや
『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』米本和広

 ・エホバの証人による折檻死事件

『ドアの向こうのカルト 九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』佐藤典雅
『杉田』杉田かおる
『小説 聖教新聞 内部告発実録ノベル』グループS
『マインド・コントロール』岡田尊司
『服従の心理』スタンレー・ミルグラム

 しかし、智彦だけはうまくいかなかった。そのために父親は智彦に暴力を振るい、なんとか更生させようと努めてきた。智彦の父親だけがとりわけ暴力的というわけではない。父親は教団が強調する聖書の次の言葉を忠実に実行してきただけのことである。
「子どもを懲らしめることを差し控えてならない。むちで打っても、彼は死ぬことはない。あなたがむちで彼を打つなら、彼のいのちをよみから救うことができる」(箴言〈しんげん〉23章)
 他のキリスト教団は箴言特有の誇張した表現と解釈するが、エホバの証人は字句通りに受けとめる。

【『カルトの子 心を盗まれた家族』米本和広(文藝春秋、2002年/文春文庫、2004年)以下同】

『カルトの子 心を盗まれた家族』の続篇的内容でオウム真理教、エホバの証人(ものみの塔聖書冊子協会)、統一教会、幸福会ヤマギシ会を取り上げる。ヤマギシ会は宗教団体ではないが、その閉鎖性や洗脳を考慮すればカルトの名に十分値する。正義を掲げる彼らの暴力性は弱者である子供に向けられる。そして正しいがゆえに全く手加減されない。

「ある姉妹(女性信者)が目撃したところによれば、所沢(埼玉県所沢市)の長老は鉄のパイプや自転車のチェーンで叩いていたそうです」

 長老とはエホバの証人における会衆のリーダーで、地域の集まりは教会単位となっている。

「当時の長老は、『泣く、ということは悔い改めていない、反抗の表れだ。泣くのをやめるまで叩きなさい』と教え諭した。それで私もそうした」

 宗教的な正しさはいともたやすく邪悪に結びつく。キリスト教の暴力性は歴史を振り返れば誰もが理解できよう。異端とされるエホバの証人が正当性を示すためには教義や行動を過激化するしかない。

 事件が起きたのは、今から7年前の93年11月23日のことだった。
 広島市の北警察署に、市内に住むAが自首してきた。
 北署員が現場に急行したところ、4歳の二男がA宅の脱衣場で死亡していた。検死を行ったところ、両頬やくるぶしなどに数ヵ所の痣や内出血が認められた。血が滲んだ新しい傷痕のほか、数日は経っていると思われる痣も多くあった。このため、Aを殺人容疑で逮捕するとともに、折檻を知りながら放置していた妻も保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕した。
 夫婦が属していた会衆は広島市の安佐南区にあった祇園会衆(現在は発展して三つの会衆に分かれている)だった。ここでの懲らしめのムチは長さ50センチのゴムホースだった。当時この会衆にいた元女性信者は「子どもが集会中に居眠りをすれば、親はトイレに連れていき、ゴムホースで叩きました。“体罰”は日常的でした」と語る。

 信者とは他人に操られることを自ら選ぶ生き方を意味する。ま、洗脳希望者といってもよい。

 事件前日の夜、Aはゴムホースで血が滲むほどに二男を叩いたあと、家から閉め出した。翌朝様子を見に行くと、息子の息は止まっていた。そのあとあわてて脱衣場に運んだという。
 判決はAに保護背筋者遺棄致死罪は適用して懲役3年(執行猶予4年)の刑を申し渡し、事件は終わった。
 この折檻死事件は、エホバの証人の中では特異なケースである。私が恐ろしいと思ったのは、事件そのものよりもそのあとの会衆の空気である。同じ会衆に属していた当時はまだ信者だった人が語ったところによれば、一人の子どもが死んだというのに、自分を含め会衆の誰一人としてムチによる懲らしめを反省せず、「組織と教えは正しいが、あの人が個人的にやりすぎたんだ」と仲間うちで話しただけで終わった。事件をきっかけに組織を離れた人は一人もいなかった。祇園会衆の長老も「不幸な事件が起きた。今後Aさんの家に近づかないように」と報告しただけだった。不幸な事件ゆえにA一家を支えるのが宗教の役割だと思うのだが、Aと仲の良かった信者が拘置所に面会に行くと、長老が自宅にやってきて、「なぜ指示を守らないのか。Aさんには会ってはなりません」と叱責した。
 事件後、一つだけ会衆内で変わったことがある。それはムチがゴムホースからアクリル樹脂の棒に変わったことだ。

 自分の中で一番最初に芽生えた小さな疑問を手放した瞬間から人は判断力を奪われる。もちろん何を信じようが自由ではあるが、信じることによって情報処理能力が狂うのだ。信者の脳は現実よりも教団の正しさを証明することを重視する。そしてより大きな善のために小さな悪がまかり通るようになる。

 社会の価値観は時代によって移り変わるが道徳には時代を経てきた人間の良心がある。徳を拒む人がいないのはやはりそこに普遍性があるためだろう。宗教が興(おこ)る時、必ず社会的価値との衝突がある。多くの人々を苦しめる手垢まみれの常識を否定するのが宗教の役割であると思うが、道徳まで否定すれば単なる反社会的集団に転落してしまうだろう。そのようなあり方が人々の共感を得るのは難しい。

 いつの時代も子供は殺されてきたがエホバの証人による折檻死事件は教義が事件を教唆(きょうさ)した可能性が窺える。

 これに対するエホバ信者の反論が以下のページにある。

「エホバの証人せっかん死事件の嘘」:エホバの証人を攻撃する道具にされてしまうブロガー達

 信者は事実に目をつぶる。彼が見つめているのはエホバの正義だけだ。余談になるが偶像を否定するエホバのくせにマイケル・ジャクソンの肖像をアイコンにしていて笑った。親がエホバ信者であるのは広く知られているがマイケル本人もそうだったのだろうか?

 閉鎖的なカルト集団が行う児童虐待は「現代のミルグラム実験」(『服従の心理』スタンレー・ミルグラム)といってよい。

 尚、本書は万人が読むべき秀逸なノンフィクションであると思うが、米本和広と統一教会に妙な関係があるようなので必読書には入れていない(やや日刊カルト新聞:本紙記者を誹謗中傷する自称“ルポライター”米本和広氏、その社会的問題性に迫る)。

カルトの子―心を盗まれた家族 (文春文庫)
米本 和広
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2017-08-07

ヤマギシ会は児童虐待の温床/『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』米本和広


『カルト村で生まれました。』高田かや

 ・ヤマギシ会は児童虐待の温床

『カルトの子 心を盗まれた家族』米本和広
『ドアの向こうのカルト 九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』佐藤典雅
『杉田』杉田かおる
『小説 聖教新聞 内部告発実録ノベル』グループS

『マインド・コントロール』岡田尊司

(※ヤマギシ会の集団農場へ)いま話題の「船井総合研究所」は94年の10月に「岐阜県庁の職員と岐阜市内の中小企業経営者34人」を従えてやってきているし、96年11月には評論家の鶴見俊輔が訪問している。
 EM菌や『脳内革命』の春山茂雄を絶賛してやまない船井幸雄を長とする総合研究所の面々が訪れ、その一方日本を代表する評論家が訪れる。ただ面食らうばかりだが、日本の社会がヤマギシ会に幻惑されているのではないかとすら思えるほど、多士済々たる人物が集団農場を見学しているのだ。
 53年に発足したヤマギシ会(当時は山岸会)は、そもそも養鶏家である山岸巳代蔵(1901~61年)が提唱したヤマギシズムを実践し、〈無所有一体〉の〈ヤマギシズム社会〉を実現せんとする団体である。

【『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』米本和広(洋泉社、1997年宝島社文庫、1999年/新装版、2007年)以下同】

 船井幸雄はスピリチュアル系で鶴見俊輔は進歩的文化人(=左翼)の筆頭である。資本主義に嫌気が差すと誰もが自給自足コミュニティを思いつくことだろう。トルストイも実際に行った(トルストイ運動)。人が集まる事実を思えば何らかの魅力があるのは確かだろう。目新しいものを好む著名人が評価することも決して珍しくはない。島田裕巳〈しまだ・ひろみ〉に至っては今でも評価している(「ヤマギシ会はまだやっていた」島田裕巳)。

 正式名称は幸福ヤマギシ会である。「売り上げ規模では農事組合法人のトップに位置している」(Wikipedia)というのだから侮れない。ヤマギシズム社会実顕地は全国に展開。幸か不幸か私はヤマギシ会の商品を見たことがない。

 出発点で掲げた理想はどのような団体であれ正当性がある。集団を運営してゆく過程で邪教化するのだ。正しさを強制する瞬間から誤った手段がまかり通るようになる。

 ヤマギシ会の悲惨さは子供たちの姿を見ればわかる。

 健二も思い出を口にするようになった。
「ヤマギシ会では上級生に首をしめられたり、ぶっ殺す、と脅された。いつもいつもいじめられていた」
「6年生に首を締められたんだよ」
「お腹が痛くても、病院に連れていってくれなかった」
「宿題ができないと、(施設の)廊下に正座させらたんだ」
「世話係(学園の担当者)がものすごく怖かった」
「親しい友だち同士で話をするときは、『俺たちは親から捨てられた子』と言っていたんだ」
 自殺を企てた健二の親はいったい、どう感じているのか。そのことを口にすると、教師の顔は暗くなった。
 授業参観のあとで、両親を校長室に呼び、ひととおりの経過を説明したが、母親は動揺した素振りを見せず、平然とした態度で、こう話したという。
「ヤマギシ会でのびのび育ち、自分で自分を見つめられるようになって欲しいと願って、ヤマギシに入れたのです。ヤマギシに入れたことをもって、親の愛情不足と思われては困ります」「(健二が)飛び降りてもいいし、死んでも構いません。家の中でも、そんなに死にたいのなら死ねばいいと言っています。あの子はみんなの気を引こうとしただけなのです」
 近くにいた教師が食い止めていなかったら、わが子は確実に怪我をしていたか、死んでいたというのに、である。

「正しさ」が人々を抑圧し、そのはけ口が弱者に向かう。子供たちは満足に食事も与えられない。実顕地に入った途端、私有財産は没収され、親子は離れ離れで生活することになる。虐待された児童は誰にも助けを求めることができない。

 幸福への願いは不幸の反動である。幸福を追い求め続ける人々に真の幸福が訪れることはないだろう。欲望は果てしなく強化され、どこまで行っても満たされることはない。ヤマギシ会の人々は生活の保障を手に入れる代わりに子供たちの幸福を犠牲にしている。

 ヤマギシ会の生産品を購入する人々は児童虐待に加担していることを自覚すべきだろう。

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2017-08-06

創価学会というフィクション/『小説 聖教新聞 内部告発実録ノベル』グループS


『カルト村で生まれました。』高田かや
『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』米本和広
『カルトの子 心を盗まれた家族』米本和広
『ドアの向こうのカルト 九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』佐藤典雅
『杉田』杉田かおる

 ・創価学会というフィクション

『乱脈経理 創価学会 VS. 国税庁の暗闘ドキュメント』矢野絢也

 学会本部とともに、この“学会村”の中核をなす聖教ビルの最上階7階が、聖教新聞社社主でもある沼田太作専用の“貴賓室”として生まれ変わったのは、58年8月のことだった。
『本社では、来客用の部屋が古くなったため、改装工事を進めていたが、このほど新装なり、この日、社主である名誉会長も、その模様を視察した』
 当時の聖教新聞紙上には、“貴賓室”についてたったこれだけの記事でしか触れられていない。だからこれを読んだ一般の学会員は、応接間をちょっと改装した、という程度にしか思わなかったことだろう。
 しかし、実際には、ビル中央のエレベーターホールの東側にあった記念館をとりこわし、それまでの沼田の執務室とあわせて、7階の全フロア約300坪を沼田太作専用フロアに改装するための工事に、半年間も費やしたのである。
 わざわざイタリアから取り寄せて、壁一面に張りめぐらした大理石は、重厚な光沢をたたえている。
 欧風の執務室と大会議室には、壮大なシャンデリア。フロア全体には、思わず体が沈みこんでしまうような感触をおぼえる、ぶ厚いペルシャ製のシャギーとジュウタンがしきつめられている。
 特注のテーブル、椅子、サイドボード、記帳台……すべてが“一流”好みの沼田の趣向によるものばかりだ。
 記帳台ひとつとってみても、皇居で天皇がお使いになっているものを「はるかにしのぐもの」というふれこみの、1000万円もしたという高価なものだ。
 それだけではない。南側に面した執務室の隣と北西の角部屋には、白木をふんだんに使った最高級の和室になっていて、大きな掘りごたつも作られ、沼田がゆっくりとくつろぐための部屋になっている。
 空調設備も、7階だけはビル本体と切り離して、沼田の体質にあわせて操作できるように作り変えられていた。
 当初、この改装工事の見積もりは7億1600万円だったが、沼田好みの贅(ぜい)をつくすうちに、追加追加で2億円もオーバーし、たった1フロアを沼田専用に改装するために、総額9億円もの費用が投じられたのである。

【『小説 聖教新聞 内部告発実録ノベル』グループS(サンケイ出版、1984年)以下同】

 意外と知られていない書籍である。私も偶然知った。池田大作が沼田太作という仮名になっているが、登場人物の殆どがこんな調子で実名を少し変えただけの名前となっている。

「坊主丸儲け」とはよく言ったもので、税制を優遇されている宗教法人が贅沢(ぜいたく)三昧をするならば国民は課税を望むに違いない。創価学会員は真面目な人が多い。彼らが爪に火を灯すように蓄えてきたお金を喜捨し、教団トップが湯水のように散財する。まるで資本主義を絵に描いたような構図である。


 聖教新聞社に勤務する中堅幹部複数名が内部告発した体裁となっているがもちろん正体は不明だ。ただし詳細に渡る内部情報を鑑みると極めて妥当性が高い。他の関連本に引用されていないのが不思議なほどである。例えば上記テキストでも天皇に「陛下」という敬称を付けていないところがいかにも学会員らしい(笑)。

 沼田の原稿は、ふつう、下書きを専門にしている文書課の者が元になる原稿を書く。それを第一庶務(沼田の秘書室)を通して沼田に提出するのである。
 聖教新聞に随時連載している『忘れ得ぬ同志』をはじめ、月刊誌『潮』などに掲載される沼田の原稿は、その大半が文書課所属の編集メンバーの手によるものだ。
 沼田の原稿を代作する編集メンバーには、聖教新聞社別館の4階にある専用室が与えられている。専用室には、沼田がこれまでに“書いた”著作類がそろえられており、歳時記などの参考文献がズラリとならんでいる。すぐ下の2階、3階は聖教新聞の資料室だ。編集メンバーは必要に応じて、資料室から資料をふんだんに持ち出し、これまでの沼田の著作物との間に、内容や文体上、矛盾や違和感がないように心をくばりながら、執筆に当たるのである。
 こうして元原稿ができあがる。
 原稿の内容が核軍縮問題など、国際政治への提言といったようなものであった場合は、論説委員長の松原正がアンカー役としてチェック、そのうえで第一庶務に渡すのである。日常的な学会内部に関する原稿の場合は、編集局長の佐川祐介がアンカーを務めている。

 ゴーストライターの実態については更に詳しく述べられている。

 沼田の一般的な文章は、聖教新聞の文書課のメンバーがすべて代筆していたが、思想的なものや教学に関するものなどは、彼ら教学畑の人間たちがそのほとんどを代筆していた。
 昭和45年に沼田が出した『私の人生観』は、全文桐谷康夫の書き下ろしだったし、50年発刊の『法華経を語る』は、原山直と野川弘元と沼田の対話集という形になっているが、実際は、そのほとんどを野川が書いたものだ。そのくせ本の著作者は沼田一人だけになっている。
 また、沼田がこれまで自分の勲章のように自慢してきた、トインビー博士との対話集『二十一世紀への対話』も、実は沼田自身はまったくタッチしていないのと同じだった。
 沼田は47年にトインビー博士とたしかに対面はしたのだが、そこで出た話はほんのあいさつ程度。ところが、沼田としてはとにかく実際に合ったという事実をなんとか利用して、自分のステイタスを高めるPRのために使いたいと思い、桐谷に「対話集を作れ」と命じたのだった。
 しかし、トインビー博士と沼田太作の間には、つっこんだ“対話”など実際には行われてはいない。そこで桐谷は、長文の書簡をトインビー博士との間で交わし、それを対談形式にまとめあげたのである。
 もちろん桐谷とて、一人で世界有数の知性であるトインビー博士と“対等”に渡りあえるわけがない。実際には、これもまた野川と現在SGI(創価学会インターナショナル)グラフの編集長をしている麻生孝也、それに聖教新聞社会部長の吉田雄哉らが学会本部3階の一室に1年以上も閉じこもり、ぼう大な数の本や資料を参考にしながら書いたものを、桐谷がまとめて書簡という形にしたのだった。

 実際に池田が書いているのは句歌の類いのみという。こうなると大川隆法の霊言を嘲笑うわけにはいかない。過去にもゴーストライター説はあったが推測や風説でしかなかった。ここまで具体的に言及した例はない。尚、『二十一世紀への対話』は池田の代表的な著作でかつて東北のローカル紙が一面コラムで絶賛したこともある。

 一読して伝わってくる雰囲気は昭和期の創価学会が池田崇拝主義に陥っていない事実である。職員の間では平然と池田批判がまかり通っていた。ところが1979年(昭和54年)に会長を勇退した池田は、平成に入り日蓮正宗との抗争をテコに再び権力を手中にした。

 学会本部の中枢にいる幹部は当然こうした事実を知っていることだろう。とすると偽りの姿に目をつぶってもついてゆきたいほどの人間的な魅力があるか、あるいは何らかの見返りがあるのだろう。かつて諫言したことのある人物は元教学部長の原島嵩〈はらしま・たかし〉ただ一人である。

 創価学会が毎年財務で集める金額は2000~3000億円で総資産は10兆円に上る。学会員の経済的負担は1970年代後半から増大し始めた。書籍の購入や聖教新聞の多部数購読も目に余る。かつて「拝み屋」と呼ばれた学会員は現在、「選挙屋」「新聞屋」に変貌してしまった。

 創価学会というフィクションにはまだ力がある。しかしながらかつて「宗教革命」を標榜して世直しに挑んだ情熱は翳(かげ)りを帯びている。

小説 聖教新聞―内部告発実録ノベル
グループS
サンケイ出版
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2017-08-05

Better Days~Consolidation Song


 Def Techにとっては事実上のデビュー曲といっても過言ではない曲だ(2004年)。ファーストアルバムを出す前年のこと。



Better Days feat. Def Tech
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テクニカル分析で有効性が証明されたものはひとつもない/『週末投資家のためのカバード・コール』KAPPA


『先物市場のテクニカル分析』ジョン・J・マーフィー
『一目均衡表の研究』佐々木英信

 ・テクニカル分析で有効性が証明されたものはひとつもない

・『なぜ専門家の為替予想は外れるのか』富田公彦
・『なぜ投資のプロはサルに負けるのか? あるいは、お金持ちになれるたったひとつのクールなやり方』藤沢数希

 ついでにテクニカル分析について一言だけ述べます。初めて投資をする個人投資家の多くは、最初にテクニカル分析の本を手に取ります。テクニカル分析で有効性が証明されたものは、事実上、ひとつもないにもかかわらず、今でもテクニカル分析の本が存在しているということは、人間が進化の過程で獲得してきた優れた認知能力とその後の学習によって、何もないところに、パターンを見つけてしまう、あるいはパターンを見つけようとするからでしょう。テクニカル分析から得られるものは何もありません。

【『週末投資家のためのカバード・コール』KAPPA(パンローリング、2013年)】

 衝撃的な内容である。富田本によれば2001年以降、テクニカル分析をしているプロは一人もいないという。著者のKAPPAは東大卒の現役医師。「予想はよそう」との一言が重い。

 推論という認知システムがパターンというフィクション(虚構)を作り上げてしまうのだ。ヒトの脳は単調さに耐えることができない。

 それでも尚、過去の値動きはチャートに頼らざるを得ない。しかも多くの投資家がテクニカル分析を行っている以上、フィクションは共有されていると考えてよかろう。

 やはりランダム・ウォーク理論が正しいのか。とすると個人投資家が行っているのは酔っ払いの千鳥足が次に下ろされる場所を当てずっぽうで推測しているだけのことだ。

 実際は自分がやるか金融機関がやるかの違いがあるだけなのだが。

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池田大作の実像/『杉田』杉田かおる


『カルト村で生まれました。』高田かや
『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』米本和広
『カルトの子 心を盗まれた家族』米本和広
『ドアの向こうのカルト 九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』佐藤典雅

 ・池田大作の実像

『小説 聖教新聞 内部告発実録ノベル』グループS
『乱脈経理 創価学会 VS. 国税庁の暗闘ドキュメント』矢野絢也

『月の砂漠』(ママ/正しくは『月の沙漠』)以来、身近で接することはあったが、いつも緊張していて、わたしは一言も話すことができなかった。そもそもこちらから声をかけるなど、とんでもなく畏れ多いこと、彼こそは雲の上の人であった。
 食事が始まった。その席上、最高指導者が、「男はうそつきだから気をつけろ」とか「先々代の最高指導者は金儲けが下手だった」とか、あまりにも俗っぽい話題を出すので、わたしは自分の耳を疑った。何かの間違いだろうとまで思った。
 が、そんな疑問など吹っ飛ぶような出来事が続いて起こった。デザートにメロンが出たのである。一皿に半月形に切ったメロンが載っていた。なんの変哲(へんてつ)もないメロンだと思って見ていた。すると、最高指導者がいった。
「このメロンは天皇陛下と私しか食べられない」
 はあ? という目でわたしはメロンを見た。そんなに貴重なメロンなんだ。と、彼はそのメロンをひとさじすくいとって口に含んだ。そして、「みんなにも食べさせてあげたい」といった。わたしは、同じメロンがみんなの前にも出てくるものと期待し、貴重なメロンをみんなと分かち合おういう彼の思いやりに心が動かされた。
 ところが、彼はその食べかけのメロンを隣の席の人に渡した。うやうやしく受け取った人は、同じスプーンで同じようにすくって口に入れた。そしてまた隣の人へ。スプーンをしゃぶるようにする中年の幹部もいた。
 悪夢のようだった。最高指導者にすれば、善意かもしれないが、わたしにはただ気持ち悪さが背筋を走った。その順番がわたしにも近づいてくる。どうしよう、どうしよう。動揺が顔に出てしまったらしい。隣の女性がわたしを睨(にら)みつけた。そうこうするうちに、ついにわたしのところへ恐怖のメロンが来た。もうほとんど食べつくされて、更には果汁がどろんとよどんでいた。
 わたしは覚悟を決めて、皮に近いところを少しだけすくった。ところが、スプーンがすべって、ほんのすこしのつもりが、結構な量がすくえてしまった。うまくいかないものだ。周囲は注目している。わたしは目をつぶって、味わわないように素早く飲み込んだ。
 お下げ渡しと称して、こんなばかげた不潔なことをさせるのが、最高指導者なのか。わたしの中で少しずつ不信感が芽生えていく。

【『杉田』杉田かおる(小学館、2005年)】

 過去に「『月の砂漠』(ママ)を歌いなさい」「ヘタクソだねえ。もう一度歌いなさい」というやり取りがあった。池田大作に心酔していた杉田は「それでも嬉しかった」と振り返る。

 私の世代だと杉田かおるはチー坊役で知られる。


 その後『3年B組金八先生』、『池中玄太80キロ』とキャリアを積み上げ、歌(「鳥の詩」)もヒットした。ヘアヌード写真集でも話題をさらった。2000年からはバラエティ番組にもよく登場した。傍(はた)から見ると順風満帆の人生だが実生活は異なっていた。

 ネット上では創価学会告発本として取り上げられることが多い著作だが驚くほど面白かった。詐欺を繰り返す父親との愛憎、精神を病んだ母親との確執。創価学会で一級の活動家となったものの、池田大作の実像に幻滅し脱会するに至る。そして24時間100kmマラソンでは奇しくも「自分の過去そのもの」と言ってよいコースを走る。

 誤読しやすいと思われるが創価学会批判に目的があるわけではなく、ただ忠実に自らの体験を書いている。『杉田』とのタイトルは父親の姓で既に戸籍も変えたという。中年に差し掛かった女性が過去への訣別を綴る。あけすけ過ぎてやや病的に思えるほどだが嘘の臭いはない。結婚という幸せに向かって本書は結ばれているがその後破局している。

 日蓮の遺文に「一代の肝心は法華経、法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり。不軽菩薩の人を敬ひしはいかなる事ぞ。教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞ひにて候けるぞ。穴賢穴賢。賢きを人と云ひ、はかなきを畜といふ」(「崇峻天皇御書」建治3(1277)年9月11日、真蹟曽存)とある。食べかけのメロンを下げ渡す振る舞いに「賢さ」はない。

 佐藤典雅著『ドアの向こうのカルト 九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』と併読すれば直ちにわかるが、姿勢としては杉田かおるの方が上だ。佐藤は被害者の立場に甘んじているが、杉田は自分の選択に責任を持っている。

 しかしながら、やはりエホバ信者には佐藤本が受け入れらないだろうし、創価学会員なら杉田本を拒絶することだろう。信仰は事実を歪める。もしも事実を認めれば別のフィクション(物語)が必要となる。

 尚、別の書籍によれば池田は北條浩第四代会長に対し、唐辛子で真っ赤にした蕎麦を「食べよ」と命じたエピソードもある。弟子の忠誠心を試すのは疑心暗鬼によるものか。

 それでも尚、数百万人もの信者が池田を敬愛している事実を軽んじてはならないだろう。創価学会が日本最大のマンモス教団となり得たのは「下位集団の社会化」に成功したためであろう。

杉田
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杉田 かおる
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ユーミンのフランス語カバー/『ルージュの伝言+ANNIVERSARY』キャロル・セラ


「瞳を閉じて」

 ・ユーミンのフランス語カバー

 1991年に発売された『ルージュの伝言』と、その後に出した『ANNIVERSARY』というアルバムの組み合わせ(全20曲)で2000円を切るとは恐れ入谷の鬼子母神である。

 ヒキガエルみたいなユーミンの声も魅力的だが、このフレンチポップスの軽やかさには全く別物の魅力がある。アレンジも隙(すき)がない。軽さが薄さにつながっていないところがミソ。初めてFM放送で聴いた時は妙な懐かしさを覚えたが、直ぐにユーミンの曲だとは気づかなかった。尚、廃盤となったが竹内まりやのカバーアルバムもある。






GOLDEN☆BEST/キャロル・セラ ルージュの伝言+ANNIVERSARY
キャロル・セラ
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Saison d'amour
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キャロル・セラ
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2017-07-27

ディープ・フォレスト~ソロモン諸島の子守唄


Difang(ディファン/郭英男)の衝撃
『台湾高砂族の音楽』黒沢隆朝

 ・ディープ・フォレスト~ソロモン諸島の子守唄




 ある動画のBGMに使用されていたのを聴き、「これは!」と背筋を電流のようなものが走った。少し調べても曲名がわからなかったため動画の主にコメントで直接尋ねた。ディープ・フォレストというフランスのユニットで、ソロモン諸島の子守唄をサンプリングしていることが判った。さすがフランスである。りんけんバンドやKOKIAを高く評価しているだけのことはある。



 ソロモン諸島の人種構成はメラネシア人(人種的にはモンゴロイドと混血したオーストラロイド系の民族)が93%となっている。ネグロイドとは異なるようなので「黒い黄色人種」と考えてよいのかもしれない。

 それにしてもどうだ。完全にブヌン族(台湾原住民)の調べと一致している。この優しい子守唄の旋律こそがアジアの謡(うたい)の原像とすら思える。この手の音楽を私はアジアン・フォルクローレと呼びたい。尚、CDは既に生産されていないためデジタルミュージックのリンクを貼りつけておく。

Deep Forest
Deep Forest
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Record Union (2017-05-30)

2017-07-26

西岡昌紀著『アウシュウィッツ『ガス室』の真実/本当の悲劇は何だったのか』~第一章「マルコポーロ」廃刊事件


アウシュウィッツ「ガス室」の真実―本当の悲劇は何だったのか?
西岡 昌紀
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エネルギーを使えばつかうほど時間が早く進む/『「長生き」が地球を滅ぼす 現代人の時間とエネルギー』本川達雄


『ゾウの時間ネズミの時間 サイズの生物学』本川達雄
『裏切り』カーリン・アルヴテーゲン

 ・エネルギーを使えばつかうほど時間が早く進む

 生物では、時間の早さはエネルギー消費量で変わってくる。エネルギーを使えばつか(ママ)うほど、時間が早く進むのである。
 この関係は、人間の一生にも当てはまるし、社会生活の時間にも当てはまると本書ではみなす。
 時計の時間なら、一定の速度で進んで行き万物共通。でも、現実の時間は、早くなったり遅かったりする。車やコンピュータを使えば時間は早くなる。車はガソリンを食う。道路をつくるにはエネルギーがいる。だからエネルギーを大量に使い時間を早めているのが現代なのだと本書では考える。
 そう考えると、現代社会がハッキリと見えてくる。時は金なり。ビジネスは時間を操作して金を稼いでいるのである。だからこそドッグイヤーになっていくのである。現代社会を理解するには、時計の時間だけでは不十分なのだ。
 エネルギーを使うことにより時間が変わる、ということは、時間とは自分で操作できるものなのだ。
 こう考えると、すごく自由になった気がしないだろうか。時間に縛られた日本人。時間の奴隷のような気分から解放され、生き方が変わるだろう。
 生物においてはエネルギーを使えば時間が進むのだが、これは、生物がエネルギーを使って時間をつくり出しているのだと私は解釈している。エネルギーとは働くこと。つまり、働いて仕事をすると時間が生み出されてくるのが生物の時間なのである。

【『「長生き」が地球を滅ぼす 現代人の時間とエネルギー』本川達雄(阪急コミュニケーションズ、2006年/文芸社文庫、2012年/1996年、NHKライブラリー『時間 生物の視点とヒトの生き方』改題)】

 中学生の頃から抱いていた疑問が完全に氷解した。ひとたび抱いた疑問を私が手放すことはない。アインシュタインの相対性理論がわかった気になりながら、時間とエネルギーの相対性に気づかぬところが凡人の悲しいところだ。

 昨日私は「速度は空間を圧縮する」と書いたが、それは「時間が早く進む」ことを意味していたのだ。

 結局文明は光の速度を追い続けるのだろう。光速度において時間は流れない。光は常に新しく、そして永遠だ。

2017-07-25

魂の到着を待つスー族/『裏切り』カーリン・アルヴテーゲン


『罪』カーリン・アルヴテーゲン
『喪失』カーリン・アルヴテーゲン

 ・魂の到着を待つスー族

『「長生き」が地球を滅ぼす 現代人の時間とエネルギー』本川達雄

 彼女はアメリカ先住民のスー族のことを思った。1950年代、彼らは大統領との会見のためにノース・ダコタにある先住民居住地から飛行機に乗せられた。ジェット機は彼らを数千キロ離れているワシントンDCまで運んだ。首都の空港到着ロビーに足を踏み入れた彼らは床に座り込んだ。待機しているリムジンへどんなに勧めても無駄だった。彼らはそのまま1ヵ月その場に座り続けた。飛行機に乗せられて運ばれたからだと同じ速さで移動することができない魂を待っていたのだった。30日後、彼らはやっと大統領に会う用意ができた。
 もしかすると、わたしたちに必要なのはそれではないだろうか? 生活をなんとか全部機能させようと必死に努力をする、ストレスいっぱいのわたしたち。わたしたちは腰を下ろして、ゆっくりするべきではないのだろうか。だが、わたしたちはすでに腰を下ろしているのだ。魂の到着を待つためにではなく、居間でそれぞれが自分のコーナーに座る。なんのために? テレビでお気に入りのドラマを心ゆくまで見るために。ほかの人間たちの欠点や短所を笑い、人間関係の失敗を楽しむのだ。いったいどこまで愚かなのだろう? そして自分自身の行動を反省するのを避けるために、面白くなくなったらすぐにチャンネルを変える。離れたところではほかの人間たちを批評するほうがずっと楽なのだ。

【『裏切り』カーリン・アルヴテーゲン:柳沢由実子〈やなぎさわ・ゆみこ〉訳(小学館文庫、2006年)】

 夫婦の擦れ違いを描いたサスペンスである。一度挫けているのだが、このテキストを探すために再読したところ一気に読み終えた。やはり読書は知的体調に左右されるのだろう。カーリン・アルヴテーゲンの第3作目でここまではハズレなし。

 私がインディアンや台湾原住民に憧れるのは彼らに自然な進化の度合いを感じるためだ。ヒトは文明を手に入れ、そして逞しい生命力を失った。国家は人間を社員(≒納税者)に変えてしまった。もちろんインディアンを理想視するつもりはない。一部に暴力的な衝突があったことも確かである。それでも彼らが有する「人間の貌(かお)」に私は惹(ひ)かれる。

 平仮名が多すぎて読みにくい文章だ。せめて「からだ」は漢字表記にすべきだ。ボーっとしていると助詞のように読めてしまう。

 時間論として捉えると面白味が一段と増す。スー族は文明の不自然さを嫌ったのだろう。私も若い頃から乗り物のスピードが人生に及ぼす影響について考え続けてきた。走るスピードを超えた時、何かが変わるはずだ。速度は空間を圧縮する。とすれば小規模な双子のパラドックスが起こると考えてよかろう。スー族は人間の分際を弁えていた。

 私の疑問については本川達雄が見事に答えてくれている。次回紹介する予定。

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2017-07-24

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