2016-03-11

東京大空襲


 この季節、きまって脳裏をよぎる五行歌がある。〈霊能者という人に/本当に霊が見えるなら/東京なんて/一歩も歩けないと/東京大空襲の生き残りの父〉(唐鎌史行、市井社『五行歌秀歌集2』)◆火炎と熱風をのがれて水辺に逃げた人の多くは酸欠死し、溺死し、凍死した。遺体からにじみ出た脂で隅田川が濁ったという。米軍機B29がおびただしい数の焼夷弾を東京上空から降らせたのは71年前のきょうである◆約10万人が…いや、命に切り捨てていい端数のあるはずがない。「東京大空襲を記録する会」の調査によれば、9万2778人が死亡した◆日本政府は戦後、無差別の大量虐殺であるこの東京大空襲を指揮したカーチス・ルメイ将軍に、勲一等旭日大綬章を贈っている。東京五輪の年、1964年(昭和39年)のことである。「自衛隊育成の功労者」という名目だが、霊は泣いただろう。〈東京なんて/一歩も歩けない…〉のは道理である。復興を成し遂げて、世紀の祭典に酔ったのか。いまもって理解しがたい◆人はときに、心弾む階段をのぼりながら堕落していく。ほろ苦い歴史の教えである。

【編集手帳 2016年3月10日】

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