2018-03-14

新しい動きは古い衣裳をつけてあらわれる/『昭和の精神史』竹山道雄


 ・オールド・リベラリズムの真髄
 ・竹山道雄の唯物史観批判
 ・擬似相関
 ・新しい動きは古い衣裳をつけてあらわれる

『竹山道雄と昭和の時代』平川祐弘
『見て,感じて,考える』竹山道雄

必読書リスト その四
日本の近代史を学ぶ

 新しい動きは、しばしば古い衣裳(いしょう)をつけてあらわれる。人間は歴史から離脱することはできない。いまだ自分の表現様式をもっていない動向は、みずからに形をあたえようとして、過去に判型を求める。ルネサンスも古代ギリシアがそのまま再生したのではなく、中世末のあたらしい力があの形によって開花したものだった。フランス革命のときにもローマ風がはやった。
 天皇崇拝は、「理想的な天皇はわが上代にかくおわしたはずである」と幻視されたものだった。あのような性格の天皇は歴史的事実ではなく、明治以来につくられたものでもなかった。水戸学の天皇には、重臣・政党・財閥・官僚・軍閥を罰し、くるしんでいる農民労働者階級を救うというような機能はなかった。水戸学以来……という起源による説明では、あの動きを解明することができるとは思われない。

【『昭和の精神史』竹山道雄(新潮叢書、1956年)/講談社学術文庫、1985年/中公クラシックス、2011年/藤原書店、2016年】

「それにしても、何故ああいうことになったのだろう?」(オールド・リベラリズムの真髄)――日本の近代史がわかりにくいのは二・二六事件~大東亜戦争敗北の流れが解明されていないためだ。もちろん国家元首である昭和天皇に戦争責任が「ない」とは言い難い。かといって全責任を負わせることもできない。

 責任の所在を曖昧にするのが日本の文化なのかもしれない。リーダーの決定よりも談合を好む民族的エートス(気風)があるように思う。官僚支配は藤原不比等〈ふじわらのふひと〉以来の伝統だ(『隠された十字架 法隆寺論』梅原猛)。

 二・二六事件は尊皇社会主義的な色彩が濃かった。しかもその動きを容認した軍高官が少なくなかった。秩父宮でさえ青年将校たちに同情的であった。あのとき昭和天皇の果断がなければ社会の混乱は度を深めたことだろう。皇道派の青年将校は天皇陛下の逆鱗(げきりん)に触れた時点で目的が潰(つい)えた。

 安部公房が「本物の異端は、たぶん、道化の衣裳でやってくる」と書いている(『内なる辺境』安部公房)。一流の思考はどこか似通っている。

昭和の精神史 (中公クラシックス)
竹山 道雄
中央公論新社
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昭和の精神史 〔竹山道雄セレクション(全4巻) 第1巻〕
竹山 道雄
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2018-03-13

靖国公式参拝に疑問を投げかける毎日新聞記者に激怒する石原慎太郎知事



「質問するのが当然」と思っている新聞記者が「質問されて」たじろぐ姿が浅ましい。ジャーナリストは常に「政治家は自分たちの質問に答える義務がある」との強い思い込みがあり、居丈高な調子となることも決して珍しくはない。言葉をこねくり回して身銭を稼ぐ連中がいつしか社会の動向に強い影響を及ぼすようになり、記者は野次馬からジャーナリストに昇格した。

 大東亜戦争は日本人にとって悲劇だった。だがその民族的悲劇が有色人種国を独立に導いた。植民地という名の下で数百年間に渡って奪われることに甘んじていた人々が日本を見て奮い立ったのだ。

 特攻隊員は日本のエリートであった。彼らはただ国家の行く末を思い、子孫を守るために自らの命を花と散らした。はたから見れば狂気としか思えないその攻撃がアメリカ軍を沖縄の地で止めたのだ。

 あの戦争を思えば石原が激昂するのも理解できる。むしろ戦後になって石原のように率直な怒りを表明する大人がいなくなったところに日本の歴史が寸断された原因があると思われてならない。

 そして今、エリートが日本という国家を食い物にし、滅ぼそうとしている。

2018-03-12

擬似相関/『昭和の精神史』竹山道雄


 ・オールド・リベラリズムの真髄
 ・竹山道雄の唯物史観批判
 ・擬似相関
 ・新しい動きは古い衣裳をつけてあらわれる

『竹山道雄と昭和の時代』平川祐弘
『見て,感じて,考える』竹山道雄

必読書リスト その四
日本の近代史を学ぶ

 鶏(にわとり)が鳴くときに太陽が登(ママ)る、だから鶏が鳴くのが太陽が登る原因である……というふうに、時を同じくしておこった現象を結びつけて因果欲望を満足させることは、ともすると人がおかしやすいあやまりである。
 昭和のはじめに左翼運動が弾圧された。そして、「その一方に1930年前後は、エロ・グロ・ナンセンスといわれる、頽廃(たいはい)をきわめた愚民政策が系統的に行なわれた」
 このようにファシズムの進行とエロ・グロ風潮とを結びつけるのは、鶏と太陽を結びつけるようなものであろう。むしろ、あの風潮が、それへの反撥(はんぱつ)としてファッショを煽(あお)った一つの因であったのであろう。

【『昭和の精神史』竹山道雄(新潮叢書、1956年)/講談社学術文庫、1985年/中公クラシックス、2011年/藤原書店、2016年】

 相関関係を因果関係と勘違いすることを擬似相関という。

 薬の効力を調べる場合、「使った、治った、効いた」という「三た」式思考法は危険なのだ。

【『霊はあるか 科学の視点から』安斎育郎〈あんざい・いくろう〉(講談社ブルーバックス、2002年)】

「祈った、かなった、幸せになった」というのが宗教の「三た」式思考法であろう。「見た」という経験を重んじれば幽霊や宇宙人の存在は正当化し得る。それゆえ「科学者は、体験談を証拠とはみなさない」(『なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか』スーザン・A・クランシー)。

 尚、後段の「社会的頽廃がファシズムの温床となった」という指摘は、竹山自身がナチス台頭前夜のドイツに留学した経験に基づいており、戦時中(1940年〈昭和15年〉)にナチス・ドイツの非人間性を批判した論文を発表(雑誌『思想』)している。

 竹山の著作はいずれも近代の変化を確かな目で捉えている。例えば固定電話が普及したのは1970年代に入ってからのこと(固定電話の歴史)であるが、それ以前は手紙でやり取りするか、直接訪ねるしか方法がなかった。相手が不在であれば当然「待つ」他ない。つまり現代と比べると驚くほどの時間的コストがかかったわけである。こうしたところに想像が及ばないと変化のダイナミズムを見失ってしまうだろう。

昭和の精神史 (中公クラシックス)
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