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2022-01-25

アイコンとは/『コンピュータ妄語録』小田嶋隆


『我が心はICにあらず』小田嶋隆
『安全太郎の夜』小田嶋隆
『パソコンゲーマーは眠らない』小田嶋隆
『山手線膝栗毛』小田嶋隆
『仏の顔もサンドバッグ』小田嶋隆

 ・アナログの意味
 ・アイコンとは

『「ふへ」の国から ことばの解体新書』小田嶋隆
『無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ』小田嶋隆
『罵詈罵詈 11人の説教強盗へ』小田嶋隆
『かくかく私価時価 無資本主義商品論 1997-2003』小田嶋隆
『イン・ヒズ・オウン・サイト ネット巌窟王の電脳日記ワールド』小田嶋隆
『テレビ標本箱』小田嶋隆
『テレビ救急箱』小田嶋隆

【アイコン】Icon

(中略)このIconなる英語は、実は、「イコン」すなわち、ギリシア正教でいうところの「聖母像や殉教者の肖像画」と語源を同じくしている。
 つまり、キリスト教圏に住む英語国民にとって「アイコン」は、相当に宗教味を帯びた言葉なのである。
 であるからして、漢字および仏教文化圏に住む者の一人として、私は、思い切って「アイコン」を「曼陀羅」と訳してみたい衝動に駆られるのであるが、そういうことをして業界に宗教論争を持ち込んでも仕方がないので、このプランはあきらめよう。
 さて、「イコン」は、聖書主義者あるいはキリスト教原理主義者の立場からすると、卑しむべき「偶像」である。
 彼らは、イコンに向かってぬかづいたりする人間を「アイコノクラスト(偶像崇拝者)」と呼んで、ひどく軽蔑する。なぜなら、偶像崇拝者は、何物とも比べることのできない絶対至高の存在である神というものを、絵や彫像のような卑近な視覚対象として描写し、そうすることによって神を貶め、冒涜しているからだ。しかも、偶像崇拝者は、もっぱら神の形にだけ祈りを捧げ、神のみ言葉に耳を傾けようとしない愚かな人間たちだからだ。
 ……ってな調子で、融通のきかない原理主義の人々はコ難しいことを言っているが、一般人は、ばんばん偶像崇拝をしている。
 結局、偶像は、迷える仔羊たちに「神」を実感させる道具として有効なのだ。というよりも、形を持たないものに向かって祈ることは、並みの人間にはなかなかできないことなのである。

【『コンピュータ妄語録』小田嶋隆〈おだじま・たかし〉(ジャストシステム、1994年)】

 曼陀羅(※本来は曼荼羅と書くのが望ましい)よりも「御真影」の方が近いだろう。かつて昭和20年(1945年)の敗戦まで、学校には奉安殿(ほうあんでん)があり天皇・皇后両陛下の肖像写真が安置されていた。宮内庁から貸与されていたため、戦災や火事などで焼失させるわけにいかず焼け死んだ校長もいた。詳しい経緯は知らないのだが、たぶん教育勅語(1890年)の翌年あたりから貸与されたのだろう。

 仏教系の新興宗教でも曼陀羅や仏像に対して御真影同様に接する人々がいる。息が掛からないようにとか、お尻を向けないとか。

 曼荼羅は神仏が集う姿や、仏教の宇宙観を示したもの。悟りを図示することはできないため、こうした姿になったのだろう。

 図像はわかりやすいがゆえに情報の抽象度が低くなる。偶像は英語で「アイドル」と言う。そう。オタク連中が好むあの「アイドル」だ。頭のネジが1本緩んだ純粋な若者がいたとしよう。彼は大好きなアイドルのポスターに向かって今日一日の出来事を語り、軽く口づけをしてベッドに入る。朝食もポスターの前で食べる。もちろん食べるのはアイドルの好物だ。「じゃ、行ってくるね。今日は残業で少し遅くなるから」と言って彼はアパートのドアを閉める。こうなるとアイドルのポスターはただのポスターではなくなっている。彼にとっては確かな存在であり、実存として機能するのだ。

 そう考えると仏像や曼荼羅を拝むことのおかしさが見えてこよう。仮に生身のブッダを拝んだところで悟りは開けない。ま、当たり前の話だ。つまり、拝む・祈るという行為は「瞑想の割愛を肯定する」のである。自分の像が後世になって拝まれていることを知れば、ブッダは一笑に付したことだろう。

 現代社会における偶像は、地位・名誉・財産・学歴・家柄などなど。不要に頭を下げさせるのが偶像の効用である。高級車や高級腕時計もアイコンの役割を果たす。男なら心意気で勝負しろってえんだ。



日露友好の土壌/『なぜ不死鳥のごとく蘇るのか 神国日本VS.ワンワールド支配者 バビロニア式独裁か日本式共生か 攻防正念場!』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄

2020-12-22

プロパガンダ装置として作動するフェイスブック/『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー


・『トゥルーマン・ショー』ピーター・ウィアー監督
『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー
『一九八四年』ジョージ・オーウェル
『服従の心理』スタンレー・ミルグラム
『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー
『ソクラテスはネットの「無料」に抗議する』ルディー和子
SNSと心理戦争 今さら聞けない“世論操作”

 ・プロパガンダ装置として作動するフェイスブック

『アメリカ民主党の崩壊2001-2020』渡辺惣樹
『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー
『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』山本康正
『無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争』ポール・シャーレ
『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』矢野和男
『パーソナルデータの衝撃 一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった』城田真琴
『データ資本主義 ビッグデータがもたらす新しい経済』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、トーマス・ランジ
『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』藤井保文、尾原和啓
『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール
『快感回路 なぜ気持ちいいのかなぜやめられないのか』デイヴィッド・J・リンデン
『もっと! 愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』ダニエル・Z・リーバーマン、マイケル・E・ロング
『ストーリーが世界を滅ぼす 物語があなたの脳を操作する』ジョナサン・ゴットシャル

必読書リスト その五

  「デジタルコモンズ」一大拠点で進む社会の分断

 数億人ものアメリカ人がフェイスブックユーザーになっている。写真をシェアしたり、セレブをフォローしたりできる「楽しくて無害な場所」と思って。友人とつながり、ゲームやアプリで退屈しのぎをするのに「便利な場所」と思って。フェイスブックからは、「ここは人と人とをつなげてコミュニティーをつくる場所」との説明を受けている。実はここに落とし穴がある。同社が描くコミュニティーの世界では、同類が集まるコミュニティーが無数に誕生し、それぞれが隔離されているのだ。
 フェイスブックはユーザーを観察し、投稿を読み、友人との交流を調べる。そのうえでアルゴリズムを使ってユーザーをカテゴリー化し、デジタルコミュニティーをつくる。個々のデジタルコミュニティーを構成するのは、フェイスブックが「ルックアライク(類似した消費傾向や行動様式を持つユーザー)」と呼ぶ同類だ。もちろん目的はターゲティング広告。それぞれのカテゴリー用にカスタム仕様にしたナラティブを渡すわけだ。ユーザーの大半は自分が特定のカテゴリーに入れられているとは気付かないし、ほかのカテゴリーから切り離されているとも気付かない。当然のことながら、ルックアライクごとのカテゴリー化が進めば進むほど、社会がますます分断されていく。これがソーシャルメディアの実態だ。
 アメリカはソーシャルメディアを生誕地として、ニュースフィードやフォロワー、「いいね!」、者絵などで成り立つ「デジタルコモンズ(デジタル共有資源)」の一大拠点になった。気候変動は海岸線や森林、野生生物に少しずつゆっくりと影響を及ぼしており、全体像を把握するのは難しい。ソーシャルメディアも同じで、社会にどんな影響を及ぼしているのか、全体像は簡単には把握できない。
 それでも個別事例は確認できる。ソーシャルメディアが猛威を振るい、突如として国全体を揺るがすこともあるのだ。2010年代半ばのこと。フェイスブックはミャンマーに参入して急成長し、人口5300万人の同国であっという間に2000万人のユーザーを得た。同社のアプリはミャンマーで売られるスマホの多くにプリインストールされ、国民にとって主要なニュースソースになった。
 17年8月、フェイスブック上でヘイトスピーチが拡散した。イスラム系少数民族ロヒンギャを標的にし、「イスラム教徒のいないミャンマー」といったナラティブが流れたり、地域一帯の民族浄化を求める声が広がったりしていた。このようなプロパガンダを用意して拡散させたのは、情報戦を展開する軍部だった。ロヒンギャの戦闘員が警察施設を襲撃すると、ミャンマー軍はオンライン上での支持拡大をテコにして大規模な報復に出た。何万人にも上るロヒンギャ族を殺害したり、れいぷしたり、重傷を負わせたりしたのである。軍部以外も虐殺に加担し、フェイスブック上ではロヒンギャ攻撃を求める動きが強まる一方だった。ロヒンギャの村落が焼き払われ、70万人以上のロヒンギャ難民が国教を越えてバングラデシュに流れ込んだ。
 そんななか、フェイスブックはミャンマー内外の団体から繰り返し非難された。結局、やむにやまれず行動を起こした。自社プラットフォーム上からロヒンギャの反政府勢力を排除したのだ。ミャンマー軍と親政府勢力はそのままにして。当然ながらロヒンギャに対するヘイトスピーチはその後も拡散し続けた。国連はミャンマーの状況について「教科書に出てくるような民族浄化の典型例」と糾弾していたのに、フェイスブックの耳には届かなかったようだ。
 18年3月、国連はついに「ロヒンギャの民族浄化でフェイスブックは決定的役割を果たした」と結論した。フェイスブックはフリクションレス(ストレスがなくスピーディーという意味)な設計思想に基づいているから、ヘイトスピーチを信じられないようなスピードで拡散させ、暴力を助長する格好になった。これに対するフェイスブックの反応はよそよそしく、まさにオーウェリアン(全体主義的な監視社会)的だった。4万人の民族浄化に加担したと指摘されたのに、「われわれはヘイトスピーチや暴力的コンテンツの排除に全力で取り組んでいます。プラットフォーム上にはヘイトも暴力も入り込む余地はありません」との声明を出したのだ。これを読んで世界各地の独裁者はどう思っただろうか。独裁体制を維持するうえでフェイスブックほど頼りになる民間企業はない、と結論したのではないだろうか。
 インターネットの誕生によって素晴らしい世界が到来する――。最初はインターネットに対する期待は大きかった。人と人を隔てるバリアが取り払われ、突如として誰もが世界中の誰とでも話ができるようになるのだから。
 実際には違う世界が現れ、現実社会の問題を増幅させている。人々はソーシャルメディア上で何時間も過ごし、似たような思考や趣味を持つユーザーをフォローする。そのうち地区別にキュレーションされたニュース記事を読むようになる。キュレーションを行っているのはフェイスブックのアルゴリズムであり、アルゴリズムの唯一の“道徳規範”はクリックスルー率(インターネット広告の効果を測る指標)だ。
 これは何を意味しているのか。キュレーションされたニュース記事は一元的な価値観を前面に出し、ユーザーをクリック中毒のような極端な行動に走らせる。結果として起きるのが「認知セグリゲーション (隔離)」だ。ユーザーはそれぞれの「情報ゲットー」へ隔離され、その延長線上で現実社会の分断を引き起こす。フェイスブックが言う「コミュニティー」は、実は「ゲーテッドコミュニティー」なのだ。

【『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー:牧野洋〈まきの・よう〉(新潮社、2020年)】

 鈴木傾城〈すずき・けいせい〉のブログで「フェイスブックを使うと個人情報がバレバレになる」との記述を読み、私は直ちに撤収した。半年ほどしか使っていなかったこともあり特に不便は感じなかった。少し経ってGoogle+のサービスが終了した。SNS覇権を制したのはフェイスブック、ツイッター、インスタグラムで、フリッカーやタンブラーは出遅れた感がある。

 本書はロシアゲート問題の重要な証言である。クリストファー・ワイリーはカナダ生まれで、10代から選挙運動に関わってきたコンピュータプログラマーだった。マイクロターゲティングという手法を編み出し、アルゴリズムで「特定のグループに分類された人々の行動や興味・関心、意見等をデータ解析によって予見し、そこから彼らにとって最も効果的な反応を引き出すメッセージが発信される」(Wikipedia)。

 彼に目をつけたのがイギリスのケンブリッジ・アナティリカ社(以下CA社)でワイリーを引き抜き、ケニア大統領選挙でケニヤッタ陣営の選挙運動全般を請け負い、ハニートラップをも駆使して勝利に導いた。ナイジェリアの大統領選挙にも介入し実績を積み重ねた。

 15年発表の研究論文──執筆者はヨウヨウ、コシンスキー、スティルウェルの3人──によれば、人間行動の予測という点では、フェイスブックの「いいね!」を利用するコンピューターモデルは圧倒的なパフォーマンスをたたき出す。
 Aの行動を予測するとしよう。「いいね!」10個で、Aの職場の同僚よりも正確に予測できる。150個で、Aの家族よりも正確に予測できる。300個で、Aの配偶者よりも正確に予測できる。なぜこうなるのか? 友人や同僚、配偶者、両親はAの人生の一面しか見ていないからだ。

トランプ当選のためSNSから8700万人分の個人情報を抜き取った男の手口 巧妙な「性格診断アプリ」というワナ | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

 ワイリーはフェイスブック経由で「マイパーソナリティー」という性格診断アプリをダウンロードさせることで個人情報を掌握し、更には友人関係の情報まで芋づる式に掻き集めた。アメリカから風采の上がらない中年男性がやってきた。スティーブ・バノンである。バノンはCA社にロバート・マーサーと娘のレベッカを紹介した。アメリカ保守系の超タカ派で共和党の有力スポンサーだ。CA社はマイクロターゲティングを用いてトランプ陣営のバックアップに取り組む。ワイリーは知らなかったがCA社はロシアとも深い関係を結んでいた。

 フェイスブック社のデータ管理は元々杜撰な上、データ研究を推奨していた。フェイスブックはプログラマーからすれば十分過ぎる情報の宝庫であった。

 これを「心理戦版大量破壊兵器」と呼ぶのが適当かどうかは微妙だ。なぜなら「緻密なマーケティング」とも言い得るからだ。つまりマインド・ハッキング(原題は「Mindf*ck」)か誘導かがはっきりしないのだ。これをマインドハックとしてしまえば全ての宣伝広告はマインドハックになってしまう。

 文章が巧みでIQの高さが窺えるが、如何せん初めにトランプ批判ありきで妙な政治色を帯びている。トランプ批判が具体的であるのに対して、オバマを一方的に持ち上げるのは彼がゲイであるため民主党に肩入れしているようにしか見えない。

 オバマ政権に関しては北野幸伯〈きたの・よしのり〉が前半は駄目だったが、後半は米国にとってよい政権だったと指摘している。

 尚、訳者の牧野洋は武田邦彦を個人攻撃したファクトチェック・イニシアティブのアドバイザーを務めていることを付記しておく。



CNN.co.jp : トランプ大統領、駆け込みで恩赦と減刑 ロシア疑惑で有罪の2人も
行動嗜癖を誘発するSNS/『僕らはそれに抵抗できない 「依存症ビジネス」のつくられかた』アダム・オルター

2014-07-02

アルゴリズムが人間の知性を超える/『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル


『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
・『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
・『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン
・『人間原理の宇宙論 人間は宇宙の中心か』松田卓也
全地球史アトラス
『2045年問題 コンピュータが人類を超える日』松田卓也

 ・指数関数的な加速度とシンギュラリティ(特異点)
 ・レイ・カーツワイルが描く衝撃的な未来図
 ・アルゴリズムが人間の知性を超える

意識と肉体を切り離して考えることで、人と社会は進化する!?【川上量生×堀江貴文】
『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗
『トランセンデンス』ウォーリー・フィスター監督
『LUCY/ルーシー』リュック・ベッソン監督、脚本
『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド
『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー
『養老孟司の人間科学講義』養老孟司
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ
『文明が不幸をもたらす 病んだ社会の起源』クリストファー・ライアン

情報とアルゴリズム

 まず、われわれが道具を作り、次は道具がわれわれを作る。
  ──マーシャル・マクルーハン

【『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル:井上健〈いのうえ・けん〉監訳、小野木明恵〈おのき・あきえ〉、野中香方子〈のなか・きょうこ〉、福田実〈ふくだ・みのる〉訳(NHK出版、2007年)以下同】

 出たよ、マクルーハンが。本当にこの親父はもの思わせぶりな言葉が巧いよな。道具とはコンピュータである。

 われわれの起源を遡ると、情報が基本的な構造で表されている状態に行き着く。物質とエネルギーのパターンがそうだ。量子重力理論という最近の理論では、時空は、離散した量子、つまり本質的には情報の断片に分解されると言われている。物質とエネルギーの性質が究極的にはデジタルなのかアナログなのかという議論があるが、どう決着するにせよ、原子の構造には離散した情報が保存され表現されていることは確実にわかっている。

 波であれば連続的で、量子であれば離散的になる。既に時間も長さも最小単位が存在する(プランク時間プランク長)。

生い立ちから「ディジタル」…「量子論」

 生物の知能進化率と、テクノロジーの進化率を比較すると、もっとも進んだ哺乳類では、10万年ごとに脳の容量を約16ミリリットル(1立法インチ)増やしてきたのに対し、コンピュータの計算能力は、今現在、毎年おおよそ2倍になっている。

 指数関数的に技術革新が行われることで進化スピードを凌駕するのだ。

 これから数十年先、第5のエポックにおいて特異点が始まる。人間の脳に蓄積された大量の知識と、人間が作りだしたテクノロジーがもついっそう優れた能力と、その進化速度、知識を共有する力とが融合して、そこに到達するのだ。エポック5では、100兆の極端に遅い結合(シナプス)しかない人間の脳の限界を、人間と機械が統合された文明によって超越することができる。
 特異点に至れば、人類が長年悩まされてきた問題が解決され、創造力は格段に高まる。進化が授けてくれた知能は損なわれることなくさらに強化され、生物進化では避けられない限界を乗り越えることになる。しかし、特異点においては、破壊的な性向にまかせて行動する力も増幅されてしまう。特異点にはさまざまな面があるのだ。

 アルゴリズムが人間の知性を超える瞬間だ。このあたりについてはクリストファー・スタイナー著『アルゴリズムが世界を支配する』が詳しい。人間がコンピュータに依存するというよりも、人間とコンピュータが完全に融合する時代が訪れる。

 今のところ、光速が、情報伝達の限界を定める要因とされている。この制限を回避することは、確かにあまり現実的ではないが、なんらかの方法で乗り越えることができるかもしれないと思わせる手がかりはある。もしもわずかでも光速の限界から逃れることができれば、ついには、超光速の能力を駆使できるようになるだろう。われわれの文明が、宇宙のすみずみにまで創造性と知能を浸透させることが、早くできるか、それともゆっくりとしかできないかは、光速の制限がどれだけゆるぎないものかどうかにかかっている。

 これが量子コンピュータの最優先課題だ。量子もつれが利用できれば光速を超えることが可能だ。

 この事象のあとにはなにがくるのだろう? 人間の知能を超えたものが進歩を導くのなら、その速度は格段に速くなる。そのうえ、その進歩の中に、さらに知能の高い存在が生みだされる可能性だってないわけではない。それも、もっと短い期間のうちに。これとぴったり重なり合う事例が、過去の進化の中にある。動物には、問題に適応し、創意工夫をする能力がある。しかし、たいていは自然淘汰の進み方のほうが速い。言うなれば、自然淘汰は世界のシミュレーションそのものであり、自然界の進化スピードは自然淘汰のスピードを超えることができない。一方、人間には、世界を内面化して、頭の中で「こうなったら、どうなるだろう?」と考える能力がある。つまり、自然淘汰よりも何千倍も速く、たくさんの問題を解くことができる。シミュレーションをさらに高速に実行する手段を作りあげた人間は、人間と下等動物とがまったく違うのと同様に、われわれの過去とは根本的に異なる時代へと突入しつつある。人間の視点からすると、この変化は、ほとんど一瞬のうちにこれまでの法則を全て破壊し、制御がほとんど不可能なくらいの指数関数的な暴走に向かっているに等しい。
  ──ヴァーナー・ヴィンジ「テクノロジーの特異点」(1993年)

 たぶんエリートと労働者に二分される世界が出現することだろう。いい悪いではなく役割分担として。その時、労働者はエリートが考えていることを理解できなくなっているに違いない。驚くべき知の淘汰が行われると想像する。

 超インテリジェント・マシンとは、どれほど賢い人間の知的活動をも全て上回るほどの機械であるのだとしよう。機械の設計も、知的な活動のひとつなので、超インテリジェント・マシンなら、さらに高度な機械を設計することができるだろう。そうなると、間違いなく「知能の爆発」が起こり、人間の知性ははるか後方に取り残される。したがって、人間は、超インテリジェント・マシンを最初の1台だけ発明すれば、あとはもうなにも作る必要はない。
  ──アーヴィング・ジョン・グッド「超インテリジェント・マシン1号機についての考察」(1965年)

 万能チューリングマシンの誕生だ。仮にコンピュータが自我を獲得したとしよう(「心にかけられたる者」アイザック・アシモフ)。マシンの寿命が近づけば自我もろともコピーすることが可能だ。そう。コンピュータは永遠の生命を保てるのだ。ここに至り、光速と同様に人間の寿命がイノベーションの急所であることが理解できよう。

 自我は個々人に特有のアルゴリズムと考えることができる。そんな普遍性のないアルゴリズムはノイズのような代物だろう。コンピュータが人類を凌駕した時、真実の人間性が問われる。

2012-01-01

レイ・カーツワイルが描く衝撃的な未来図/『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル


・『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
・『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
・『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン
・『人間原理の宇宙論 人間は宇宙の中心か』松田卓也
全地球史アトラス
『2045年問題 コンピュータが人類を超える日』松田卓也

 ・指数関数的な加速度とシンギュラリティ(特異点)
 ・レイ・カーツワイルが描く衝撃的な未来図
 ・アルゴリズムが人間の知性を超える

意識と肉体を切り離して考えることで、人と社会は進化する!?【川上量生×堀江貴文】
『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗
『トランセンデンス』ウォーリー・フィスター監督
『LUCY/ルーシー』リュック・ベッソン監督、脚本
『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド
『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー
・『養老孟司の人間科学講義』養老孟司
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ
『文明が不幸をもたらす 病んだ社会の起源』クリストファー・ライアン

情報とアルゴリズム

「10年後の2021年、われわれを取り巻く科学の世界はどうなっているのか――米国の民間研究機関インスティテュート・フォー・ザ・フューチャー(IFTF)が、今後10年間に科学技術分野で起こりうる進展をまとめた」(CNN 2011-12-31

 面白味のない記事だ。そこで、レイ・カーツワイルが描く衝撃的な未来図を紹介しよう。指数関数的な加速度がシンギュラリティ(特異点)に達すると世界は激変する。

パラダイム・シフト(技術革新)の起こる率が加速化している。今の時点では、10年ごとに2倍。
・情報テクノロジーの能力(コストパフォーマンス、速度、容量、帯域幅)はさらに速いペースで指数関数的に成長している。今の時点で毎年およそ2倍。この原則は、さまざまな計測単位にも当てはまる。人間の知識量もそのひとつ。
・情報テクノロジーにおいては、指数関数的成長にはさらに上の段階がある。指数関数的な成長率(指数)が、指数関数的に成長する、というものだ。理由は以下のとおり。テクノロジーのコストパフォーマンスがさらに高くなり、技術の進歩に向けてより大きな資源が投入される。そのため、指数関数的な成長率は、時間の経過とともに大きくなる。たとえば、1940年代にコンピュータ産業に置いて実施された事業の中で、歴史的に重要だと今なお見なされるものはわずかしかない。それに対し今日、この業界での総収益は1兆ドルを超える。よって、その分だけ、研究開発にかける予算も高くなっている。(中略)
・人間の機能を模倣するために必要なハードウェアが、スーパーコンピュータでは10年以内に、パーソナル・コンピュータ程度のサイズの装置ではその次の10年以内に得られる。2020年代半ばまでに、人間の機能をモデル化した有効なソフトウェアが開発される。
・ハードとソフトの両方が人間の機能を完全に模倣できるようになれば、2020年代の終わりまでには、コンピューターがチューリングテストに合格できるようになり、コンピュータの知能が生物としての人間の知能と区別がつかなくなるまでになる。(中略)
・機械の知能に従来からある長所には、なん十億もの事実を正確に記憶し、即座に想起するという能力がある。
・非生物的な知能には、また別の利点がある。いったん技能を獲得すれば、それを高速かつ最適な正確さで、疲れることなく何度も繰り返し実行することができる。
・たぶんこれがもっとも重要な点だが、機械は、知識を極端に速く共有することができる。これに比べて、人間が言語を通じて知識を共有するスピードは、とても遅い。
・非生物的な知能は、技能や知識を、ほかの機械からダウンロードするようになるだろう。そのうち、人間からもダウンロードするようになる。
・機械は、光速に近い速さ(毎秒およそ30万キロメートル)で、信号処理し切り換えることができるようになる。これにたいして、哺乳類の脳で使われている電気化学信号の処理速度は、およそ毎秒100メートル。速度は、300万倍以上も違う。(中略)
・機械は、それぞれがもつ資源と知能と記憶を共有することができる。2台の機械――または100万台でも――が集まってひとつになったり、別々のものに戻ったりすることができる。多数の機械が、この二つを同時にする、つまり、同時にひとつにも別々にもなることができる。人間はこれを恋愛と呼ぶが、生物がもつ恋愛の能力は、はかなくて信用できない。
・こうした従来の長所(生物的な人間の機能が持つパターン認識能力と、非生物的な知能の持つスピードと記憶容量と正確さ、知識と技能を共有する力)を合体させると、恐るべきことになる。(中略)
・人間の知能には、かなりの可塑性(それ自身の構造を変化させる力)が、これまで考えられていたよりもある。それでも、人間の脳の設計には、どうしようもない限界がある。たとえば、頭蓋骨には、100兆のニューロン間結合しか収まる余地がない。人間が、先祖の霊長類よりも大きな認知能力を授かることになった重要な遺伝的変化は、大脳皮質が大きくなり、脳の中の特定の領域で灰白質の容量が増えたことだった。しかしこの変化は、生物進化というとてもゆっくりとした時間の尺度で起き、脳の能力には本質的な限界がある。機械は、それ自身の設計を組み替えて、性能を際限なく増加させることができる。ナノテクノロジーを用いた設計をすれば、サイズを大きくすることもエネルギー消費が増大することもなく、生物の脳よりも能力をはるかに高められる。(中略)
・非生物的な知能が加速度的なサイクルで向上するのに加え、ナノテクノロジーを用いれば、物理的な事象を分子レベルで操作することができる。
・ナノテクノロジーを用いてナノボットを設計することができる。ナノボットとは、分子レベルです啓された、大きさがミクロン(1メートルの100万分の1)単位のロボットで、「呼吸細胞(レスピロサイト)」(人工の赤血球)などがある。ナノボットは、人体の中で無数の役割を果たすことになる。たとえば加齢を逆行させるなど(遺伝子工学などのバイオテクノロジーで達成できるレベルを超えて)。
・ナノボットは、生体のニューロンと相互作用して、神経系の内部からヴァーチャル・リアリティを作りだし、人間の体験を大幅に広げる。
・脳の毛細血管に指数十億個のナノボットを送り込み、人間の知能を大幅に高める。
・非生物的な知能が人間の脳にひとたび足場を築けば(すでにコンピュータチップの動物神経組織への移植実験によってその萌芽が始まっている)、脳内の機械の知能は指数関数的に増大し(実際に今まで成長を続けてきたように)、少なくとも年間2倍にはなる。これにたいし、生物的な知能の容量には実際的な限界がある。よって、人間の知能のうち非生物的な知能が、最終的には圧倒的に大きな部分を占めるようになる。
・ナノボットは、過去の工業社会が引き起こした汚染を逆転させ、環境をよくする。(中略)
・他者の感情を理解して適切に反応するという人間の能力(いわゆる感情的知能)も、将来には、機械機能が理解して自由に使いこなすようになるだろう。(中略)
・収穫加速の高速は、非生物的な知能が、宇宙の中のわれわれの周囲にある物質とエネルギーを、人間と機械が合体した知能でほぼ「飽和」させるまで継続される。飽和とは、コンピューティングの物質的性質を理解したうえで、物質とエネルギーのパターンをコンピューティングのために最大限利用することだ。この最大の限界に至るまで、文明の知能は、宇宙のすみずみまで広がり、その能力を拡大し続ける。拡大する速度は、そのうちすぐに、情報が伝達される最大速度に至る。
・最後には、宇宙全体にわれわれの知能が飽和する。これが宇宙の運命なのだ。われわれが自分自身の運命を決定するのであり、今のように、天体の働きを支配する、単純で機械的な「もの言わぬ」力に決定されるのではない。
・宇宙がそこまで知的になるまでにかかる時間は、光速が不変の限界なのかどうかで決まって来る。光速の限界を巧みに取り除く(または回避する)可能性がないわけではなさそうだ。もしもそういう可能性があるのなら、未来の文明に存在する壮大な知能が、それを利用することができるだろう。

 さあ、これが特異点だ。

【『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル:井上健〈いのうえ・けん〉監訳、小野木明恵〈おのき・あきえ〉、野中香方子〈のなか・きょうこ〉、福田実〈ふくだ・みのる〉訳(NHK出版、2007年)】



米国で疲れも恐怖も感じない兵士を作るプロジェクトが進行中

2011-06-08

指数関数的な加速度とシンギュラリティ(特異点)/『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル


『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン
・『人間原理の宇宙論 人間は宇宙の中心か』松田卓也
全地球史アトラス
『2045年問題 コンピュータが人類を超える日』松田卓也

 ・指数関数的な加速度とシンギュラリティ(特異点)
 ・レイ・カーツワイルが描く衝撃的な未来図
 ・アルゴリズムが人間の知性を超える

意識と肉体を切り離して考えることで、人と社会は進化する!?【川上量生×堀江貴文】
『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗
『トランセンデンス』ウォーリー・フィスター監督
『LUCY/ルーシー』リュック・ベッソン監督、脚本
『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド
『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー
・『養老孟司の人間科学講義』養老孟司
『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ
『文明が不幸をもたらす 病んだ社会の起源』クリストファー・ライアン

情報とアルゴリズム
必読書リスト その五

 レイ・カーツワイルが描く未来予想図は、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』を軽々と凌駕している。鉄腕アトムですら足元にも及ばない。

 人間の頭脳や身体がテクノロジーの進化によって拡張されるという主張は比較的理解しやすい。

「体重支持型歩行アシスト」試作機(ホンダ)

 我々はあまり意識することがないが、既に身体化されたテクノロジーはたくさんある。杖や眼鏡は元より、衣服や靴が典型であろう。脳の拡張という点では文字の発明が決定的だと思われる。そして粘土板(ねんどばん)、木簡竹簡パピルス羊皮紙と保存ツールは進化してきた。今やテキストはデジタル化されている。テクノロジーの発達は桁外れのスピードを生む。

 レイ・カーツワイルは最終的な予想として、知性がナノテクノロジーによってミクロ化され、統一された意志が宇宙に広がってゆく様相を描いている。もうね、ため息も出ないよ。

 ホロコーストからのがれてきたわたしの両親は、いずれも芸術家で、子どもには、実際的で視野の広い宗教教育を施したいと考えた。それでわたしは、ユニテリアン派教会の教えを受けることになった。そこでは、半年かけてひとつの宗教について学ぶ。礼拝に出て、教典を読み、指導者と対話する。それが終わると、次の宗教について勉強する。「真理に至る道はたくさんある」という考え方がその中心にあるのだ。世界中の宗教の伝統には共通するところがたくさんあるが、一致しないところも明らかにあることに当然気付いた。おおもとの真実は奥が深くて、見かけの矛盾を超えることができるのだということが、だんだんとわかってきた。

【『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル:井上健〈いのうえ・けん〉監訳、小野木明恵〈おのき・あきえ〉、野中香方子〈のなか・きょうこ〉、福田実〈ふくだ・みのる〉訳(NHK出版、2007年)以下同】

 レイ・カーツワイルはドグマから自由であった。ホロコーストは固定観念から生まれる。親御さんの聡明さが窺える。信念・思想・哲学・宗教は価値観を固定化する。これは科学の世界においても同様で、人間が自由にものを考えることができると思うのは大間違いだ。それどころか脳科学の分野では自由意志すらないと考えられているのだ。

人間に自由意思はない/『脳はなにかと言い訳する 人は幸せになるようにできていた!?』池谷裕二

 詩人のミュリエル・ルーカイザーは、「宇宙は、原子ではなく物語でできている」と語った。

 さすが詩人である。ものの見事に本質を一言で衝(つ)いている。物語とは「時系列に因果をあてはめてしまう脳の癖」と考えればよい。3年ほど考え抜いて私はそう結論するに至った。

「物語」関連記事

 誰しも、自分の想像力の限界が、世界の限界だと誤解する。
  ――アルトゥール・ショーペンハウアー

 これが本書を読む際の注意事項だ。上手いよね。

 21世紀の前半にどのような革新的な出来事が待ち構えているのかが、少しずつ見えてくるようになった。宇宙のブラックホールが、事象の地平線〔ブラックホールにおいて、それ以上内側に入ると光すらも脱出できなくなるとされる境界〕に近づくにつれ、物質やエネルギーのパターンを劇的に変化させるのと同じように、われわれの目の前に迫りくる特異点は、人間の生活のあらゆる習慣や側面をがらりと変化させてしまうのである。性についても、精神についても。
 特異点とはなにか。テクノロジーが急速に変化し、それにより甚大な影響がもたらされ、人間の生活が後戻りできないことに変容してしまうような、来るべき未来のことだ。それは理想郷でも地獄でもないが、ビジネス・モデルや、死をも含めた人間のライフサイクルといった、人生の意味を考えるうえでよりどころとしている概念が、このとき、すっかり変容してしまうのである。

 特異点(シンギュラリティ)とは因果が崩壊する地点を意味する。続いて『成長の限界 ローマ・クラブ人類の危機レポート』で示された「幾何級数的成長の限界」の例として有名な「睡蓮の例え」を紹介。レイ・カーツワイルは「指数関数的な成長」と表現している。

環境経済学入門 Chihiro's web

 つまり、テクノロジーが右肩上がりで急速な上昇を遂げた後に、全く新たな地平(=特異点)が現れるということだ。自動車が製造されるとアスファルトの道路ができる。交通手段の発達は移動時間を短縮した分だけ人生の密度を高める。通信技術の進化は移動する手間すら省(はぶ)いてしまった。江戸時代の人々からすればテレパシーも同然だ。このように技術は世界を変えるのだ。世界観や概念が激変すれば、世界の風景は完全に変わる。パラダイムシフト

 人間の脳は、さまざまな点でじつにすばらしいものだが、いかんともしがたい限界を抱えている。人は、脳の超並列処理(100兆ものニューロン間結合〔シナプスでの結合〕が同時に作動する)を用いて、微妙なパターンをすばやく認識する。だが、人間の思考速度はひじょうに遅い。基本的なニューロン処理は、現在の電子回路よりも、数百万倍も遅い。このため、人間の知識ベースが指数関数的に成長していく一方で、新しい情報処理するための生理学的な帯域幅はひじょうに限られたままなのである。

 後で詳しく解説されているが、結局のところ光速度が最後の壁となる。真の特異点とは光速度を意味する。そしてレイ・カーツワイルは光速度を超えることは可能だとしている。

 われわれは今、こうした移行期の初期の段階にある。パラダイム・シフト率(根本的な技術的アプローチが新しいものへと置き換わる率)と、情報テクノロジーの性能の指数関数的な成長はいずれも、「曲線の折れ曲がり」地点に達しようとしている。この地点にくると、指数関数的な動きが目立つようになり、この段階を過ぎるとすぐに、指数関数的な傾向は一気に爆発する。今世紀の半ばまでには、テクノロジーの成長率は急速に上昇し、ほとんど垂直の線に達するまでになるだろう――そのころ、テクノロジーとわれわれは一体化しているはずだ。

 凄い。特異点の向こうの世界が示しているのはビッグバンそのものだ。しかも爆発(ビッグバン)から誕生した宇宙にある星々は爆発で死を迎えるわけだから、生と死をも象徴している。「芸術は爆発だ!」と岡本太郎は言ったが、宇宙全体が爆発というリズムを奏でているのだ。人類が戦争好きなのも、こんなところに由来しているのかもしれない。

 1950年代、伝説的な情報理論研究者のジョン・フォン・ノイマンがこう言ったとされている。「たえず加速度的な進歩をとげているテクノロジーは……人類の歴史において、ある非常に重大な特異点に到達しつつあるように思われる。この点を超えると、今日ある人間の営為は存続するすることができなくなるだろう」ノイマンはここで、【加速度】と【特異点】という二つの重要な概念に触れている。加速度の意味するところは、人類の進歩は指数関数的なものであり(定数を【掛ける】ことで繰り返し拡大する)、線形的(定数を【足す】ことにより繰り返し増大する)なものではない、ということだ。

 現在使用されている殆どのパソコンは「ノイマン型コンピュータ」である。そのノイマンだ。ま、上に貼り付けたWikipedia記事の「逸話」という項目を読んでごらんよ。天才という言葉の意味が理解できるから。

 非線形性については以下の記事を参照されよ。

バイオホロニクス(生命関係学)/『生命を捉えなおす 生きている状態とは何か』清水博

 このテーマは実に奥が深く、チューリングマシンゲーデルの不完全性定理とも絡んでくる(停止性問題)。

 その限界はテクノロジーで打ち破れるとレイ・カーツワイルは叫ぶ。やがて宇宙は人類の意志と知性で満たされる。そのとき神が誕生するのだ。すなわちポスト・ヒューマンとは神の異名である。

 今日はここまで。まだ一章分の内容である(笑)。



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