2016-09-03

精神障碍者の自立/『悩む力 べてるの家の人びと』斉藤道雄


 ・精神障碍者の自立

『治りませんように べてるの家のいま』斉藤道雄
『べてるの家の「当事者研究」』浦河べてるの家

必読書リスト

 けれど、これがべてるの転機となる。
 先の見えない苦労がつづくなかで、いやもうそんな苦労を10年もつづけてきたところで、彼らは知らず知らずのうちにそれなりの力を身につけていた。泥沼のなかで、それでも萌え出ようとする芽が彼らのなかには生まれはじめていた。沈黙の10年の間、べてるの問題だらけの人たちは、ただ漫然と暮らしていたわけではない。ぶつかりあいと出会いをくり返しながら、そこにはいつしかゆるやかで不確かで気まぐれでありながら、肌身で感じることのできるひとつの「場」が作り出されていたのである。それはけっして強固な連帯に支えられた場でも、明晰な理念に支えられた場でもなかった。規則や取り決めや上下関係によって規定されたわざとらしい場でもなかった。ただ弱いものが弱さをきずなとして結びついた場だったのである。それはこの世のなかでもっとも力の弱い、富と地位と権力からいちばん遠く離れたところにいる人びとが作り出す、およそ世俗的な価値と力を欠いた人間どうしのつながりだった。
 けれどそこでは、だれが決めたわけでもなく、まためざしたわけでもなく、はじめから変わることなく貫き通されてきたひとつの原則があった。それは、けっして「だれも排除しない」という原則である。落ちこぼれをつくらないという生き方である。そもそも彼らのなかでは排除ということばが意味をなさない。彼らはすでに幾重にも、幾たびもこの社会から排除され落ちこぼれてきた人びとだったのだから。おたがいにもうこれ以上落ちこぼれようがない人びとの集まりが、弱さをきずなにつながり、けっして排除することなくまた排除されることもない人間関係を生きてきたとき、そこにあらわれたのは無窮の平等性ともいえる人間関係だった。そのかぎりない平等性を実現した「けっして排除しない」という関係性こそが、べてるの場をつくり、べてるの力の源泉になっていた。その力が、昆布内職打ち切り事件のさなかで発揮されようとしていた。

【『悩む力 べてるの家の人びと』斉藤道雄(みすず書房、2002年)以下同】

 後輩から勧められて読んだ一冊。べてるの家の名前は知っていたが、「どうせキリスト教だろ?」との先入観があった。斉藤道雄はガラスのように透明な文体で微妙な揺れや綾(あや)を丹念に綴る。本書で第24回講談社ノンフィクション賞を受賞した。

「三度の飯よりミーティング」がべてるの家のモットーである。彼らは話し合う。どんなことでも。生活を共にする彼らの言葉は生々しい。企業で行われる会議のような見せかけは一切ない。読み進むうちにハッと気づくのは「社会が機能している」事実である。私は政治に関しては民主政よりも貴族政を支持するが、組織や集団には民主的な議論が不可欠であることは言うまでもない。1990年代から正規雇用が綻(ほころ)び始め、格差が拡大した。普通のサラリーマンがあっという間にホームレスとなり、女子中高生が給食費や修学旅行費を納めるために売春行為に及んだ。親の遺体を放置したまま年金を受け取る家族や、生活保護の不正受給がニュースとなる裏側で、社会保障が切り詰められていった。弱者が切り捨てられるのは社会が機能していない証拠である。

 学級崩壊やブラック企業という言葉が示すのは集団のリスク化であろう。そして社会はおろか家族すら機能不全を起こしている。バラバラになってしまった人々が健全な社会を取り戻すことは可能だろうか? そんな疑問の答えがここにある。

 なにか仕事はないものか、倒れたり入院したりする仲間でもできることはないだろうか。メンバーは向谷地(むかいやち)さんとともに、道内の各所にある精神障害者の作業所も見学にいった。そこでさまざまなことを学んだが、帰るとまた延々と話しあいをくり返すばかりだった。そうした話のどこで、いつ、だれがいい出したのだろうか。ひとつのアイデアがミーティングに集う人びとのこころのなかに輝きはじめていた。
「どうだ、商売しないか」
 内職ではなく、自分たちで昆布を仕入れ、売ってみよう。
「そうだ、金もうけをするべ!」
 このひとことが、みんなの心を捉えていった。精神障害者であろうがなかろうが、金もうけと聞いて浮き立たないものはいない。人にいわれてするのではなく、内職なんかではなく、自分たちで働いて売って金もうけに挑戦してみよう。1袋5円の昆布詰めをいくらやっても仕事はきついし先は見えない。おなじ苦労をするなら、仕入れも販売も自分たちでやって商売した方がよほど納得できる。そうだ、やってみよう……。

 ケンちゃんが出入り業者と喧嘩をする。昆布詰めの内職は打ち切られた。そして彼らは自分の足で立つことを決意する。「精神障碍者の自立」と書くことはたやすい。だがその現実は決して甘くはない。本書に書かれてはいない苦労もたくさんあったことだろう。彼らは小規模共同作業所「浦河べてる」を設立した(※現在は社会福祉法人)。

 社会はコミュニケーションによって機能する。何でも話し合える組織は発展する。問題を隠蔽(いんぺい)し、陰で不平不満を吐き出すところから組織は腐ってゆく。斉藤道雄がべてるの家に見出したのは「悩む力」であった。我々は悩むことを回避し、誰かに責任を押しつけることで問題解決を図る。困っている人々は多いが本気で悩んでいる人は少ない。悩む度合いに心の深さが現れる。そして悩まずして知恵が出ることはない。

 家族に統合失調症患者がいる方はDVDも参照するといいだろう。



悩む力治りませんように――べてるの家のいま

[DVD付] 認知行動療法、べてる式。クレイジー・イン・ジャパン[DVD付]: べてるの家のエスノグラフィ (シリーズ ケアをひらく)退院支援、べてる式。―DVD+book

2016-09-01

佐々淳行、他


 4冊挫折。

「数独」を数学する 世界中を魅了するパズルの奥深い世界』ジェイソン・ローゼンハウス、ローラ・タールマン:小野木明恵〈おのき・あきえ〉訳(青土社、2014年)/青土社は本の作りはよいのだが、著者・訳者の略歴などがなく不親切な印象を拭えない。出版者の傲慢な姿勢を感じる。長い目で見れば経営が行き詰まってゆくことだろう。数独のルールを初めて知った。かなり難解。値段が高いのはカラー刷りとなっているためか。

百人一書 日本の書と中国の書』鈴木史楼〈すずき・しろう〉(新潮選書、1995年)/素人からすれば上手な字に見えない(笑)。文章を読んでもピンと来るものがない。

脳と自然と日本』養老孟司〈ようろう・たけし〉(白楊社、2001年)/講演を編んだもの。白楊社からは次に『手入れ文化と日本』が出ている。やはり順番で読むのが正しい。重複した内容が目立つ。何となく「引きこもり系の無頼」という渾名(あだな)を思いついた(笑)。

重要事件で振り返る戦後日本史 日本を揺るがしたあの事件の真相』佐々淳行〈さっさ・あつゆき〉(SB新書、2016年)/悪くはないのだが大人しい内容だ。佐々は菅沼と異なり、あまり裏事情を明かすような真似をせず、自身の体験を綴る。本書の後に菅沼光弘の『日本を貶めた戦後重大事件の裏側』を読むといい。

2016-08-31

バブル崩壊で借金を棒引きするアメリカ/『円高円安でわかる世界のお金の大原則』岩本沙弓


 ・バブル崩壊で借金を棒引きするアメリカ

『新・マネー敗戦 ――ドル暴落後の日本』岩本沙弓
『あなたの知らない日本経済のカラクリ 対談 この人に聞きたい!日本経済の憂鬱と再生への道』岩本沙弓

「ドル高は徐々に、ドル安は急激に」で借金目減り

 米国内に入ってきた投資資金は設備投資、米国債購入などに向けられますが、とくに米国株式と諸外国の株式の連動が強い時期は、株式市場へと流入した資金が米国株価を吊り上げて、世界同時の株高をつくり上げるのに役立ちます。
 その後、米国の株価が短期間で暴落すると、各国からの投資資金は目減りするので、米国内から海外へと流出する資金が少なくなります。
 つまり、ドル高で徐々に積み上げていったバブルを一気に壊したほうが、米国にとっては借金の目減り、あるいは米国内に資金をとどまらせるのに役立つということになります。そして、ドルが安くなれば米国資産価格が安くなり、再び米国資産を買いやすくなります。70年以降の変動相場制移行後はとくに、「ドル高→金融危機→ドル安→米国へ資金流れる→ドル高で投資促進」のパターンの繰り返しになっています。

【『円高円安でわかる世界のお金の大原則』岩本沙弓〈いわもと・さゆみ〉(翔泳社、2009年)】

 その典型がロケット・サイエンティストと渾名(あだな)された知性が集ったヘッジファンドのロングターム・キャピタル・マネジメント(以下、LTCM)であった。クリントン政権はアメリカ経済を製造業・重化学工業からIT・金融へと舵を切り、2000年には財政を黒字転換した。下半身はだらしなかったが、極めて有能な政治家といってよい。ただし日本に経済戦争を仕掛けた人物でもある。

 ロケット工学を学んできた連中が金融界に進出し、アルゴリズムを駆使してコンピュータに売買される手法が確立された。LTCMはノーベル経済学賞を受賞したマイロン・ショールズとロバート・マートンの二人を擁し、「ドリームチームの運用」と持てはやされた。当初は年利40%を叩き出したが5年目から運用成績が悪化。アジア通貨危機(1997年)、ロシア財政危機(1998年)で巨額の損失を出し、1998年10月に破綻した。

 2007年のサブプライム・ショック~2008年のリーマン・ショックも同様の手口である。

 もちろん大企業を意図的に破綻させることはあり得ない。しかしマネーの流れを見ると、アメリカに還流した資金が流出しない不思議な結果に驚かざるを得ない。

 アングロ・サクソン人が世界を牛耳っているのは大きな戦略を描けることに由来する。日本人は行き当たりばったりで大東亜戦争に敗れた。明治維新ですら同じ感がある。ただし昔は戦争によって磨かれた識見を持つ指導者が存在した。今時は言葉をこねくり回すだけで肚の定まった人物がいない。つまり日本の国富はまたぞろアメリカに簒奪(さんだつ)される可能性が大きい。

円高円安でわかる世界のお金の大原則 (大人の社会科)

ラリー・ローゼンバーグ、ウィリアム・ハート


 2冊読了。

 135冊目『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門 豊かな人生の技法』ウィリアム・ハート:日本ヴィパッサナー協会監修、太田陽太郎訳(春秋社、1999年)/良書。タイトルに難あり。具体的なヴィパッサナー瞑想については全く書かれていない。また原書タイトルに「Mr.」がないのに「氏」はおかしいだろう。ゴエンカが名前であることを示すならば「師」とすべきである。「ミャンマーに伝わる仏教瞑想の心構え」といった内容である。注目すべきは死後の生命に関する記述で、『時間の終焉 J・クリシュナムルティ&デヴィッド・ボーム対話集』の後に読むのがいいだろう。優れた内容ではあるが日本ヴィパッサナー協会10日間コース(費用は喜捨)を宣伝する結果となっており、プロパガンダ本であるとの謗りを免れない。呼吸の瞑想についてはラリー・ローゼンバーグがラベリング(膨らむ・縮む)を説くのに対し、ゴエンカ師の場合はただ呼吸を観察するとの相違がある。

 136冊目『呼吸による癒し 実践ヴィパッサナー瞑想』ラリー・ローゼンバーグ:井上ウィマラ訳(春秋社、2001年)/書き忘れていた。これはオススメ。「悟りとは」の最後に入れた。西洋人を通した仏教翻訳が新たな視点を与えてくれることは少なくない。質量ともに文句なし。

2016-08-30

早瀬利之著『石原莞爾 マッカーサーが一番恐れた日本人』が文庫化

石原莞爾 マッカーサーが一番恐れた日本人 (双葉文庫)

 稀代の軍略家として知られる石原莞爾将軍。帝國陸軍の異端児だった関東軍作戦参謀は、満州攻略の作戦を立案しこれを遂行した。本書は貴重な史料や関係者へのインタビューを基に、石原莞爾の最晩年ともいえる東京裁判酒田法廷の模様を紹介し、天才・石原莞爾の思想を炙り出したもの。現代日本に石原在れば……と考えずにはいられない。2013年刊の同タイトル新書を文庫化。

天才戦略家の戦後/『石原莞爾 マッカーサーが一番恐れた日本人』早瀬利之

2016-08-29

杉田かおる、エドワード・O ウィルソン


 1冊挫折、2冊読了。

 『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール:柴田裕之訳(紀伊國屋書店、2014年)/著者の卑屈さが内容をなし崩しにしている。エドワード・O ウィルソンと内容が重なるだけに残念極まりない。理想的な思い込みが先にあり科学的な姿勢を欠く。牽強付会が捻じれば文章となってわかりにくい。

 133冊目『杉田』杉田かおる(小学館、2005年)/びっくりするほど面白かった。詐欺を繰り返す父親、精神の病んだ母親との確執。創価学会で一級の活動家となったものの、池田大作の実像に幻滅し、脱会するまで。そして24時間100kmマラソンが綴られている。誤読しやすいと思われるが著者は創価学会を批判するよりも、忠実に実体験を書いている。「杉田」とのタイトルは父親の姓で既に戸籍も変えたという。中年に差し掛かった女性が過去への訣別を綴る。不思議なことにマラソンで走ったコースは著者に縁のある土地であった。佐藤典雅著『ドアの向こうのカルト 九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』と併読せよ。姿勢としては杉田かおるの方が上だ。

 134冊目『人間の本性について』エドワード・O ウィルソン:岸由二〈きし・ゆうじ〉訳(思索社、1980年思索社新装版、1990年/ちくま学芸文庫、1997年)/何とか読了。難解ではあるが挿入されたエピソードはいずれも面白い。生物学者が利他性・道徳の起源を探る。「必読書」と「宗教とは何か?」に入れる予定。利他性という点ではフランス・ドゥ・ヴァールを先に読むべし。宗教だとニコラス・ウェイド著『宗教を生みだす本能 進化論からみたヒトと信仰』と併読せよ。