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2011-06-08

指数関数的な加速度とシンギュラリティ(特異点)/『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル


『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン
・『人間原理の宇宙論 人間は宇宙の中心か』松田卓也
全地球史アトラス
『2045年問題 コンピュータが人類を超える日』松田卓也

 ・指数関数的な加速度とシンギュラリティ(特異点)
 ・レイ・カーツワイルが描く衝撃的な未来図
 ・アルゴリズムが人間の知性を超える

意識と肉体を切り離して考えることで、人と社会は進化する!?【川上量生×堀江貴文】
『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗
『トランセンデンス』ウォーリー・フィスター監督
『LUCY/ルーシー』リュック・ベッソン監督、脚本
『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド
『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー
・『養老孟司の人間科学講義』養老孟司
『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ
『文明が不幸をもたらす 病んだ社会の起源』クリストファー・ライアン

情報とアルゴリズム
必読書リスト その五

 レイ・カーツワイルが描く未来予想図は、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』を軽々と凌駕している。鉄腕アトムですら足元にも及ばない。

 人間の頭脳や身体がテクノロジーの進化によって拡張されるという主張は比較的理解しやすい。

「体重支持型歩行アシスト」試作機(ホンダ)

 我々はあまり意識することがないが、既に身体化されたテクノロジーはたくさんある。杖や眼鏡は元より、衣服や靴が典型であろう。脳の拡張という点では文字の発明が決定的だと思われる。そして粘土板(ねんどばん)、木簡竹簡パピルス羊皮紙と保存ツールは進化してきた。今やテキストはデジタル化されている。テクノロジーの発達は桁外れのスピードを生む。

 レイ・カーツワイルは最終的な予想として、知性がナノテクノロジーによってミクロ化され、統一された意志が宇宙に広がってゆく様相を描いている。もうね、ため息も出ないよ。

 ホロコーストからのがれてきたわたしの両親は、いずれも芸術家で、子どもには、実際的で視野の広い宗教教育を施したいと考えた。それでわたしは、ユニテリアン派教会の教えを受けることになった。そこでは、半年かけてひとつの宗教について学ぶ。礼拝に出て、教典を読み、指導者と対話する。それが終わると、次の宗教について勉強する。「真理に至る道はたくさんある」という考え方がその中心にあるのだ。世界中の宗教の伝統には共通するところがたくさんあるが、一致しないところも明らかにあることに当然気付いた。おおもとの真実は奥が深くて、見かけの矛盾を超えることができるのだということが、だんだんとわかってきた。

【『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル:井上健〈いのうえ・けん〉監訳、小野木明恵〈おのき・あきえ〉、野中香方子〈のなか・きょうこ〉、福田実〈ふくだ・みのる〉訳(NHK出版、2007年)以下同】

 レイ・カーツワイルはドグマから自由であった。ホロコーストは固定観念から生まれる。親御さんの聡明さが窺える。信念・思想・哲学・宗教は価値観を固定化する。これは科学の世界においても同様で、人間が自由にものを考えることができると思うのは大間違いだ。それどころか脳科学の分野では自由意志すらないと考えられているのだ。

人間に自由意思はない/『脳はなにかと言い訳する 人は幸せになるようにできていた!?』池谷裕二

 詩人のミュリエル・ルーカイザーは、「宇宙は、原子ではなく物語でできている」と語った。

 さすが詩人である。ものの見事に本質を一言で衝(つ)いている。物語とは「時系列に因果をあてはめてしまう脳の癖」と考えればよい。3年ほど考え抜いて私はそう結論するに至った。

「物語」関連記事

 誰しも、自分の想像力の限界が、世界の限界だと誤解する。
  ――アルトゥール・ショーペンハウアー

 これが本書を読む際の注意事項だ。上手いよね。

 21世紀の前半にどのような革新的な出来事が待ち構えているのかが、少しずつ見えてくるようになった。宇宙のブラックホールが、事象の地平線〔ブラックホールにおいて、それ以上内側に入ると光すらも脱出できなくなるとされる境界〕に近づくにつれ、物質やエネルギーのパターンを劇的に変化させるのと同じように、われわれの目の前に迫りくる特異点は、人間の生活のあらゆる習慣や側面をがらりと変化させてしまうのである。性についても、精神についても。
 特異点とはなにか。テクノロジーが急速に変化し、それにより甚大な影響がもたらされ、人間の生活が後戻りできないことに変容してしまうような、来るべき未来のことだ。それは理想郷でも地獄でもないが、ビジネス・モデルや、死をも含めた人間のライフサイクルといった、人生の意味を考えるうえでよりどころとしている概念が、このとき、すっかり変容してしまうのである。

 特異点(シンギュラリティ)とは因果が崩壊する地点を意味する。続いて『成長の限界 ローマ・クラブ人類の危機レポート』で示された「幾何級数的成長の限界」の例として有名な「睡蓮の例え」を紹介。レイ・カーツワイルは「指数関数的な成長」と表現している。

環境経済学入門 Chihiro's web

 つまり、テクノロジーが右肩上がりで急速な上昇を遂げた後に、全く新たな地平(=特異点)が現れるということだ。自動車が製造されるとアスファルトの道路ができる。交通手段の発達は移動時間を短縮した分だけ人生の密度を高める。通信技術の進化は移動する手間すら省(はぶ)いてしまった。江戸時代の人々からすればテレパシーも同然だ。このように技術は世界を変えるのだ。世界観や概念が激変すれば、世界の風景は完全に変わる。パラダイムシフト

 人間の脳は、さまざまな点でじつにすばらしいものだが、いかんともしがたい限界を抱えている。人は、脳の超並列処理(100兆ものニューロン間結合〔シナプスでの結合〕が同時に作動する)を用いて、微妙なパターンをすばやく認識する。だが、人間の思考速度はひじょうに遅い。基本的なニューロン処理は、現在の電子回路よりも、数百万倍も遅い。このため、人間の知識ベースが指数関数的に成長していく一方で、新しい情報処理するための生理学的な帯域幅はひじょうに限られたままなのである。

 後で詳しく解説されているが、結局のところ光速度が最後の壁となる。真の特異点とは光速度を意味する。そしてレイ・カーツワイルは光速度を超えることは可能だとしている。

 われわれは今、こうした移行期の初期の段階にある。パラダイム・シフト率(根本的な技術的アプローチが新しいものへと置き換わる率)と、情報テクノロジーの性能の指数関数的な成長はいずれも、「曲線の折れ曲がり」地点に達しようとしている。この地点にくると、指数関数的な動きが目立つようになり、この段階を過ぎるとすぐに、指数関数的な傾向は一気に爆発する。今世紀の半ばまでには、テクノロジーの成長率は急速に上昇し、ほとんど垂直の線に達するまでになるだろう――そのころ、テクノロジーとわれわれは一体化しているはずだ。

 凄い。特異点の向こうの世界が示しているのはビッグバンそのものだ。しかも爆発(ビッグバン)から誕生した宇宙にある星々は爆発で死を迎えるわけだから、生と死をも象徴している。「芸術は爆発だ!」と岡本太郎は言ったが、宇宙全体が爆発というリズムを奏でているのだ。人類が戦争好きなのも、こんなところに由来しているのかもしれない。

 1950年代、伝説的な情報理論研究者のジョン・フォン・ノイマンがこう言ったとされている。「たえず加速度的な進歩をとげているテクノロジーは……人類の歴史において、ある非常に重大な特異点に到達しつつあるように思われる。この点を超えると、今日ある人間の営為は存続するすることができなくなるだろう」ノイマンはここで、【加速度】と【特異点】という二つの重要な概念に触れている。加速度の意味するところは、人類の進歩は指数関数的なものであり(定数を【掛ける】ことで繰り返し拡大する)、線形的(定数を【足す】ことにより繰り返し増大する)なものではない、ということだ。

 現在使用されている殆どのパソコンは「ノイマン型コンピュータ」である。そのノイマンだ。ま、上に貼り付けたWikipedia記事の「逸話」という項目を読んでごらんよ。天才という言葉の意味が理解できるから。

 非線形性については以下の記事を参照されよ。

バイオホロニクス(生命関係学)/『生命を捉えなおす 生きている状態とは何か』清水博

 このテーマは実に奥が深く、チューリングマシンゲーデルの不完全性定理とも絡んでくる(停止性問題)。

 その限界はテクノロジーで打ち破れるとレイ・カーツワイルは叫ぶ。やがて宇宙は人類の意志と知性で満たされる。そのとき神が誕生するのだ。すなわちポスト・ヒューマンとは神の異名である。

 今日はここまで。まだ一章分の内容である(笑)。



ロン・マッカラム:視覚障害者の読書を可能にした技術革新
脳は宇宙であり、宇宙は脳である/『意識は傍観者である 脳の知られざる営み』デイヴィッド・イーグルマン
情報理論の父クロード・シャノン/『インフォメーション 情報技術の人類史』ジェイムズ・グリック
宗教学者の不勉強/『21世紀の宗教研究 脳科学・進化生物学と宗教学の接点』井上順孝編、マイケル・ヴィツェル、長谷川眞理子、芦名定道
機械の字義/『青雲はるかに』宮城谷昌光
『歴史的意識について』竹山道雄
ジョン・ホイーラーが示したビッグクエスチョン/『量子が変える情報の宇宙』ハンス・クリスチャン・フォン=バイヤー
デジタル脳の未来/『プルーストとイカ 読書は脳をどのように変えるのか?』メアリアン・ウルフ

2012-01-01

レイ・カーツワイルが描く衝撃的な未来図/『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル


・『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
・『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
・『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン
・『人間原理の宇宙論 人間は宇宙の中心か』松田卓也
全地球史アトラス
『2045年問題 コンピュータが人類を超える日』松田卓也

 ・指数関数的な加速度とシンギュラリティ(特異点)
 ・レイ・カーツワイルが描く衝撃的な未来図
 ・アルゴリズムが人間の知性を超える

意識と肉体を切り離して考えることで、人と社会は進化する!?【川上量生×堀江貴文】
『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗
『トランセンデンス』ウォーリー・フィスター監督
『LUCY/ルーシー』リュック・ベッソン監督、脚本
『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド
『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー
・『養老孟司の人間科学講義』養老孟司
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ
『文明が不幸をもたらす 病んだ社会の起源』クリストファー・ライアン

情報とアルゴリズム

「10年後の2021年、われわれを取り巻く科学の世界はどうなっているのか――米国の民間研究機関インスティテュート・フォー・ザ・フューチャー(IFTF)が、今後10年間に科学技術分野で起こりうる進展をまとめた」(CNN 2011-12-31

 面白味のない記事だ。そこで、レイ・カーツワイルが描く衝撃的な未来図を紹介しよう。指数関数的な加速度がシンギュラリティ(特異点)に達すると世界は激変する。

パラダイム・シフト(技術革新)の起こる率が加速化している。今の時点では、10年ごとに2倍。
・情報テクノロジーの能力(コストパフォーマンス、速度、容量、帯域幅)はさらに速いペースで指数関数的に成長している。今の時点で毎年およそ2倍。この原則は、さまざまな計測単位にも当てはまる。人間の知識量もそのひとつ。
・情報テクノロジーにおいては、指数関数的成長にはさらに上の段階がある。指数関数的な成長率(指数)が、指数関数的に成長する、というものだ。理由は以下のとおり。テクノロジーのコストパフォーマンスがさらに高くなり、技術の進歩に向けてより大きな資源が投入される。そのため、指数関数的な成長率は、時間の経過とともに大きくなる。たとえば、1940年代にコンピュータ産業に置いて実施された事業の中で、歴史的に重要だと今なお見なされるものはわずかしかない。それに対し今日、この業界での総収益は1兆ドルを超える。よって、その分だけ、研究開発にかける予算も高くなっている。(中略)
・人間の機能を模倣するために必要なハードウェアが、スーパーコンピュータでは10年以内に、パーソナル・コンピュータ程度のサイズの装置ではその次の10年以内に得られる。2020年代半ばまでに、人間の機能をモデル化した有効なソフトウェアが開発される。
・ハードとソフトの両方が人間の機能を完全に模倣できるようになれば、2020年代の終わりまでには、コンピューターがチューリングテストに合格できるようになり、コンピュータの知能が生物としての人間の知能と区別がつかなくなるまでになる。(中略)
・機械の知能に従来からある長所には、なん十億もの事実を正確に記憶し、即座に想起するという能力がある。
・非生物的な知能には、また別の利点がある。いったん技能を獲得すれば、それを高速かつ最適な正確さで、疲れることなく何度も繰り返し実行することができる。
・たぶんこれがもっとも重要な点だが、機械は、知識を極端に速く共有することができる。これに比べて、人間が言語を通じて知識を共有するスピードは、とても遅い。
・非生物的な知能は、技能や知識を、ほかの機械からダウンロードするようになるだろう。そのうち、人間からもダウンロードするようになる。
・機械は、光速に近い速さ(毎秒およそ30万キロメートル)で、信号処理し切り換えることができるようになる。これにたいして、哺乳類の脳で使われている電気化学信号の処理速度は、およそ毎秒100メートル。速度は、300万倍以上も違う。(中略)
・機械は、それぞれがもつ資源と知能と記憶を共有することができる。2台の機械――または100万台でも――が集まってひとつになったり、別々のものに戻ったりすることができる。多数の機械が、この二つを同時にする、つまり、同時にひとつにも別々にもなることができる。人間はこれを恋愛と呼ぶが、生物がもつ恋愛の能力は、はかなくて信用できない。
・こうした従来の長所(生物的な人間の機能が持つパターン認識能力と、非生物的な知能の持つスピードと記憶容量と正確さ、知識と技能を共有する力)を合体させると、恐るべきことになる。(中略)
・人間の知能には、かなりの可塑性(それ自身の構造を変化させる力)が、これまで考えられていたよりもある。それでも、人間の脳の設計には、どうしようもない限界がある。たとえば、頭蓋骨には、100兆のニューロン間結合しか収まる余地がない。人間が、先祖の霊長類よりも大きな認知能力を授かることになった重要な遺伝的変化は、大脳皮質が大きくなり、脳の中の特定の領域で灰白質の容量が増えたことだった。しかしこの変化は、生物進化というとてもゆっくりとした時間の尺度で起き、脳の能力には本質的な限界がある。機械は、それ自身の設計を組み替えて、性能を際限なく増加させることができる。ナノテクノロジーを用いた設計をすれば、サイズを大きくすることもエネルギー消費が増大することもなく、生物の脳よりも能力をはるかに高められる。(中略)
・非生物的な知能が加速度的なサイクルで向上するのに加え、ナノテクノロジーを用いれば、物理的な事象を分子レベルで操作することができる。
・ナノテクノロジーを用いてナノボットを設計することができる。ナノボットとは、分子レベルです啓された、大きさがミクロン(1メートルの100万分の1)単位のロボットで、「呼吸細胞(レスピロサイト)」(人工の赤血球)などがある。ナノボットは、人体の中で無数の役割を果たすことになる。たとえば加齢を逆行させるなど(遺伝子工学などのバイオテクノロジーで達成できるレベルを超えて)。
・ナノボットは、生体のニューロンと相互作用して、神経系の内部からヴァーチャル・リアリティを作りだし、人間の体験を大幅に広げる。
・脳の毛細血管に指数十億個のナノボットを送り込み、人間の知能を大幅に高める。
・非生物的な知能が人間の脳にひとたび足場を築けば(すでにコンピュータチップの動物神経組織への移植実験によってその萌芽が始まっている)、脳内の機械の知能は指数関数的に増大し(実際に今まで成長を続けてきたように)、少なくとも年間2倍にはなる。これにたいし、生物的な知能の容量には実際的な限界がある。よって、人間の知能のうち非生物的な知能が、最終的には圧倒的に大きな部分を占めるようになる。
・ナノボットは、過去の工業社会が引き起こした汚染を逆転させ、環境をよくする。(中略)
・他者の感情を理解して適切に反応するという人間の能力(いわゆる感情的知能)も、将来には、機械機能が理解して自由に使いこなすようになるだろう。(中略)
・収穫加速の高速は、非生物的な知能が、宇宙の中のわれわれの周囲にある物質とエネルギーを、人間と機械が合体した知能でほぼ「飽和」させるまで継続される。飽和とは、コンピューティングの物質的性質を理解したうえで、物質とエネルギーのパターンをコンピューティングのために最大限利用することだ。この最大の限界に至るまで、文明の知能は、宇宙のすみずみまで広がり、その能力を拡大し続ける。拡大する速度は、そのうちすぐに、情報が伝達される最大速度に至る。
・最後には、宇宙全体にわれわれの知能が飽和する。これが宇宙の運命なのだ。われわれが自分自身の運命を決定するのであり、今のように、天体の働きを支配する、単純で機械的な「もの言わぬ」力に決定されるのではない。
・宇宙がそこまで知的になるまでにかかる時間は、光速が不変の限界なのかどうかで決まって来る。光速の限界を巧みに取り除く(または回避する)可能性がないわけではなさそうだ。もしもそういう可能性があるのなら、未来の文明に存在する壮大な知能が、それを利用することができるだろう。

 さあ、これが特異点だ。

【『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル:井上健〈いのうえ・けん〉監訳、小野木明恵〈おのき・あきえ〉、野中香方子〈のなか・きょうこ〉、福田実〈ふくだ・みのる〉訳(NHK出版、2007年)】



米国で疲れも恐怖も感じない兵士を作るプロジェクトが進行中

2019-02-08

支離滅裂な思考/『人類の未来 AI、経済、民主主義』吉成真由美編


『9.11 アメリカに報復する資格はない!』ノーム・チョムスキー
『メディア・コントロール 正義なき民主主義と国際社会』ノーム・チョムスキー
『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル

 ・支離滅裂な思考

 それでも気候問題は自然を相手にしているので、地道な観測を積み重ねることが信頼できる結果につながっていくと期待することもできる。しかし世界経済の動向というようなことになるとそうはいかない。人間の脳については、脳科学がやっとその表層をわずかに明らかにし始めたところであって、たった一人の人間の行動や感情でさえ、予測するのが極めて困難であるのに、そもそも本人にすら、一体どうしてそんな気持ちになったのかてんでわからないことが多いのに、どうやって何十億という人間の活動の集積を予測できるというのだろう。経済モデルが実体経済と乖離(かいり)しているのもむべなるかな。

【『人類の未来 AI、経済、民主主義』吉成真由美〈よしなり・まゆみ〉編(NHK出版新書、2017年)】

 ノルウェーの物理学者アイヴァー・ジェーバーの「気候科学はもはや科学ではなく、宗教と化している」を引用した上で上記のテキストが書かれている。たぶんノーベル物理学賞受賞者が語ったのは気候変動が資本主義に組み込まれ、金儲けのために悪用されて、実態と懸け離れてしまったことへの警鐘であったのだろう。日本では武田邦彦が同じ主張をしている。

 まったくもって支離滅裂な文章である。まず、「地道な観測」がどのような「信頼できる結果」につながるというのか? 続く文章から「予測」を意味していることがわかるが、そもそも観測と予測は別問題である。そして話の腰を折るようにしていきなり経済予測に話が転じる。ここでもまた誤解に基づく前提が吐露される。「人間の脳」と「一人の人間の行動や感情」の予測とマクロ経済の間には何の関係もない。私にとってはむしろ著者の思考回路が予測不能で、とてもついてゆけない。

 具体的な例を示そう。私が明日、業務スーパーに行くかどうかはわからない。ま、週に3回くらいは行っているので確率としては43%(3/7)である。仮にこの業務スーパーの集客数が1000人/日であるとしよう。近隣に住むXさんが業務スーパーへ行くかどうかを予測することは不可能だが、1000人前後の来客があるのは確かだろう。

 著者は基本的な金融政策すら知らないのではあるまいか。物の値段はマネーの流通量で変化するのだ。株式相場を見れば一目瞭然である。売買は常に相対(あいたい)取引であるのになぜ価格が変動するのか? それは株式相場全体のマネーの量が増えたり減ったりしているためだ。暴落とは資金の引き上げを意味する。

 書籍の著者名にノーム・チョムスキー、レイ・カーツワイル、マーティン・ウルフ、ビャルケ・インゲルス、フリーマン・ダイソンの名を入れるのも販促目的で浅ましい。裏表紙には吉成の整った顔が配されている。……今、検索してわかったのだが私よりも10歳年長であった。とすれば恐るべき美人である。しかも利根川進の再婚相手らしい。

 しかーし、本書の評価が変わることはない。マサチューセッツ工科大学の脳認知科学学部を卒業していながら、これじゃしようがないよ。

人類の未来―AI、経済、民主主義 (NHK出版新書 513)
ノーム・チョムスキー レイ・カーツワイル マーティン・ウルフ ビャルケ・インゲルス フリーマン・ダイソン
NHK出版
売り上げランキング: 9,948

2012-12-22

コピーに関する覚え書き


 ってなわけで、早速引用させてもらおう。

・即時性(Immediacy) コピーよりも速いこと
・個人化(Personalization) 個人に最適化されていること
・解釈(Interpretation) コピーの価値を上げるための付加価値を持つ情報
・信憑性(Authenticity) コピーを手に入れるときの特別な体験
・アクセスしやすいこと(Accessibility) 取りやすく見やすいこと
・具体化(Embodiment) 情報に実体を持たせること
・後援(Patronage) 作者との関係性
・見つけやすいこと(Findability) 目につく場所に情報を存在させること

「情報のコピーが無料になった中で、コピーできない8つの価値」Heartlogic

 ここから我が「宗教OS論」に結びつけることを目論んだのだが、如何せん思索不足である。というわけで中途半端な解説となることを許されよ。

 生命連鎖という歴史の主役は遺伝子だ。つまり生命の営みは遺伝子複製を目的としている。そして文化・文明は学習という名のコピーで維持されるわけだ。子は親のコピーであり、人類は神のコピーなのだ。宗教行為を見よ。コピーそのものではないか。

 人間の脳は凄まじいポテンシャルを秘めている。

脳という宇宙
「世界の全情報処理能力」は「ヒトの脳」に匹敵

 しかしながら実際は思考速度が遅いため、情報量は限られている。

脳の情報量とコンピュータの情報量について計算してみました
情報過剰は思考を駄目にする
人間の脳は限界に達しているのかも!?

 仮に17.5GBあったとしても、私の場合は明らかにメモリ不足だ。加齢が上書き更新を困難にしつつある。忘却とは忘れ去ることなり。

 レイ・カーツワイルはイノベーション(技術革新)が「記憶のダウンロード&アップロード」を可能にするだろうと告げている。

 では、わたしとは誰なのか? たえず変化しているのだから、それはただのパターンにすぎないのだろうか? そのパターンを誰かにコピーされてしまったらどうなるのだろう? わたしはオリジナルのほうなのか、コピーのほうなのか、それともその両方なのだろうか? おそらく、わたしとは、現にここにある物体なのではないか。すなわち、この身体と脳を形づくっている、整然かつ混沌とした分子の集合体なのではないか。
 だが、この見方には問題がある。わたしの身体と脳を構成する特定の粒子の集合は、じつは、ほんの少し前にわたしを構成していた原子や分子とはまったく異なるものなのだ。われわれの細胞のほとんどがものの数週間で入れ替わり、比較的長期間はっきりした細胞として持続するニューロンでさえ、1か月で全ての構成分子が入れ替わってしまう。微小管(ニューロンの形成にかかわるタンパク質繊維)の半減期はおよそ10分である。樹状突起中のアクチンフィラメントに至っては約40秒で入れ替わる。シナプスを駆使するタンパク質はほぼ1時間で入れ替わり、シナプス中のNMDA受容体は比較的長くとどまるが、それでも5日間で入れ替わる。
 そういうわけで、現在のわたしは1か月前のわたしとはまるで異なる物質の集合体であり、変わらずに持続しているのは、物質を組織するパターンのみだ。パターンも又変化するが、それはゆっくりとした連続性のある変化だ。「わたし」とはむしろ川の流れが岩の周りを勢いよく流れていくときに生じる模様のようなものなのだ。実際の水の分子は1000分の1秒ごとに変化するものの、流れのパターンは数時間、時には数年間も持続する。
 つまり、「わたし」とは長期間持続する物質とエネルギーのパターンである、と言うべきだろう。だが、この定義にもまた問題がある。いずれこのパターンをアップロードし、オリジナルとコピーが見分けられないほど正確に、自分の身体と脳を複製できるようになるからだ(そうなると、わたしのコピーが、「レイ・カーツワイル」を見分けるチューリングテストに合格しかねない)。

【『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル:井上健監訳、小野木明恵、野中香方子〈のなか・きょうこ〉、福田実訳(NHK出版、2007年)】

 福岡伸一が同じことを言っている。「生命とは動的平衡にある流れである」(『生物と無生物のあいだ』)、「ミクロのレベルではたまたまそこに密度が高まっている分子の、ゆるい『淀み』でしかない」(『もう牛を食べても安心か』)と。つまり自我を支えているものは「記憶という情報」なのだ。

 では実際に私がコピーされたとしよう。一体全体どちらの私が本物であるのか?

『スター・トレック』の転送装置で、星の地上にいる人が宇宙船の中にビームで転送されるとき、何をやっているかというと、その人のいる地上の空間の素粒子状態、つまり情報状態を全部スキャンしているのです。そしてそのスキャンした状態を宇宙船の中に移動させているわけです。
 簡単にいえばコピーするということでしょうか。もちろん、思考も記憶も全部一緒にコピーをしています。それを移動と呼んでいるだけなのです。
 ただし、コピーだけでは移動ではありません。ただの複製になってしまうため、オリジナルの消去もあわせて行っているのです。
 スコッティーが転送してくれたときに、たまたま宇宙船が攻撃されて、オリジナルの消去ができなかったとしたら、オリジナルとコピーが同時に存在することになります。
 そして、しばらくしてからスコッティーに、「ごめん、あなたの転送は終わった。したがってこれからあなたを消去します」といわれてしまうわけです。
 では、どちらが本物か。
 それは、移動した方が本物なのです。それがインテンショナリティ、つまり意思という考え方です。
 移動するという意思が反映されているのは移動後のほうです。
 理論上は、寸分たがわず、魂まで含めた完全コピーではあります。しかし、移動という意思は複製された側にあるわけですから、結果として、オリジナルのあなたは消去されるべき存在になってしまうのです。

【『苫米地英人、宇宙を語る』苫米地英人〈とまべち・ひでと〉(角川春樹事務所、2009年)】

「コピーという意思」に軍配が上がるというのだ。だから親が先に死ぬのか(笑)。私の完全コピーが100体あったとすれば、100番目のコピーが本物となる。ただし、これは「自我の固有性」にまつわる問題であって、各コピーの環境が異なるわけだから当然それぞれの人生は別物だ。

移動(コピー)した方が本物

 社会にも進化にも常にコピーという同調圧力が働いている。コピーし損なった者は弾かれる。美しいコピーを競うのが「受験」だ。

 彼は一瞬私を優しく見つめ、それから言った。「あなた――あなたの身体、感情、思考――は、過去の結果です。あなたの身体はたんなるコピーなのです。例えば羨望や怒りなどのどんな感情も、過去の結果なのです。羨望について、それを抑圧したり、それを何かあるいは何らかの行為にしようとするなど、あなたが何をしようと、それもまた過去の結果なのです。そのように、あなたはたんに経験の輪のなかを動いているだけなのです」

【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J・クリシュナムルティ:大野純一訳(コスモス・ライブラリー、2000年)】

 コピーは「過去への依存」である。自我の大半は親や教師、友人、本、メディアによって書き込まれたものだろう。真の悟りとは意味から離れ、時間から離れ、自我を白紙に洗い戻す営みに違いない。これが「即時性」だ。

ポスト・ヒューマン誕生―コンピュータが人類の知性を超えるとき苫米地英人、宇宙を語る私は何も信じない―クリシュナムルティ対談集

パソコンが壊れた、死んだ、殺した
移動(コピー)した方が本物
レイ・カーツワイル
苫米地英人

2015-12-07

なぜ『ポスト・ヒューマン誕生』を否定的に描いたのか?/『トランセンデンス』ウォーリー・フィスター監督


『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル
『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗

 ・なぜ『ポスト・ヒューマン誕生』を否定的に描いたのか?

『LUCY/ルーシー』リュック・ベッソン監督、脚本
『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド

 たった今、見終えた。究極の駄作であるが、アメリカのキリスト教原理主義傾向や反知性主義が透けて見える。なぜ『ポスト・ヒューマン誕生』を否定的に描いたのか? それは神を守るためだ。

「トランセンデンス」は超越の意であり、映画では「シンギュラリティ」よりも上に位置づけている。きっと「神の超越」に掛けたのだろう。

 主人公ウィルの意識を宿すコンピュータがなぜ悪役となったのかがわかりにくい。鍵はいくつかの場面にある。ひとつは不治の病をコンピュータが治すシーンで「イエスの奇蹟」を思わせるゆえ、神への冒涜に当たるのだろう。二つ目は妻エヴリンの詳細なデータ解析を行っている事実がバレるところ。神は全知であっても構わないが、人の全知はご勘弁といったところか。三つ目はウィルの再生で、これはイエスと肩を並べる行為だ。

 レイ・カーツワイルは明るい未来を描いたにもかかわらず、やはり結論が気に食わない連中がアメリカには多いのだろう。カーツワイルは人工知能が全宇宙に広がってゆく様相(エポック6)まで示し、宇宙を満たした意識の連帯が「神」となる可能性にまで言及している。

 永遠は神様の専売特許だ。つまりシンギュラリティ~トランセンデンスは神様の特許権を侵害しているのだ。この映画作品の主張はそこにある。



2014-07-02

アルゴリズムが人間の知性を超える/『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル


『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
・『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
・『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン
・『人間原理の宇宙論 人間は宇宙の中心か』松田卓也
全地球史アトラス
『2045年問題 コンピュータが人類を超える日』松田卓也

 ・指数関数的な加速度とシンギュラリティ(特異点)
 ・レイ・カーツワイルが描く衝撃的な未来図
 ・アルゴリズムが人間の知性を超える

意識と肉体を切り離して考えることで、人と社会は進化する!?【川上量生×堀江貴文】
『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗
『トランセンデンス』ウォーリー・フィスター監督
『LUCY/ルーシー』リュック・ベッソン監督、脚本
『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド
『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー
『養老孟司の人間科学講義』養老孟司
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ
『文明が不幸をもたらす 病んだ社会の起源』クリストファー・ライアン

情報とアルゴリズム

 まず、われわれが道具を作り、次は道具がわれわれを作る。
  ──マーシャル・マクルーハン

【『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル:井上健〈いのうえ・けん〉監訳、小野木明恵〈おのき・あきえ〉、野中香方子〈のなか・きょうこ〉、福田実〈ふくだ・みのる〉訳(NHK出版、2007年)以下同】

 出たよ、マクルーハンが。本当にこの親父はもの思わせぶりな言葉が巧いよな。道具とはコンピュータである。

 われわれの起源を遡ると、情報が基本的な構造で表されている状態に行き着く。物質とエネルギーのパターンがそうだ。量子重力理論という最近の理論では、時空は、離散した量子、つまり本質的には情報の断片に分解されると言われている。物質とエネルギーの性質が究極的にはデジタルなのかアナログなのかという議論があるが、どう決着するにせよ、原子の構造には離散した情報が保存され表現されていることは確実にわかっている。

 波であれば連続的で、量子であれば離散的になる。既に時間も長さも最小単位が存在する(プランク時間プランク長)。

生い立ちから「ディジタル」…「量子論」

 生物の知能進化率と、テクノロジーの進化率を比較すると、もっとも進んだ哺乳類では、10万年ごとに脳の容量を約16ミリリットル(1立法インチ)増やしてきたのに対し、コンピュータの計算能力は、今現在、毎年おおよそ2倍になっている。

 指数関数的に技術革新が行われることで進化スピードを凌駕するのだ。

 これから数十年先、第5のエポックにおいて特異点が始まる。人間の脳に蓄積された大量の知識と、人間が作りだしたテクノロジーがもついっそう優れた能力と、その進化速度、知識を共有する力とが融合して、そこに到達するのだ。エポック5では、100兆の極端に遅い結合(シナプス)しかない人間の脳の限界を、人間と機械が統合された文明によって超越することができる。
 特異点に至れば、人類が長年悩まされてきた問題が解決され、創造力は格段に高まる。進化が授けてくれた知能は損なわれることなくさらに強化され、生物進化では避けられない限界を乗り越えることになる。しかし、特異点においては、破壊的な性向にまかせて行動する力も増幅されてしまう。特異点にはさまざまな面があるのだ。

 アルゴリズムが人間の知性を超える瞬間だ。このあたりについてはクリストファー・スタイナー著『アルゴリズムが世界を支配する』が詳しい。人間がコンピュータに依存するというよりも、人間とコンピュータが完全に融合する時代が訪れる。

 今のところ、光速が、情報伝達の限界を定める要因とされている。この制限を回避することは、確かにあまり現実的ではないが、なんらかの方法で乗り越えることができるかもしれないと思わせる手がかりはある。もしもわずかでも光速の限界から逃れることができれば、ついには、超光速の能力を駆使できるようになるだろう。われわれの文明が、宇宙のすみずみにまで創造性と知能を浸透させることが、早くできるか、それともゆっくりとしかできないかは、光速の制限がどれだけゆるぎないものかどうかにかかっている。

 これが量子コンピュータの最優先課題だ。量子もつれが利用できれば光速を超えることが可能だ。

 この事象のあとにはなにがくるのだろう? 人間の知能を超えたものが進歩を導くのなら、その速度は格段に速くなる。そのうえ、その進歩の中に、さらに知能の高い存在が生みだされる可能性だってないわけではない。それも、もっと短い期間のうちに。これとぴったり重なり合う事例が、過去の進化の中にある。動物には、問題に適応し、創意工夫をする能力がある。しかし、たいていは自然淘汰の進み方のほうが速い。言うなれば、自然淘汰は世界のシミュレーションそのものであり、自然界の進化スピードは自然淘汰のスピードを超えることができない。一方、人間には、世界を内面化して、頭の中で「こうなったら、どうなるだろう?」と考える能力がある。つまり、自然淘汰よりも何千倍も速く、たくさんの問題を解くことができる。シミュレーションをさらに高速に実行する手段を作りあげた人間は、人間と下等動物とがまったく違うのと同様に、われわれの過去とは根本的に異なる時代へと突入しつつある。人間の視点からすると、この変化は、ほとんど一瞬のうちにこれまでの法則を全て破壊し、制御がほとんど不可能なくらいの指数関数的な暴走に向かっているに等しい。
  ──ヴァーナー・ヴィンジ「テクノロジーの特異点」(1993年)

 たぶんエリートと労働者に二分される世界が出現することだろう。いい悪いではなく役割分担として。その時、労働者はエリートが考えていることを理解できなくなっているに違いない。驚くべき知の淘汰が行われると想像する。

 超インテリジェント・マシンとは、どれほど賢い人間の知的活動をも全て上回るほどの機械であるのだとしよう。機械の設計も、知的な活動のひとつなので、超インテリジェント・マシンなら、さらに高度な機械を設計することができるだろう。そうなると、間違いなく「知能の爆発」が起こり、人間の知性ははるか後方に取り残される。したがって、人間は、超インテリジェント・マシンを最初の1台だけ発明すれば、あとはもうなにも作る必要はない。
  ──アーヴィング・ジョン・グッド「超インテリジェント・マシン1号機についての考察」(1965年)

 万能チューリングマシンの誕生だ。仮にコンピュータが自我を獲得したとしよう(「心にかけられたる者」アイザック・アシモフ)。マシンの寿命が近づけば自我もろともコピーすることが可能だ。そう。コンピュータは永遠の生命を保てるのだ。ここに至り、光速と同様に人間の寿命がイノベーションの急所であることが理解できよう。

 自我は個々人に特有のアルゴリズムと考えることができる。そんな普遍性のないアルゴリズムはノイズのような代物だろう。コンピュータが人類を凌駕した時、真実の人間性が問われる。

2017-01-02

機械の字義/『青雲はるかに』宮城谷昌光


『管仲』宮城谷昌光
『重耳』宮城谷昌光
『介子推』宮城谷昌光
『晏子』宮城谷昌光
『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光
『孟嘗君』宮城谷昌光
『楽毅』宮城谷昌光

 ・友の情け
 ・機械の字義

『奇貨居くべし』宮城谷昌光
『香乱記』宮城谷昌光

「ちかごろは田圃(でんぽ)にも機械とよばれるものがはいってきております。ひとつを押すとほかが動くというしかけでして……」
「機械か……。機はともかく、械は罪人をしばる桎梏(かせ)のことだ。人はおのれを助けるためにつくりだしたからくりによって、おのれをしばることになるということか。械とはよくつけた名だ。わしもその械にしばられるひとりか」
 范雎〈はんしょ〉は鼻で哂(わら)った。

【『青雲はるかに』(上下)宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(集英社、1997年/集英社文庫、2000年/新潮文庫、2007年)以下同】

 宮城谷作品を支えているのは白川漢字学である。支那古典というジャングルの中で宮城谷は迷う。自分の居場所もわからなくなった時、白川静の漢字学が進むべき方向を示してくれた。白川の著作を読むと「たったの一語、たったの一行で小説が1000枚書ける」と宮城谷は語る(『三国志読本』文藝春秋、2014年)。

 白川静が明らかにしたのは漢字の呪能(じゅのう)であった(『漢字 生い立ちとその背景』白川静)。神との交流から始まった漢字に込められた宗教的次元を解明したのだ。漢字が表すのは儀礼と祈りだ。

 機械は作業や労働を楽にする。人類の特徴の一つに「道具の使用」がある。厳密に言えばサルも道具を使うため、正確には「道具を加工し利用する」。道具・機械の歴史は小型の斧(おの)からスーパーコンピュータにまで至るわけだがこの間(かん)、人類が進化した形跡は見られない。械が「罪人をしばる桎梏(かせ)」であれば退化した可能性を考慮する必要があるだろう。

 計算機(電卓)やコンピュータは脳の働きを補完する。私は日に数十回はインターネットを検索しているが、脳の検索機能が低下しているように感じてならない。デジカメや録音機器なども記憶の低下を助長していることだろう。

 レイ・カーツワイルは2045年に人工知能がヒトを凌駕すると指摘している(『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル)。その時、械の意味は「コンピュータの進化を阻むヒト」に変わっているかもしれない。

青雲はるかに〈上〉 (新潮文庫)青雲はるかに 下巻三国志読本

2019-12-21

21世紀の「立正安国論」/『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ


『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
『文化がヒトを進化させた 人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉』ジョセフ・ヘンリック
『家畜化という進化 人間はいかに動物を変えたか』リチャード・C・フランシス
『人類史のなかの定住革命』西田正規
『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』ジェームズ・C・スコット
『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル
『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗
『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド
『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ

 ・21世紀の「立正安国論」

『21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考』ユヴァル・ノア・ハラリ

情報とアルゴリズム
必読書リスト その五

 3000年紀(西暦2001~3000年)の夜明けに、人類は目覚め、伸びをし、目を擦る。恐ろしい悪夢の名残が依然として頭の中を漂っている。「有刺鉄線やら巨大なキノコ雲やらが出てきたような気がするが、まあ、ただの悪い夢さ」。人類はバスルームに行き、顔を洗い、鏡で顔の皺(しわ)を点検し、コーヒーを淹(い)れ、手帳を開く。「さて、今日やるべきことは」
 その答えは、何千年にもわたって不変だった。20世紀の中国でも、中世のインドでも、古代のエジプトでも、人々は同じ三つの問題で頭がいっぱいだった。すなわち、飢饉と疫病と戦争で、これらがつねに、取り組むべきことのリストの上位を占めていた。人間は幾世代ともなく、ありとあらゆる神や天使や聖人に祈り、無数の道具や組織や社会制度を考案してきた。それにもかかわらず、飢餓や感染症や暴力のせいで厖大(ぼうだい)な数の人が命を落とし続けた。そこで多くの思想家や預言者は、飢饉と疫病と戦争は神による宇宙の構想(訳註 本書で言う「宇宙の構想」とは、全能の神あるいは自然の永遠の摂理が用意したとされる、全宇宙のための広大無辺で、人間の力の及ばない筋書きを意味する)にとって不可欠の要素である。あるいは、人間の性質と不可分のものである。したがって、この世の終わりまで私たちがそれらから解放されることはないだろう。

【『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ:柴田裕之〈しばた・やすし〉訳(河出書房新社、2018年)】

 冒頭のテキストである。既に紹介した通り本書はS・N・ゴエンカに捧げられている。とすれば本書は歴史や文明の研究を目的に書かれたものではないだろう。むしろそれらを俯瞰し、点に見えるほどの高い抽象度に向かう瞑想の流れを記述したに違いない。

 ホモ・デウスとは「神の人」の謂(いい)である。前作ではホモ・サピエンスの壮大な歴史を記し、本書では神へと進化する人類の様相を遠望するが、レイ・カーツワイルとは全く異なるディストピアが描かれている。

「飢饉と疫病と戦争」の克服は日蓮が「立正安国論」に掲げたテーマだ。三災七難三災(穀貴〈こっき〉、兵革〈ひょうかく〉、疫病〈えきびょう〉)が完全に符合する。

 骨子は似ていてもハラリは「安国」との結論は提示しない。むしろ人類がデータ化される暗然たる未来を示すだけだ。先に瞑想と書いたがハラリは「見る」ことに徹している。

 ページをめくると直ぐにわかることだが日蓮が生きた鎌倉時代(13世紀)からすれば、我々が生きる世紀は既に三災を克服しつつある。核兵器が登場してから抑止力が機能し大きな戦争はなくなった。飢餓も激減し、100万単位の人々が死ぬような疫病もない(参照『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド)。

 ハラリは本書を40歳で書き上げ、日蓮が「立正安国論」を認(したた)めた39歳とほぼ同齢であるのも興味深い一致だ。日蓮は最明寺入道(北条時頼)に「邪宗への布施を止めて正法(しょうほう/法華経)に帰依せよ」と迫った。日蓮は公場対決(こうじょうたいけつ/公開討論)を望んだが果たせなかった。その意味では対話の人といえるが鎌倉時代ゆえか政治意識がファシズムの域を出ていない。一方ハラリは人類の特長を知性に求めればデータ化されることは必然であると説く。知性が人を支配すると考えれば、実はこれもまたファシズムなのである。

 かつては政治家や学者が「社会の知性」と思われていた。いまだに学歴が重んじられるのも知性重視と考えてよかろう。結局のところ自分より有能な人物に社会の重責を担ってもらいたいと望む精神はファシズムの方向を向いていると言ってよい。民主政と選挙はセットになっているが社会において多数決で物事を決めることはまずない。誰もが民主的な運営は正しいと思いながらも全員で判断を下すことはないのだ。株式会社はやや民主政の要素を取り入れているが実態はファシズムだ。このように知性を重視すればやがてデータに行き着く。AI(人工知能)はビッグデータから相関関係を読み解く。チェスはおろか将棋や囲碁に至るまでAIは人間を打ち負かした。

 日蓮はマントラの人であり、ハラリはヴィパッサナー瞑想の実践者だ。修行の次元ではハラリが勝(まさ)る。

 ハラリの予想と前後してヒトバイクロオームが注目されるようになった。これを私は「知性から腸への回帰」と見る。「頭から肚(はら)へ」と言ってもよい。身体(しんたい)の見直しは古武術に対する脚光や、スポーツで体幹が重視されるようになった事実が雄弁に物語っている。

 私はそれほど未来を悲観していない。人類が岐路に立つ今、知性から野生へと生き方を変えてはどうか。

2017-12-31

テクノロジーは人間性を加速する/『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー


『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル
『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗
『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド
『インフォメーション 情報技術の人類史』ジェイムズ・グリック
『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ
『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー

 ・テクノロジーは人間性を加速する

必読書リスト その五

 現在の生活の中のどんな目立った変化も、その中心には何らかのテクノロジーが絡んでいる。テクノロジーは人間性を加速する。テクノロジーによって、われわれが作るものはどれも、何かに〈なっていく〉(ビカミング)プロセスの途中にある。あらゆるものは何か他のものになることで、【可能性】から【現実】へと撹拌(かくはん)される。すべては流れだ。完成品というものはないし、完了することもない。決して終わることのないこの変化が、現代社会の中心軸なのだ。
 常に流れているということは、単に「物事が変化していく」以上の意味を持つ。つまり、流れの原動力であるプロセスの方が、そこから生み出される結果(プロタクト)より重要なのだ。過去200年で最大の発明は、個別のガジェットや道具でなく、科学的なプロセスそのものだ。ひとたび科学的な方法論が発明されれば、それなしでは不可能だった何千ものすばらしいものをすぐに創れるようになる。方法論として常に変化し進歩するというプロセスは、ある特定のプロダクトを作り出すより100万倍も優れ、おかげで何世紀にもわたって100万もの新しいプロダクトを生み出してくれた。現行のプロセスを正しく使えば、それは今後も利益を生み出していくだろう。われわれの新しい時代には、プロセスが製品(プロダクト)を凌駕するのだ。
 プロセスへと向かうこうした変化によって、われわれが作るすべてのものは、絶え間ない変化を運命づけられる。固定した名詞の世界から、流動的な動詞の世界に移動していく。

【『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー:服部桂〈はっとり・かつら〉訳(NHK出版、2016年)】

 飛行機に乗ったスー族は空港で魂が到着するのを待った(『裏切り』カーリン・アルヴテーゲン)。そしてエネルギーを使えばつかうほど時間が早く進む(『「長生き」が地球を滅ぼす 現代人の時間とエネルギー』本川達雄)。新たなテクノロジーがエネルギーを最大化する。ここにイノベーション(技術革新)の本質がある。

「まえがき」がまだるっこしくて読むのを躊躇(ちゅうちょ)したが、本文に入るやいなや独創性あふれる視点と文体に引きずり込まれた。「プロダクトよりもプロセスが重要だ」という指摘はツイッターを見れば明らかだ。新聞やブログなどの固定した記事よりも、返信・引用・リツイートという「流れ」に人々は注目する。かつての掲示板(BBS)は議論することが目的だった。ところがツイッターは基本的につぶやき(独語)である。情報の取捨選択は自分に委ねられている。膨大な数のツイートがあたかも脳内のシナプスのように発火し、つながり、回路を形成してゆく。いつの日か優れた知性と感情が世界を覆い尽くすようになれば、その流れは「神」と呼ばれてもおかしくはない(『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル)。

 ここでクリシュナムルティの『人はどのようにして変容し、「なる」(ビカミング)から「ある」(ビーイング)ことへのこの根源的変化を起こしたらいいのでしょう?』(『自由とは何か』J・クリシュナムルティ)との提起を引用するのは場違いだ。ケヴィン・ケリーが指摘する「ビカミング」は人類全体が種(しゅ)として変化する様相を指すのだ。

 ヒトは言葉を生み、文字を発明した。紙、印刷技術、通信、ラジオ、テレビ、そしてコンピュータ、インターネットに至るイノベーションは「人類が一つになる」方向を目指している。邪悪と凡庸は恐るべきスピードで淘汰(とうた)されてゆくことだろう。

 誰かに言われた一言や一冊の本が人生を変えることは決して珍しいことではない。新しい時代はそれが日常的かつ連続的に起こるのだ。融合することで個の影は薄くなる。これがネット時代の諸法無我だ。「私は変わった」ではなく、「変わり続ける流れが『私』」となる。

 つまり大脳新皮質の外側を覆うべく、インターネットを介して大脳超新皮質が誕生するのだ。

2014-04-08

脳は宇宙であり、宇宙は脳である/『あなたの知らない脳 意識は傍観者である』デイヴィッド・イーグルマン


『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ

 ・脳は宇宙であり、宇宙は脳である

『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム
『しらずしらず あなたの9割を支配する「無意識」を科学する』レナード・ムロディナウ
『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル

 脳はニューロンとグリアという細胞が何千億個も集まってできている。その細胞の一つひとつが、都市と同じくらい込み入っている。それぞれに全ヒトゲノムが入っていて、複雑な営みのなかで何十億という分子をやり取りする。一つひとつの細胞がほかの細胞に電気パルスを毎秒何百回も送る。脳内で生じる数十兆のパルスそれぞれを1個の光子で表わしたら、目がくらむような光になるだろう。
 その細胞どうしをつなぐネットワークは驚異的に複雑なので、人間の言語では表現できず、新種の数学が必要だ。典型的なニューロン1個は近隣のニューロンと約1万個の結合部をもっている。何十億というニューロンがあることを考えると、脳組織わずか1立方センチに銀河系の星と同じ数の結合部があることになる。
 あなたの頭蓋骨のなかにある1300グラムのピンク色でゼリー状の器官は、異質な、計算する物質だ。小さな自己設定型のパーツで構成され、私たちがつくろうと志したことのあるどんなものもはるかに超えている。だから、自分が怠け者だとか鈍いと思っている人も、安心してほしい。あなたは地球上で最も活発で、最も鋭い生きものなのだ。
 それにしても、うそのような話だ。私たちはおそらく地球上で唯一、向こうみずにも自らのプログラミング言語を解読するゲームに打ち込むほど高度なシステムである。あなたのデスクトップコンピューターが、周辺装置を操作し始め、勝手にカバーをはずし、ウェブカメラを自分の回路に向けるところを想像してみてほしい。それが私たちだ。

【『あなたの知らない脳 意識は傍観者である』デイヴィッド・イーグルマン:大田直子訳(早川書房、2012年『意識は傍観者である 脳の知られざる営み』改題)】

 今気づいたのだが著者は、リチャード・E・サイトウィック(リチャード・E・シトーウィック改め)『脳のなかの万華鏡 「共感覚」のめくるめく世界』の共著者であるデイヴィッド・M・イーグルマンとたぶん同一人物だろう。

 意識三部作としては、『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ→『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ→本書の順番で読むことを勧める。次にアントニオ・R・ダマシオへ進み、更に『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム、『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるか』トーマス・ギロビッチ、『脳はいかにして〈神〉を見るか 宗教体験のブレイン・サイエンス』アンドリュー・ニューバーグ、ユージーン・ダギリ、ヴィンス・ロースを読めば理解が深まる。たぶん天才になっていることだろう。

 宇宙に匹敵する広大な領域。それが脳である。脳が宇宙であるならば、宇宙が脳である可能性も高い(『宇宙をプログラムする宇宙 いかにして「計算する宇宙」は複雑な世界を創ったか?』セス・ロイド/『インフォメーション 情報技術の人類史』ジェイムズ・グリック/『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル)。


 ニューロン(神経細胞)の数は「大脳で数百億個、小脳で1000億個、脳全体では千数百億個にもなる」(理化学研究所 脳科学総合研究センター)。大脳よりも小脳に多かったとは露知らず。そしてニューロンとニューロンをつなぐシナプスは1個につき1万箇所ある(生理学研究所)。ただし脳の状態をいくら調べたところで意識が解明されるわけではない。

何を意識の発生とするか


 私は意識発生のメカニズムを解く鍵は自己鏡像認知にあると考える。既に何度か書いてきたが、自己鏡像認知とは「相手の瞳に映る自分を理解する能力」と定義したい。「私」だけでは意識たり得ない。「私」を客観的かつ抽象的に捉える視点(メタ認知)こそが意識なのだ。

 しかしながら我々の日常生活は無意識で運転されている。

 車でいえば、教習所にいたときには、クラッチを踏んでギアをローに入れて……、と、順番に逐次的に学びます。
 けれども、実際の運転はこれでは危ないのです。同時に様々なことをしなくてはなりません。あるとき、それができるようになりますが、それは無意識化されるからです。
 意識というのは気がつくことだと書きましたが、今気がついているところはひとつしかフォーカスを持てないのです。無意識にすれば、心臓と肺が勝手に同時に動きます。
 同時に二つのことをするのはすごく大変です。けれどもそれは、車の運転と同じで慣れです。何度もやっていると、いつの間にかその作業が無意識化されるようになってくるのです。
 無意識化された瞬間に、超並列に一気に変わります。

【『心の操縦術 真実のリーダーとマインドオペレーション』苫米地英人〈とまべち・ひでと〉(PHP研究所、2007年/PHP文庫、2009年)】

論理の限界/『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ

 例えば旅行に行くとしよう。行き先は意識的に選択するが、現地で何を見るかは条件反射的に行われる。すなわち何を見るかを我々は意識的に選べないのだ。五感は外界への反応に基いており、五感情報は一方的に受け取る性質を帯びている。

 意識が発生するのは違和感を覚える場合が多い。他者や世界を自分の外側に強く意識した時、自我意識が立ち上がってくるのではあるまいか。その意味で疎外感を知らない幼児が鏡像認知をできないのは当然である。もちろん国家意識も自我意識から芽生えたものだろう。

 瞑想が諸法無我の実践であるならば、シナプスの発火は止(や)み、自我は解体され宇宙に溶け込むのだろう。ジル・ボルト・テイラーがそう語っている。

あなたの知らない脳──意識は傍観者である (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)心の操縦術 (PHP文庫)


死の恐怖/『ちくま哲学の森 1 生きる技術』鶴見俊輔、森毅、井上ひさし、安野光雅、池内紀編

2012-05-26

米国で疲れも恐怖も感じない兵士を作るプロジェクトが進行中


 戦場で一切疲れも恐怖も感じない兵士。これは近未来のロボット兵士の話ではない。現在、米国防総省の資金提供のもと、生身の人間で実際に行なわれているニューロ・サイエンス(神経科学)の研究だ。「将来、人間の身体と機械が物理的に結合する可能性がある」。そう語る米大統領の生命倫理委員会上級スタッフ、ジョナサン・D・モレノ博士が、近未来兵器「操作される脳」の実態を明らかにする。

 恐怖心のない兵士を作るプロジェクトで、研究者が着目しているのが、心臓病の治療薬として用いられるβ(ベータ)ブロッカー(交感神経β受容体遮断薬)だ。この薬は交感神経のアドレナリン受容体のうち、β受容体のみに遮断作用をするものだが、この薬を服用していると感情が平坦になることが分かっている。そこで暴行被害などで精神的外傷ストレス障害(PTSD)を負った人に、心理療法やカウンセリングと共にβブロッカーを与えることが行なわれるようになった。

 βブロッカーには情緒的な激しい感情の記憶を遮断する作用があるようだ。否定する科学者も一部にいるが、そのうち改良が進めば戦場の兵士に有効になると多くの科学者が思っている。

 民間の科学者の中には、米国防総省国防高等研究計画局(DARPA=ダーパ)から資金提供を受けるこれらの研究は問題だと指摘する者がいる。マインドコントロールの実験台になっていると批判する声もある。しかし、例えば脳と機械を融合させるブレイン・マシン・インターフェースの研究は、義肢などの補綴器具の開発に寄与するはずだし、睡眠不足防止プログラムの研究は、眠りたい時だけに眠りたいという人の需要を掘り起こすだろう。さらにアルツハイマー病などの脳疾患に対する理解が進み、画期的な治療法が見つかる可能性がある。

 その一方で兵士の感情をコントロールするといった研究を突き詰めていけば、人間であるとはどういうことかという倫理的な命題に突き当たることは確かだ。こうした問題については、神経科学者、当局関係者、一般市民の代表などが、慎重かつ冷静に議論していく必要があるだろう。

『SAPIO』2012年4月25日号

 フーム、究極のポジティブシンキングというわけか。人間のオズマ化が進行中。大多数の人々は「操作される対象」と化す。

 小田嶋隆の言葉を思い出さずにはいられない。「我々ゲーマーは、戦争みたいな、洗練度の低い、質の悪いゲームにはつき合わない。せいぜい高見の見物を決め込んで、嘲笑するだけだ」(『パソコンゲーマーは眠らない』)。

 国家という権力システムが国民を労働者、兵士、ロボットに仕立てるのであれば、この世界に「社会」などというものは存在しない。テクノロジーの進歩はことごとく「人間を手段化」する方向へ向かうのもおかしな話だ。むしろ権力を解体する方向へとシフトすべきだろう。

 権力は富の集中となって具体的な姿を現す。使い切ることもできない資産を有する彼らが、世界中に貧困をばらまいているのだ。発展途上国から搾取し続けているのはアメリカ、イギリス、フランスであり、こうした国々に不幸な世界を築いた真犯人がいることは疑問の余地がない。

 彼らの手からテクノロジーを奪い返す必要がある。さもなければ、生まれたばかりの赤ん坊にチップを埋め込まれるような時代がすぐそこまで来ている。

マイクロチップ
マイクロチップを脳に埋め込んで人をコントロールする。
脳に埋め込んだマイクロチップでロボットアームを操作する猿
ロボットが人間の代わりに売春すると家庭円満になる!?
レイ・カーツワイルが描く衝撃的な未来図/『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル

マインド・ウォーズ 操作される脳

2016-07-19

必読書リスト その五


     ・キリスト教を知るための書籍
     ・宗教とは何か?
     ・ブッダの教えを学ぶ
     ・悟りとは
     ・物語の本質
     ・権威を知るための書籍
     ・情報とアルゴリズム
     ・世界史の教科書
     ・日本の近代史を学ぶ
     ・虐待と精神障害&発達障害に関する書籍
     ・時間論
     ・身体革命
     ・ミステリ&SF
     ・必読書リスト その一
     ・必読書リスト その二
     ・必読書リスト その三
     ・必読書リスト その四
     ・必読書リスト その五

『イスラム教の論理』飯山陽
『「自分で考える」ということ』澤瀉久敬
『壊れた脳 生存する知』山田規畝子
『「わかる」とはどういうことか 認識の脳科学』山鳥重
『世界はありのままに見ることができない なぜ進化は私たちを真実から遠ざけたのか』ドナルド・ホフマン
『ウィリアム・フォーサイス、武道家・日野晃に出会う』日野晃、押切伸一
『物語の哲学』野家啓一
『精神の自由ということ 神なき時代の哲学』アンドレ・コント=スポンヴィル
『完全教祖マニュアル』架神恭介、辰巳一世
『宗教は必要か』バートランド・ラッセル
『無責任の構造 モラルハザードへの知的戦略』岡本浩一
『原発危機と「東大話法」 傍観者の論理・欺瞞の言語』安冨歩
『服従の心理』スタンレー・ミルグラム
『権威の概念』アレクサンドル・コジェーヴ
『一九八四年』ジョージ・オーウェル:高橋和久訳
『「絶対」の探求』バルザック
『絶対製造工場』カレル・チャペック
『華氏451度』レイ・ブラッドベリ
『われら』ザミャーチン:川端香男里訳
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
『あなたの知らない脳 意識は傍観者である』デイヴィッド・イーグルマン
『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるか』トーマス・ギロビッチ
『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー
『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム
『しらずしらず あなたの9割を支配する「無意識」を科学する』レナード・ムロディナウ
『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー
『アメリカ民主党の崩壊2001-2020』渡辺惣樹
『確信する脳 「知っている」とはどういうことか』ロバート・A・バートン
『集合知の力、衆愚の罠 人と組織にとって最もすばらしいことは何か』 アラン・ブリスキン、シェリル・エリクソン、ジョン・オット、トム・キャラナン
『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン
『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル
『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー
・『LIFE3.0 人工知能時代に人間であるということ』マックス・テグマーク
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ
『苫米地英人、宇宙を語る』苫米地英人
『数学的にありえない』アダム・ファウアー
『悪の民主主義 民主主義原論』小室直樹
『死生観を問いなおす』広井良典
『日本人のための宗教原論 あなたを宗教はどう助けてくれるのか』小室直樹
『君あり、故に我あり 依存の宣言』サティシュ・クマール
『脳はいかにして〈神〉を見るか 宗教体験のブレイン・サイエンス』アンドリュー・ニューバーグ、ユージーン・ダギリ、ヴィンス・ロース:茂木健一郎訳
『なぜ、脳は神を創ったのか?』苫米地英人
『宗教を生みだす本能 進化論からみたヒトと信仰』ニコラス・ウェイド
『神はなぜいるのか?』パスカル・ボイヤー
『人類の起源、宗教の誕生 ホモ・サピエンスの「信じる心」が生まれたとき』山極寿一、小原克博
『人間の本性について』エドワード・O ウィルソン
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
『ハキリアリ 農業を営む奇跡の生物』バート・ヘルドブラー、エドワード・O・ウィルソン
『徳の起源 他人をおもいやる遺伝子』マット・リドレー
『遺伝子 親密なる人類史』シッダールタ・ムカジー
『若返るクラゲ 老いないネズミ 老化する人間』ジョシュ・ミッテルドルフ、ドリオン・セーガン
『音と文明 音の環境学ことはじめ』大橋力
『トレイルズ 「道」と歩くことの哲学』ロバート・ムーア
『潜在意識をとことん使いこなす』C・ジェームス・ジェンセン
『こうして、思考は現実になる』パム・グラウト
『こうして、思考は現実になる 2』パム・グラウト
『自動的に夢がかなっていく ブレイン・プログラミング』アラン・ピーズ、バーバラ・ピーズ
『あなたという習慣を断つ 脳科学が教える新しい自分になる方法』ジョー・ディスペンザ
『ゆだねるということ あなたの人生に奇跡を起こす法』ディーパック・チョプラ
『同じ月を見ている』土田世紀
『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う』友岡雅弥
『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」』草薙龍瞬
『手にとるようにNLPがわかる本』加藤聖龍
『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ
『怒らないこと2 役立つ初期仏教法話11』アルボムッレ・スマナサーラ
『人生の短さについて』セネカ:茂手木元蔵訳
『怒りについて 他一篇』セネカ:茂手木元蔵訳
『怒りについて 他二篇』セネカ:兼利琢也訳
『中国古典名言事典』諸橋轍次
『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』ジル・ボルト・テイラー
『悟り系で行こう 「私」が終わる時、「世界」が現れる』那智タケシ
『わかっちゃった人たち 悟りについて普通の7人が語ったこと』サリー・ボンジャース
『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル
『タオを生きる あるがままを受け入れる81の言葉』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル
『シッダルタ』ヘルマン・ヘッセ
『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』ティク・ナット・ハン
『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳
『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳
『子供たちとの対話 考えてごらん』J・クリシュナムルティ
『生と覚醒(めざめ)のコメンタリー クリシュナムルティの手帖より 1』J・クリシュナムルティ
『生と覚醒(めざめ)のコメンタリー クリシュナムルティの手帖より 2』J・クリシュナムルティ
『生と覚醒(めざめ)のコメンタリー クリシュナムルティの手帖より 3』J・クリシュナムルティ
『生と覚醒(めざめ)のコメンタリー クリシュナムルティの手帖より 4』J・クリシュナムルティ
『生の全体性』J・クリシュナムルティ、デヴィッド・ボーム、デヴィッド・シャインバーグ

2015-10-10

毛利恒之、神坂次郎、中原圭介、筆坂秀世、他


 4冊挫折、4冊読了。

国富消尽 対米隷従の果てに』吉川元忠、関岡英之(PHP研究所、2005年)/編集された対談か。それぞれの発言が長い。規制緩和批判であるがやや内容が古い印象を受けた。吉川は『マネー敗戦』で知られる人物。それを踏まえて岩本沙弓が『新・マネー敗戦 ――ドル暴落後の日本』を著した。

売国者たちの末路』副島隆彦〈そえじま・たかひこ〉、植草一秀(祥伝社、2009年)/漂うルサンチマンに耐えられず。自民党内で竹中平蔵を引きずり下ろして植草を金融担当大臣にという動きがあった、と副島が指摘。植草は「りそな問題」を追求して不当逮捕の餌食となる。

不幸にする親 人生を奪われる子供』ダン・ニューハース:玉置悟〈たまき・さとる〉訳(講談社、2008年/講談社+α文庫、2012年)/翻訳の文体が馴染まず。教科書調。

ポスト資本主義 科学・人間・社会の未来』広井良典(岩波新書、2015年)/レイ・カーツワイルの『ポスト・ヒューマン誕生』が叩き台になっている。目のつけどころがいい。広井は文体が冗長でまったりしている。思考回路が慎重なのだろうか。いつも着想は素晴らしいのだがスピードに欠ける。こちらの思考が疾走できない。

 123冊目『日本共産党と中韓 左から右へ大転換してわかったこと』筆坂秀世〈ふでさか・ひでよ〉(ワニブックスPLUS新書、2015年)/意外と常識的な範囲で書かれている。興味深い内部情報は特にない。やや小ぢんまりとした印象。歴史的な記述よりもエッセイを読んでみたい。

 124冊目『石油とマネーの新・世界覇権図 アメリカの中東戦略で世界は激変する』中原圭介(ダイヤモンド社、2015年)/中原の新著。渡邉哲也は読まなくなったが中原からは目が離せない。それにしてもよく勉強している。中東の宗教&エネルギー入門といってよい。アメリカとイランの和解が世界のエネルギー地図を塗り替える。中原の展望は明るい。そして漁夫の利を最大に享受するのが日本である。ロシア、アフリカは凋落。エネルギー価格の低迷によって資源国も行き詰まる。2050年に向かって繁栄するのはアメリカ、日本、そしてASEAN諸国と予告。

 125冊目『今日われ生きてあり』神坂次郎〈こうさか・じろう〉(新潮社、1985年/新潮文庫、1993年)/特攻隊の遺書と彼らにまつわる証言集。まとまりを欠いた印象を受けるのは残された資料の少なさによるものだろう。米兵の報復を恐れた日本人は敗戦と同時に大量の書類や手紙を焼却した。敗色が濃くなった日本は10代の少年たちに「神風」の名のもとで自爆攻撃を命じた。多くの特攻隊は鹿児島の知覧(現在南九州市)から沖縄を目指して飛び立った。著者の神坂も特攻隊員であった。彼らの短い人生は清冽(せいれつ)としか表現し得ない。国家の仕打ちとあまりにも対照的だ。うどん屋の鉄ちゃんの話(第十二話 約束)が特に印象深い。「日本の近代史を学ぶ」に追加。

 126冊目『月光の夏』毛利恒之〈もうり・つねゆき〉(汐文社、1993年/講談社文庫、1995年)/涙が噴き出した。戦争の矛盾とメディアのあり方を問うた小説。実話に基づく。神坂本を先に読むと理解が深まる。特攻前日に二人の隊員が小学校を訪れ「ピアノを弾かせてほしい」と頼む。ピアニストを志望していた隊員が小学生の前で『月光』を流麗なタッチで披露した。彼らを見送る児童たちが『海ゆかば』を歌う。伴奏はもう一人の隊員が行った。この二人は誰だったのか? そして本当に実在したのか? 戦後の長い時を経て小学校のピアノは廃棄処分されることになった。彼らを迎えた女性代用教員(当時)が思わず「譲り受けたい」と申し出る。彼女が語ったエピソードは全校生徒の前で紹介され、地元マスコミも大きく報じた。毛利自身は「三池」という名前の構成作家。彼女の話をラジオ・ドキュメンタリーとして放送した。ところがその直前に放送された他局のラジオ番組で女性の話は「作り話」という印象を与えてしまった。二人の存在もさることながら、「振武寮」(しんぶりょう)を明らかにしたところに本書の最大の価値がある。軍統制、官僚などの問題と根は一緒であろう。本書は後に映画化され200万人の観客を動員した。「必読書」入り。

2020-01-14

「不惑」ではなく「不或」/『身体感覚で『論語』を読みなおす。 古代中国の文字から』安田登


『中国古典名言事典』諸橋轍次

 ・「不惑」ではなく「不或」

『日本人の身体』安田登
・『心の先史時代』スティーヴン・ミズン
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル
意識と肉体を切り離して考えることで、人と社会は進化する!?【川上量生×堀江貴文】

 孔子時代にはなかった漢字が含まれる『論語』文の代表例は「四十(しじゅう)にして惑わず」です。(中略)
 漢字のみで書けば「四十而不惑」。字数にして五文字。この五文字の中で孔子時代には存在していなかった文字があります。
「惑」です。
 五文字の中で最も重要な文字です。この重要な文字が孔子時代になかった。
 これは驚きです。なぜなら「惑」が本当は違う文字だったとなると、この文はまったく違った意味になる可能性だってあるからです。

【『身体感覚で『論語』】を読みなおす。 古代中国の文字から』安田登〈やすだ・のぼる〉(春秋社、2009年/新潮文庫、2018年)】

 twitterのリンクで知った書籍。安田登は能楽師である。伝統的な身体操作は古(いにしえ)の人々と同じ脳の部位を刺激することだろう。温故知新(「子曰く、故〈ふる〉きを温〈たず〉ねて新しきを知る、以て師と為るべし」『論語』)の温故である。

『論語』の中で、孔子時代にはなかった漢字から当時の文字を想像するときには、さまざまな方法を使います。一番簡単なのは、部首を取ってみるという方法です。部首を取ってみて、しかも音(おん)に大きな変化がない場合、それでいけることが多い。
「惑」の漢字の部首、すなわち「心」を取ってみる。
「惑」から「心」を取ると「或」になります。古代の音韻がわかる辞書を引くと、古代音では「惑」と「或」は同音らしい。となると問題ありません。「或」ならば孔子の活躍する前の時代の西周(せいしゅう)期の青銅器の銘文にもありますから、孔子も使っていた可能性が高い。
 孔子は「或」のつもりで話していたのが、いつの間にか「惑」に変わっていったのだろう、と想像してみるのです。(中略)
「或」とはすなわち、境界によって、ある区間を区切ることを意味します。「或」は分けること、すなわち境界を引くこと、限定することです。藤堂明保(あきやす)氏は不惑の「惑」の漢字も、その原意は「心が狭いわくに囲まれること」であるといいます(『学研漢和大字典』学習研究社)。
 四十、五十くらいになると、どうも人は「自分はこんな人間だ」と限定しがちになる。『自分ができるのはこのくらいだ」とか「自分はこんな性格だから仕方ない」とか「自分の人生はこんなもんだ」とか、狭い枠で囲って限定しがちになります。
「不惑」が「不或」、つまり「区切らず」だとすると、これは「【そんな風に自分を限定しちゃあいけない。もっと自分の可能性を広げなきゃいけない】」という意味になります。そうなると「四十は惑わない年齢だ」というのは全然違う意味になるのです。

 整理すると孔子が生まれる500年前に「心」という文字はあったがまだまだ一般的ではなかった。そして『論語』が編まれたのは孔子没後500年後のことである。

」の訓読みにはないが、門構えを付けると「(くぎ)る」と読める。そうなると「不或」は「くぎらず」「かぎらず」と読んでよさそうだ(或 - ウィクショナリー日本語版)。

「心」の字が3000年前に生まれたとすれば、ジュリアン・ジェインズが主張する「意識の誕生」と同時期である。私の昂奮が一気に高まったところで、きちんと引用しているのはさすがである。安田登はここから「心」(しん)と「命」(めい)に切り込む。

 認知革命から意識の誕生まで数万年を要している。自由と権利の獲得を自我の証と考えれば、自我の誕生はデカルトの『方法序説』(1637年)からイギリス市民革命(清教徒革命名誉革命/17世紀)~フランス革命(18世紀)の国民国家誕生までが起源となろう。ゲーテ著『若きウェルテルの悩み』が刊行されたのもこの頃(1774年)で人類における恋愛革命と言ってよい。すなわち自我は政治と恋愛において尖鋭化したのである。

2019-02-02

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