2017-07-27

ディープ・フォレスト~ソロモン諸島の子守唄


Difang(ディファン/郭英男)の衝撃
『台湾高砂族の音楽』黒沢隆朝

 ・ディープ・フォレスト~ソロモン諸島の子守唄




 ある動画のBGMに使用されていたのを聴き、「これは!」と背筋を電流のようなものが走った。少し調べても曲名がわからなかったため動画の主にコメントで直接尋ねた。ディープ・フォレストというフランスのユニットで、ソロモン諸島の子守唄をサンプリングしていることが判った。さすがフランスである。りんけんバンドやKOKIAを高く評価しているだけのことはある。



 ソロモン諸島の人種構成はメラネシア人(人種的にはモンゴロイドと混血したオーストラロイド系の民族)が93%となっている。ネグロイドとは異なるようなので「黒い黄色人種」と考えてよいのかもしれない。

 それにしてもどうだ。完全にブヌン族(台湾原住民)の調べと一致している。この優しい子守唄の旋律こそがアジアの謡(うたい)の原像とすら思える。この手の音楽を私はアジアン・フォルクローレと呼びたい。尚、CDは既に生産されていないためデジタルミュージックのリンクを貼りつけておく。

Deep Forest
Deep Forest
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Record Union (2017-05-30)

2017-07-26

西岡昌紀著『アウシュウィッツ『ガス室』の真実/本当の悲劇は何だったのか』~第一章「マルコポーロ」廃刊事件


アウシュウィッツ「ガス室」の真実―本当の悲劇は何だったのか?
西岡 昌紀
日新報道
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エネルギーを使えばつかうほど時間が早く進む/『「長生き」が地球を滅ぼす 現代人の時間とエネルギー』本川達雄


『ゾウの時間ネズミの時間 サイズの生物学』本川達雄
『裏切り』カーリン・アルヴテーゲン

 ・エネルギーを使えばつかうほど時間が早く進む

 生物では、時間の早さはエネルギー消費量で変わってくる。エネルギーを使えばつか(ママ)うほど、時間が早く進むのである。
 この関係は、人間の一生にも当てはまるし、社会生活の時間にも当てはまると本書ではみなす。
 時計の時間なら、一定の速度で進んで行き万物共通。でも、現実の時間は、早くなったり遅かったりする。車やコンピュータを使えば時間は早くなる。車はガソリンを食う。道路をつくるにはエネルギーがいる。だからエネルギーを大量に使い時間を早めているのが現代なのだと本書では考える。
 そう考えると、現代社会がハッキリと見えてくる。時は金なり。ビジネスは時間を操作して金を稼いでいるのである。だからこそドッグイヤーになっていくのである。現代社会を理解するには、時計の時間だけでは不十分なのだ。
 エネルギーを使うことにより時間が変わる、ということは、時間とは自分で操作できるものなのだ。
 こう考えると、すごく自由になった気がしないだろうか。時間に縛られた日本人。時間の奴隷のような気分から解放され、生き方が変わるだろう。
 生物においてはエネルギーを使えば時間が進むのだが、これは、生物がエネルギーを使って時間をつくり出しているのだと私は解釈している。エネルギーとは働くこと。つまり、働いて仕事をすると時間が生み出されてくるのが生物の時間なのである。

【『「長生き」が地球を滅ぼす 現代人の時間とエネルギー』本川達雄(阪急コミュニケーションズ、2006年/文芸社文庫、2012年/1996年、NHKライブラリー『時間 生物の視点とヒトの生き方』改題)】

 中学生の頃から抱いていた疑問が完全に氷解した。ひとたび抱いた疑問を私が手放すことはない。アインシュタインの相対性理論がわかった気になりながら、時間とエネルギーの相対性に気づかぬところが凡人の悲しいところだ。

 昨日私は「速度は空間を圧縮する」と書いたが、それは「時間が早く進む」ことを意味していたのだ。

 結局文明は光の速度を追い続けるのだろう。光速度において時間は流れない。光は常に新しく、そして永遠だ。

2017-07-25

魂の到着を待つスー族/『裏切り』カーリン・アルヴテーゲン


『罪』カーリン・アルヴテーゲン
『喪失』カーリン・アルヴテーゲン

 ・魂の到着を待つスー族

『「長生き」が地球を滅ぼす 現代人の時間とエネルギー』本川達雄

 彼女はアメリカ先住民のスー族のことを思った。1950年代、彼らは大統領との会見のためにノース・ダコタにある先住民居住地から飛行機に乗せられた。ジェット機は彼らを数千キロ離れているワシントンDCまで運んだ。首都の空港到着ロビーに足を踏み入れた彼らは床に座り込んだ。待機しているリムジンへどんなに勧めても無駄だった。彼らはそのまま1ヵ月その場に座り続けた。飛行機に乗せられて運ばれたからだと同じ速さで移動することができない魂を待っていたのだった。30日後、彼らはやっと大統領に会う用意ができた。
 もしかすると、わたしたちに必要なのはそれではないだろうか? 生活をなんとか全部機能させようと必死に努力をする、ストレスいっぱいのわたしたち。わたしたちは腰を下ろして、ゆっくりするべきではないのだろうか。だが、わたしたちはすでに腰を下ろしているのだ。魂の到着を待つためにではなく、居間でそれぞれが自分のコーナーに座る。なんのために? テレビでお気に入りのドラマを心ゆくまで見るために。ほかの人間たちの欠点や短所を笑い、人間関係の失敗を楽しむのだ。いったいどこまで愚かなのだろう? そして自分自身の行動を反省するのを避けるために、面白くなくなったらすぐにチャンネルを変える。離れたところではほかの人間たちを批評するほうがずっと楽なのだ。

【『裏切り』カーリン・アルヴテーゲン:柳沢由実子〈やなぎさわ・ゆみこ〉訳(小学館文庫、2006年)】

 夫婦の擦れ違いを描いたサスペンスである。一度挫けているのだが、このテキストを探すために再読したところ一気に読み終えた。やはり読書は知的体調に左右されるのだろう。カーリン・アルヴテーゲンの第3作目でここまではハズレなし。

 私がインディアンや台湾原住民に憧れるのは彼らに自然な進化の度合いを感じるためだ。ヒトは文明を手に入れ、そして逞しい生命力を失った。国家は人間を社員(≒納税者)に変えてしまった。もちろんインディアンを理想視するつもりはない。一部に暴力的な衝突があったことも確かである。それでも彼らが有する「人間の貌(かお)」に私は惹(ひ)かれる。

 平仮名が多すぎて読みにくい文章だ。せめて「からだ」は漢字表記にすべきだ。ボーっとしていると助詞のように読めてしまう。

 時間論として捉えると面白味が一段と増す。スー族は文明の不自然さを嫌ったのだろう。私も若い頃から乗り物のスピードが人生に及ぼす影響について考え続けてきた。走るスピードを超えた時、何かが変わるはずだ。速度は空間を圧縮する。とすれば小規模な双子のパラドックスが起こると考えてよかろう。スー族は人間の分際を弁えていた。

 私の疑問については本川達雄が見事に答えてくれている。次回紹介する予定。

裏切り (小学館文庫)
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K・アルヴテーゲン
小学館
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2017-07-24

靴下を探す


 何とはなしに「いい靴下が欲しいな」と思い、散々探し回ったので記録しておく。安いのから順番で買ってゆく予定である。一部送料が掛かる商品を含む。









シンエイ産業 鬼底靴下 指付 黒×赤 4足組 SS-362-4P
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2017-07-23

“芯の堅い”利他主義と“芯の柔らかい”利他主義/『人間の本性について』エドワード・O ウィルソン


『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール
『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール
『生き残る判断 生き残れない行動 大災害・テロの生存者たちの証言で判明』アマンダ・リプリー

 ・“芯の堅い”利他主義と“芯の柔らかい”利他主義

・『モラルの起源 道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか』クリストファー・ボーム
『宗教を生みだす本能 進化論からみたヒトと信仰』ニコラス・ウェイド

 この奇妙な選択性を理解し、人間の利他行動にまつわる謎を解くためには、我々は、協力的な行動の二つの基本的な形態を区別しておかねばならない。まず第一に、利他的な行動は、非理性的な形で、一方的に行使されることがある。この場合行為者は、意識の上で等価的見返え(ママ)りを望んでいないばかりでなく、同時に、無意識的な振舞いにおいても、結果としてそういった報いを望むのと同じ効果を示すような行動は、示さないのである。このような形態の行動を私は、“芯の堅い”利他主義 hard-core altruism と呼んでいる。これは、子供期以後の社会的賞・罰によっては、あまり影響を受けない一群の反応である。仮にこのような行動が見られるならば、それはおそらく、血縁選択、すなわち、競争関係にある家族または部族そのものを単位として作用する自然選択に基づいて進化したものと考えられる。“芯の堅い”利他主義は、非常に近縁な血縁者に向けられるものであり、相手との近縁の程度が薄まるに従って、その出現頻度や強度は急激に減少するものと予想される。これに対してもう一つ、“芯の柔らかい”利他主義 soft-core altruism と呼ぶべきものがあり、こちらは本質的には利己的な行為である。この場合、“利他的行為者”は、社会が、彼自身あるいはそのごく近縁な親族に、お返しをしてくれることを期待しているからである。彼の善行は損得計算に基づいており、この計算は、しばしば完全に意識的な形で実行されている。彼は、うんざりする程複雑な、各種の社会的拘束や社会的要請をうまく活用しながら、あの手この手を行使するのである。“芯の柔らかい”利他主義の能力は、主として個体レベルの自然選択に基づいて進化したものと考えられ、同時に、文化進化のきまぐれな変動にも大幅な影響を受けているものと思われる。“芯の柔らかい”利他行動の心理学的媒介項となるのは、嘘、見せかけ、欺瞞などである。欺瞞には自己欺瞞も含まれている。自分の振舞いに嘘いつわりはないと信じ込んでいる行為者は、最も強い説得力を示すだろうからである。

【『人間の本性について』エドワード・O ウィルソン:岸由二〈きし・ゆうじ〉訳(思索社、1980年思索社新装版、1990年/ちくま学芸文庫、1997年)】

 旧ブログの抜き書きを削除してこちらに移す。再読して痛感したのだが、やはり「第7抄 利他主義」が本書の白眉である。

 2009年に読んであっさりと挫けたのだが、昨年何とか読了した。私にとっては忘れ難い読書道のメルクマール(指標)となった一冊である。エドワード・オズボーン・ウィルソン(1929-)は昆虫学者で社会生物学を提唱したことで知られる。

「情けは人の為ならず巡り巡って己(おの)が為」という。親切な行為には何らかの自己犠牲が伴うものだが時に疲労を覚えることがある。裏切られることも決して少なくない。「巡り巡って己(おの)が為」をエゴイズムと捉える向きもあるようだがそうではない。利他とは自分を取り巻く環境に正義や公正を実現する営みなのだ。困っている者や弱い者、打ちひしがれた者を助けるのは当たり前だ。躊躇(ちゅうちょ)や逡巡が入り込む隙(すき)はない。

「“芯の堅い”利他主義」とは例えば我が子が目の前で溺れた時に発揮される行動であろう。それに対して「“芯の柔らかい”利他主義」とは文化的・社会的・宗教的価値観に基づく判断と考えられる。殉教や自爆テロなど。

 因(ちな)みに仁義の仁とは自分と近しい人に施す情愛で、義は距離に関係なく示される正義のこと。

 このテキストだけではわかりにくいと思うが、冒頭の「奇妙な選択性」とは国際社会で無視された大量虐殺を示している。中東の例を出してインディアン虐殺を出さないところがいかにもアメリカ人らしい。

 利他主義を相対的に捉えるのはウィルソンの「暫定的な理神論」という立場とも関係があるのかもしれない。

“芯の堅い”と“芯の柔らかい”は先天的・後天的に置き換えることも可能だろう。ところが私の育った家庭を振り返るとこれに該当しない。全く困ったものである。父は惜しみなく弱者を助ける性質で少々大袈裟にいってしまえば英雄的気質があった。ただし立派な父親ではなかった。私は長男だが物心ついてから会話らしい会話をした記憶がない。極端に正義感が強いと家庭を省みることが少なくなる。つまり父や私に関しては“芯の堅い”利他主義は存在しない。むしろ逆で血縁関係を軽んじるところがある。

 日本において核家族化が急速に進んだのは私が生まれた1963年(昭和38年)のこと。出生率のピークは10年後の1973年(昭和48年)で209万人(出生率 2.14)となっている。核家族・少子化の影響も考慮する必要があるだろう。

「義を見てせざるは勇無きなり」(『論語』「為政」)という。「弱きを助け強きを挫く」のは当然だ。利他行動を失えばもはや動物である。その意味からも社会機能を正常に維持するためには窃盗や詐欺などの犯罪には厳罰を課すべきだ。特に振り込め詐欺を放置してきた警察・銀行・政府与党の責任は重い。

人間の本性について (ちくま学芸文庫)
エドワード・O ウィルソン
筑摩書房
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